小説版 師匠と弟子

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  3 最初の魔法  

 師匠に言われた1週間が明日で終わりという日。その間、クロートゥルは、早寝早起きを心がけ、家事や畑や師匠が使う魔法薬用の薬草などを育てている植物園の水やり、薪割りなどの雑事も熱心にこなした。そして、師匠に口答えやら反抗しないように、なるべく彼との接触を避けた。
「いい子にするというのは、わたしと会話をするなという意味ではなかったのだが……。」
 食器を洗い終わったクロートゥルは、早々に部屋へ行こうとしたが、食後のお茶を飲んでいたエイラルソスの呟きに、足を止めて振り返った。
「だって、俺、あなたのことで、どうしても許せないところがあって、言いなりになることが出来ないんです。だから、避けてるんです。」
「何だ、それは……?」
 エイラルソスが当惑したような表情を浮かべた。
「師匠は魔王討伐隊……前に買い出しに出た時に、勇者一行以外は全滅したって聞きましたけども……への参加を打診されたけど、断ったって聞いてます。」
「ん? それは少し違うな。勇者にしか魔王は倒せないから、そんなものを作っても、人材を無駄にするから止めろと進言したんだ。だが、勇者はまだ若くて頼りないし、少人数の勇者パーティだけでは不安だと言われてしまった。で、お前も知っての通り、案の定、全滅してしまった。」
 エイラルソスが不思議そうな顔になる。「その話と、お前がわたしを許せないと思う話は何処で繋がるんだ?」
「だ・だって、師匠は、その名を知らないのは産まれたばかりの赤子くらいの大魔法使い様ですよ! そんな凄い人がどうして魔王討伐に行かないんですか? この世界がどうなってもいいんですか!? 商人は、魔王登場によって凶暴化したモンスターの所為で、旅が困難になり、庶民は貧しい生活を強いられていて……。」
「その割りに、お前は働き口も探さず、楽しそうにエロ本を探していたが。」
 そういうエイラルソスの方が、よっぽど楽しそうに突っ込みを入れてきた。
「……い・今、話してるのは、そういうことではないでしょう!」
 クロートゥルは、恥ずかしさと怒りで顔が熱くなった。
「まあ、言いたいことは分かる。茶化して悪かった。」
 エイラルソスが真面目な顔になる。「さっきも言ったが、勇者でなければ魔王は倒せない。そして勇者の仲間達も選ばれた者でないとならない。一時的に仲間になったり、旅路を助けることくらいなら部外者のわたしでも出来るが、長く一緒には居られない。強制的に仲間を外されるか、死ぬことになる。」
「それは、どうしてですか?」
「この世界を作った神が決めたことだから仕方ない。魔王を倒すという、辛く苦しく、しかし、華々しい行為は神が選んだ者達にしか許されないんだ。我ら脇役は、与えられた役をこなすか、目立たぬように生きるしかない。」
「……何で、師匠はそんなこと知ってるんですか?」
「わたしには、勇者に魔法薬を作るという役割があるからだ。勇者が今よりもずっと強くなって、空飛ぶ乗り物を手に入れた後、呪われた仲間を助ける為に、勇者がここにやって来る。わたしは、その時に、呪いを解く為の薬を作って渡さなければならない。」
「……。」
 エイラルソスの顔は真面目で、からかっている様子は微塵もない。クロートゥルは、それが怖かった。むしろ、先ほどのようにからかわれた方がよっぽどマシだと思った。
「役割を持たない人々には、わたしの言動が奇異に映るようだな。わたしからすれば、持たない人達の感覚の方が分からないのだが。」
「そうですか……。」
「ともかく、そういうことだから、何か歪んだ考えや、自分勝手な我が儘で、魔王討伐隊や勇者パーティに参加しなかった訳ではないんだ。たとえする気が合ったとしても、出来ないんだ。」
「分かりました……。」
「誤解は解けたようだな。」
「はい。ご免なさい……。」
 謝ったものの、違和感は拭えなかった。「あの……。そんな大事な役割があるのに、俺なんかを育ててていいんですか?」
「その薬を作るのに一生かかる訳でもあるまいし……。基本は、役割を持たない人達のように、自由に生きていていいんだ。むしろ、わたしに何か合った時の為にも、弟子がいないと。」
「……あ、そうか。勇者の冒険を妨げない為にも、薬を作れる人間は絶対に必要なんですね……。」
「そうなる。と言っても、わたしは別にその為にお前を弟子にしたわけではなく、わたしの持てる技を後世に残したくなったからで……。」
「……でも、神様の大いなる意思が師匠に役割を与えてるのなら、師匠が弟子を欲しくなったのも、神様の意志によるものなのでは? 不自然に思われない為に、尤もらしい理由を付けてるのかも。」
 クロートゥルは、顔をしかめた。「難しいことを考えたから、頭が痛い……。」
「ふーむ。その説はありそうだな……。クロートゥルは、わたしが思っているより頭がいいらしい。」
「でも、役割とか、何か怖いです……。」
「そうか? 魔王がいなくなってくれる為なら、わたしは使われても構わないが。」
「あ、そうですね。俺も、魔王はいなくなって欲しいです。」
 やっと安堵することが出来たクロートゥルは、エイラルソスに微笑みかけた。師匠は微笑み返してくれたが……。クロートゥルは、誤解から師匠に酷いことを言ってしまったのを後悔し始めた。
「あの……。」
「何だ、どうした?」
「俺、師匠に生意気を言ってしまいました……。ご免なさい。」
 ぺこっと頭を下げる。クロートゥルは心を決めると、エイラルソスの膝にうつ伏せになった。「生意気の罰はちゃんと受けますから、どうか2ヶ月伸ばすのは……。俺、魔法を教わりたいです! いてっ。」
 お尻に手が飛んできて、クロートゥルは手を握りしめる。
「わたしが魔王討伐隊に参加しなかったと責めた話なら、別に生意気は言っていないだろう。討伐隊が全滅してしまった今、わたしを直接罵った人間も居るし、そこまではいかなくても、陰口を叩かれることもよくある。知らなかったお前が、わたしを良く思っていなかったのは、別におかしいことではない。」
「じゃあ……。」
「明日一日約束が守れたのなら、ちゃんと教える。だから、起きろ。」
「はい。」
 『なら、どうして一発叩いたんですかって訊かない方がいいかな……。』
 体を起こしながら、クロートゥルはそんなことを考えた。
 最終日はお皿を割る以外の叱られることはしなかったので、無事に魔法を教えて貰えることになった。夕食の後片付けでお皿を割ってしまった時は少し不安になったが、お尻を叩かれただけで、無しとは言われずに済んだ。
「どうせならドジを無しにするとか、せめて、軽減する魔法から教えて貰いたいかも……。」
 お仕置きが済んだ後、クロートゥルはズボンを穿きながら言ってみた。
「そんな都合のいい魔法があるなら、教える以前にわたしが直接かけている。」
 エイラルソスが溜め息をついた。
「ですよね……。」
 クロートゥルは頭をかいた。「じゃあ、壊れ物を直す魔法とか……。」
「それを教えればわたしは楽になるが、物事には順番というものがあってだな……。」
 何故か、こんこんとお説教をされてしまったクロートゥルであった。


 次の日。朝の仕事が終わった後、クロートゥルはエイラルソスの部屋に入った。
「仕事が終わったんですけど、えっと、魔法っていつから教えて貰えるんですか?」
「終わってるなら、今からだ。」
 机に向かっていたエイラルソスが立ち上がった。彼から先端に星の飾りが付いた短い杖を渡される。「それは魔法を使う時に使う杖だ。基本的に魔法をかける時は直接ではなく、媒体が必要になる。空を飛ぶ時に箒を使うのもその為だ。」
「瞬間移動の時は……。」
「魔力を込めた紙を使う。」
 エイラルソスが棚の所に行って戻ってきた。「これだ。」
「へー。何か難しそうな模様が書いてある。」
「模様じゃない。古代の文字だ。それを書きながら魔力を込めるんだ。魔法を使うには呪文を唱えるが、その紙はその代わりをする。」
「ということは、もしかして、魔力がなくても魔法を使えます? 確か呪文書とか売ってたような。」
「その通り。魔法使いは、それを売った金で生計を立てていたりする。」
「魔力のない戦士なんかが旅をする時に、回復用とか範囲攻撃用とかいくつか買っていったりしますよね。」
「そうだな。……よし、雑談はそれくらいにして、そろそろ始めるぞ。」
「はい!」


 初めての魔法の修行が終わり、部屋に戻ってきたクロートゥルはベッドに倒れ込んだ。間に休憩を挟みつつやったので、もう夜だ。少し休んだら、夕食の支度をしなければいけない時間である。
「……ふいー。疲れたー……。尻と手が痛い……。」
 修行は教えられた呪文を覚えるところから始まったのだが……。「古代の言葉なんて、俺からすれば聞いたことのない外国の言葉も同然。だから、覚えるのすら大変なのは当然だし、つっかえずに言うなんて無理に決まってるじゃん。なのに、間違える度に叩くんだもんなー……。ほんと師匠は厳しいぜ……。」
 完璧に覚えてなおかつ滑らかに言えないと、魔法の呪文にならず効果を発揮しないと言われて、出来るようになるまで手やお尻を叩かれてしまったのだ。
「それでも、最後はちゃんと魔法が使えたんだから、師匠の言う通り、俺には魔法の才能あるんだな……。大魔法使いになれるかはともかく。」
 エイラルソスとしては、最終的にクロートゥルを自分と同じ大魔法使いにするつもりらしいが……。クロートゥルは右手を伸ばしてその手を見た。叩かれ続けてすっかり赤くなってしまった手を。「なれなかったらどうなるんだろう……。師匠が俺に期待してくれるのは、多分嬉しいことなんだろうけど、まだ実感が沸かないな。途中で脱落するんじゃ……。」
「そうやって自己嫌悪するのは、わたしへの侮辱になっていることに、いい加減に気付いたらどうだ?」
「わっ、師匠!? いきなり声をかけるのは止めてほしいです。心臓が持たない。」
 クロートゥルは慌てて起き上がった。「……えっと、師匠への侮辱って何ですか?」
「わたしは普通にしている。暗殺者でもあるまいし、あえて気配を断って近づいてるわけではない。お前がぼんやりしているだけだろう。」
 エイラルソスが憮然としている。「お前が自分の才能を疑うということは、暗にお前を弟子にしたわたしに見る目がないと言ってるのと同じことだ。だから侮辱だと言っている。」
「……!」
「お前からすれば、何の接点もなかったわたしから、いきなり才能があるから弟子にしてやると言われても、自覚を持てないのは仕方ないことなんだろう。だが、毎回そうやって自己嫌悪のされるのも、気分がいいものではない。根拠もないのに自分に才能があると傲慢になられるのは困るが、あまりにも自信がないのも、それはそれで困る。」
 エイラルソスが顔を覗き込んできた。「いいか、わたしとお前を信じろ。お前には人が羨むくらいの才能があるんだ。」
「師匠だけでなく、俺自身も……。」
「まず自分を信じられなかったら、わたしのことも信じられないだろう?」
「そうですね……。」
 クロートゥルはまた、赤くなっている自分の両手を見た。
「今日お前に教えた魔法は、初歩の初歩だが、それでも普通の人間は習得に3日はかかる。」
「へっ、3日も!?」
 クロートゥルはぽかんと口を開けた。
「そうだ、3日だ。だが、わたしは数時間で、お前も1日で覚えられた。お前にも才能があるのが分かったか?」
「……はい。」
 本当だろうかとクロートゥルは思う。自分に自信を付けさせる為に、師匠は嘘をついているのではと思った。
「ちなみにわたしが数時間なのは、お前より才能があるという意味ではなく、ただ単に魔法教えて貰うまでの3カ月の間に、独自に自習をしていて、下地が出来ていたからだ。わたしの時は雑用の間、師匠の魔法を見る機会があったから、3ヶ月の間も耐えられたと言ったろう?」
「はい。」
「自分も早くこうなりたいと憧れていたわたしは、雑用をこなす間、何か自分一人でも出来ることはないかと考えていた。わたしはドジではないので、師匠の部屋や魔法研究室の掃除もしていて、色んなものに触れる機会があった。だから、旅をしている間、たまに使っていた呪文書に書かれている言葉が、師匠が唱えている呪文と同じ言葉だと知ることが出来た。それで、弟子用の部屋に置かれている簡単な呪文書を読めるように、勉強したんだ。」
「やっぱり、庶民から大魔法使い様になるだけあって、師匠は努力家なんですね……。」
 クロートゥルは溜め息をついた。「雑用しながら勉強なんて、考えもしなかった……。」
「師匠のようになりたかったからな。人としては特に立派でもなかったが、魔法使いとしては憧れの存在だったよ。」
「辛口ですね。」
 クロートゥルは思わず笑ってしまったが、エイラルソスも笑っていた。
「今だから言えるが、器の小さいところがあってな……。だらしがなくて、尻拭いをさせられることも合って……。兄弟子達とはよく愚痴り合ったものだ。」
「その方には、師匠以外にも、弟子がいたんですね。ちょっと羨ましいかも。」
「ああ。だから、自分が人より優れていると気づけた。どんな魔法も、兄弟子達よりも早く習得したので、そのうち、兄弟子達を追い越してしまった。それ自体は別にどうでもいいんだが、それが原因で仲が悪くなってしまったのが残念だった。わたしとしては、見下したりしているつもりはなかったし、それまで通り仲良くやっていきたかったが、先輩としてのプライドがあるからな……。魔法と違い、人間関係は、わたし一人頑張ってもうまくいかないと、その時に知った。どんな態度に出ても、悪く取られてしまって……。それで、師匠と相談して、早く独り立ちすることになった。」
 エイラルソスが寂しそうに笑った。
「……人より優れているって、いいことばかりではないですよね……。妬まれたり、恨まれたりする……。俺も、どんどん仕事先を見つけて、頑張っている友達が恨めしかったです。彼等の仕事先の愚痴ですら、自慢に思えることもありました。卑屈になって、人を恨んで……。そして、そんな自分が嫌になって。」
 クロートゥルは俯く。「だから、師匠が弟子にしてくれなかったら、ほんと、俺は野垂れ死にしていたでしょうね。そして、それすら、薄暗い感情を抱くよりはマシだって、喜んだかもしれない……。まー、実際は腹減ってたら、そんなことを思う暇もないでしょうけど。余計なことを考えられるのって、余裕がある時だけなんですよね……。」
「……。」
 エイラルソスが顔をしかめているのに気付いたクロートゥルは、慌てて微笑んだ。
「そういえば、師匠はどうして俺の部屋に来たんですか?」
 そう言った途端、クロートゥルの腹の虫が切ない鳴き声を上げた。「うう、腹減った……。」
「もう夕飯の時間だから、作ろうかと言いに来たんだが……。言うまでもなかったな。」
 というわけで、二人は夕食の支度をする為に、台所へ向かった。



16年4月25日
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