小説版 師匠と弟子

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  4 故郷の村での休日  

 クロートゥルがエイラルソスの弟子になってから、半年程が過ぎた。クロートゥルは順調に魔法を覚えていた。エイラルソスが習得したスピードよりは遅かったようだが、それでも常人より早いのは変わらないらしい。クロートゥルに兄弟子は居ないし、他の修行中の魔法使いと接する機会もない為、比較対象がおらず、クロートゥルには師匠の言葉の真偽を確かめようもないので、あまり信じていなかった。
 『ってか別に人より優れていると褒めてくれなくても、修業するんだけどな。』
 雑用や家事をサボることはあっても、魔法の修業は面白いので、止めたいと思ったことはない。うまく出来るまで叩かれることそのものは辛いが、自分にも魔法が使える面白さの方が上回っているので、気にならなかった。
「お前を弟子にしてそろそろ半年になるな。」
 昼食後、食器を洗い終わったクロートゥルが居間に来ると、くつろいでいたエイラルソスが言ったので、
「そうですね。早い気もするし、まだそんななのかって気もします。」
 ソファに座りながら答えた。
「……ところで、何枚割った?」
「珍しく 1枚も割ってません。」
 クロートゥルはふふんと胸を張ったが、
「嵐が来なければいいが。」
 エイラルソスが難しい顔になった。
「いくらなんでも俺に失礼ですよぉ。」
 クロートゥルはむくれた。
「毎回、2・3枚は割ってるんだから、仕方ないだろう。」
 エイラルソスが溜め息をつく。「それはともかく……。もう少し休んだら、お前の家に連れて行ってやろう。そろそろ里帰りしたいだろう?」
「え、いいんですか? とうとう働けるようになったって、友達に報告したかったんですよ。」
「買い物もしたいから、ついでだ。そういえば、もうクロートゥルも瞬間移動にも耐えられるだろうが……。うーん、今回は箒でいいか。」
「有り難う御座います!」
 クロートゥルは笑顔になった。
「箒と言えば、お前に箒での飛行を教えられるな。箒の準備も終わるし、そろそろやってみよう。」
「箒で空を飛ぶのはいかにも魔法使いっぽくて、かっこいいですけど、ちょっと怖いです……。」
「最初は上手く飛べなくて転んだりするが、自転車を補助輪無しで走る練習と同じようなものだ。我慢しろ。」
 エイラルソスに睨まれたが、クロートゥルは納得がいかない。
「自転車は痛いだけで済みますけど、箒から落ちたら死にますよ。同じじゃないです。」
「そもそも最初は、落ちたら死ぬレベルでの高さでなんて飛べないから、無駄な心配だ。精々、身長と同じ高さがいいところだろう。というか、わたしに口答えするなと、何度言えば……。」
 びんたが飛んできた。
「いってー。だって……。いてっ。」
 反対側の頬まで叩かれてしまった。
「だってじゃない。本当にクロートゥルは子供だな。27歳って嘘だろう。」
「むー……。本当に27歳ですよーっ。……わっ、ご免なさい、ご免なさいっ。もう口答えしないので、尻叩きは勘弁……。」
 エイラルソスの膝に乗せられそうになり、クロートゥルは慌てて謝った。
「謝るのが遅すぎる。……皿を割らなかったのに、結局、尻を叩くことになるんだな。」
「ご免なさい……。」
 痣が出来たのではと思う程、うんと叩かれてしまった。


 いつもより厳しいお仕置きが済み、クロートゥルがズボンを穿いていると、部屋に行っていたエイラルソスが箒を手にして出てきた。クロートゥルは無言で師匠がそのまま外に出て行くのを見ていた。
 『今日は妙に沢山叩かれたな。何回も逆らうから、師匠も我慢の限界なのか? 折角、半年振りに帰省出来る筈だったのに無しになってしまったか……。もう少し考えてから逆らえばよかった。俺、馬鹿だなー。』
 溜め息をつきつつ、自室に戻る為、師匠に背を向けた。
「クロートゥル、拗ねてないで早く後ろに乗れ。」
「えっ? 俺が悪いのに、拗ねたりしませんよ。」
「だったら、さっさと乗れ。」
 エイラルソスに睨まれた。
「いや、でも……。口答えした罰に帰省は無しなのでは。」
「普段なら他の罰を与えることもあるが、今回は尻叩きだけで許してやる。その分、多く叩いたんだ。」
「そうだったんですか。有り難う御座います!」
 クロートゥルは嬉々として、箒に乗り、エイラルソスの体に手を回した。
 『尻はすげー痛いから多分痣が出来てるんだろうけど……。家に帰れるなら、まあいいや。』
 ふわりと浮き上がる感覚に、やっぱり無しと言われたらどうしようと思っていたクロートゥルは、安堵を覚えた。エイラルソスがそんな意地悪をする筈もないのだが、口答えの罰が、お尻を叩かれるだけで済むとは思えなかったのだ。
 流れる景色を眺めていたクロートゥルは、ふと、師匠の細身だが逞しい体に抱きついている自分に考えが向いた。
 『よく考えたら、俺って男に抱きついてるんだよなー……。普通だったら気持ち悪い筈だけど、落ちたら死ぬから、離したいって気にはならないな。』
「師匠って魔法使いなのに、意外に逞しいですよね。」
「まあな。レベルアップに合わせて、色んなパラメータが上がっていくから、自然と筋力まで強くなってしまった。」
「レベル255だと、本来非力な魔法使いでも、そこらの剣士なんか素手で倒せそうですね。」
「やってみたことはないが、多分、出来るだろうな。」
 エイラルソス自身は、この話にあまり興味が無さそうな素振りだが、それでもきちんと返事をくれている。厳しいが、いつも俺を気にかけてくれてるんだよなとクロートゥルは思う。
「……今思ったんですが、師匠に尻を叩かれて、何で俺は死なないんでしょう? 俺、やっとレベル10だし、尻叩きどころかびんた一発でも、余裕で死にますよね。」
「躾と攻撃は違うからじゃないか。わたしはお前に躾を施してるだけで、倒したいわけではないからな。」
「はー。そんなもんですか。」
 よく分からないなとクロートゥルは思った。しかし、躾として叩かれただけで死ぬのはご免なので、納得しておいた方が良さそうだ。HP的にはどうかというと、びんたされた頬と酷く叩かれたお尻がとても痛いだけあって、大分減っていた。皿を割った後のちょっとしたお仕置きだと2か3くらいしか減らないので、かなりのダメージを受けたと言える。
「クロートゥル、そんなことより、周りをよく見て、なるべく景色を覚えるようにしろ。」
「へ? 何の為に?」
「箒での浮遊を教えると言ったろう。お前なら2ヶ月後には、自力で帰省出来るようになるだろうから、どうせなら、今のうちに、家への道を覚えておけ。」
「……はい。」
 『師匠の島から、うちの村まで結構あると思うけど。たった2ヶ月でそんな自在に飛べるようになるんだろうか……。』
 過大評価じゃないかと思うクロートゥルだった。


 クロートゥルの故郷の村に着いた。
「わたしは調味料などの必要物資を買ったりと、用事足しをする。夕方に迎えに来るから、それまでお前は、家に帰ったり、友達と会うなり好きにしてていい。」
「はい。分かりました。」
「魔法を見せるのは構わんが、危険のないものにしておけ。」
「……はい。」
「不満そうだな。駄目だぞ。今のお前は回復魔法も使えないのだから、気を使い過ぎくらいでちょうどいいんだ。我慢しろ。」
 頭を軽く叩かれた。
「いえ。そういう意味ではなくて……。いくら俺でも、それくらい注意されなくても分かるって思って……。」
「そうか。クロートゥルは子供だから、友達の前で見栄を張って、危険な魔法を使うのではないかと思ってしまった。悪かったな。」
「師匠!」
 クロートゥルはエイラルソスを睨み付けたが、彼は笑いながら去ってしまった。「ったく……。師匠って意外な程、俺を大事にしてるし、可愛がってくれるけど、馬鹿にもするよな……。」
 むくれつつ、自分の家に向かった。
 家に入ると、母親ときょうだい達が驚いた顔でこちらを見つめた。
「ただいまー。皆、元気だった?」
「初めてこんなに長く続いてたのに、とうとうクビになったのかい……?」
 母親が震えながら訊いてきた。
「違う、違う。半年も家に帰ってないんだから、里帰りさせてやるって師匠が連れてきてくれただけ。夕方には師匠が迎えに来てくれるから戻るよ。」
 クロートゥルの言葉に、家族が安心した顔を見せた。母が側にやって来て、クロートゥルはギュッと抱かれた。
「良かった。ちゃんと続いているんだね。それにしても、いかにも魔法使い様って感じになったんだねー。こんなの付けちゃって。」
 頭に装備している“まほうつかいのサークレット”に触られた。
「兄ちゃん、魔法使えるようになった?」
 弟や妹達が興味津々といった表情で近づいてくる。
「そりゃあな。頑張って修行してるしな。見習い魔法使いレベル10になったんだ。」
「魔法見たい!」
「おお、いいぞー。じゃ、落としても危なくないような……。あ、あのボール持ってこい。」
 クロートゥルは弟に、玩具を持ってくるように指示する。
「そんな簡単に、魔法を使ってもいいのかい?」
 母は不安そうだ。一般人にとって、魔法は神聖なものだと思われているようだ。以前のクロートゥルはそこまで凄いものとは思っていなかったが、遠い世界の出来事だとは思っていたので、母の不安は分かる。
「修行で魔法使ってるし、師匠の許可も出てるから、大丈夫。」
 安心させるように母に微笑んで見せてから、前を見たクロートゥルは、いつもだったら言うことをきいてくれない弟が、ボールを差し出しているのに気付いて、それを受け取った。クロートゥルは“みならいまほうつかいのつえ”を取り出すと、ボールに浮遊の魔法をかけた。
 ボールはふわっと浮き上がり、弟や妹の周りをゆっくりと飛んでから、クロートゥルの所に戻ってきて落ちた。
「おし、上手くいった!」
 安堵するクロートゥルを尻目に、家族が騒ぎ始めた。ボールの取り合いになったり、他にどんな魔法が使えるのか訊かれたりと、クロートゥルは忙しかった。
 その後、仕事を終えた父や友達にも会い、クロートゥルは、満足な休日を過ごしたのだった。



16年5月2日
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