小説版 師匠と弟子

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  2 弟子としての生活  

 家を出ると、エイラルソスが箒を取り出しまたがった。
「さあ、帰るぞ。乗れ。」
「……俺、あなたの弟子になりたくないです。」
「まだそんなことを言っているのか。往生際が悪い。わたしの何が不満なんだ? 悪口を言ったからか。」
 エイラルソスが顔をしかめて溜め息をつく。
「悪口に関してはもういいです。両親を説得しているあなたは誠実でしたし……。あなたみたいな大魔法使いが、俺のような駄目人間を弟子にする為に、あんなに必死になってくれたし……。」
「だったら、何に引っかかっているんだ?」
「そこまでする価値が俺にあるわけないです。俺には魔力もないし。ステータス画面見たら一目瞭然で……。あれ? 魔力が……。ええっ、MPまであるし。」
 クロートゥルは呆然と、ステータス画面を眺めた……。「うわっ、エイラルソス様の魔力とMPすげー。限界突破してる……。魔法使いなのに、攻撃力が結構ある。レベルが高いと、さすがに違うんですね。……やっぱ俺に、あなたの弟子が務まるとは思えない。」
「わたしの弟子になって、職業が無職から魔法使い見習いになったから、ステータスが変化したんだろう。……言っておくが、才能のない人間を弟子にしても、魔力もMPも増えないからな。あくまで、お前に素質があったからこそだ。……さ、もういいだろう。」
 エイラルソスが手を伸ばしてきて、クロートゥルは、またしても強引に箒に乗せられた。
 後ろに流れる景色を眺めながら、クロートゥルは、ぼんやりと物思いにふけっていた。
 『どうしてこの人は、俺を投げ出さないんだろう。ってか、俺だったら諦めるか、いい加減にしろと怒鳴るか殴るかする。』
 長く生きていて気が長いと言っていたので、根気強いのかも知れない。
 『名も無き庶民から、大魔法使い様になる為には、どれだけの努力が必要なんだろう……。俺には無理だ……。』
 クロートゥルは溜め息をついた。
 エイラルソスが住む島に辿り着いた。
「さっき出る時も思ったんですけど、あなたはどうして、空飛ぶ乗り物がなければ辿り着けないような、こんな孤島に住んでいるんですか? 人間嫌いなんて話しは聞いたことがないので不思議で。」
「質問に答える前に一つ言っておく。これからは、わたしのことは師匠と呼べ。」
「わ・分かりました。師匠。」
「……やっと素直に返事をした。」
 エイラルソスが苦笑する。
「う。」
 クロートゥルは、顔が熱くなるのを感じた。
「質問に答えよう。魔法の研究に没頭する為だ。町中などに住んでいると、依頼人がひっきりなしに訪れて、研究の邪魔をされて困るんだ。だが、ここなら多少生活が不便になる代わりに、人に煩わされることはなくなる。」
「はー……。確かに、こんな場所に辿り着ける人間なんて、ごく僅かしかいない。それに師匠なら、生活必需品を手に入れるにも、今のように空飛ぶなり、瞬間移動すればいいから、困らないんだ。」
「そうなる。」
 箒から降りて、二人は家の中に入った。


 次の日。夜更かしをして昼に起きる習慣が付いてしまっているクロートゥルは、酷くお尻を叩かれて目を覚ました。
「普通に起こして下さいよ……。」
「一人で起きられないお前が悪い。寝坊なんてして恥ずかしくないのか。」
 エイラルソスが溜め息をついている。「思った以上に子供だな。寝坊の罰に尻を叩いてやる。」
「ええええーっ。いや、昨日は、いくら魔力を持ったからって、俺に大魔法使いの弟子なんてやっていけるのかとか不安だったり、遅く寝る癖が付いちゃってるから寝付けなくて……。」
 エイラルソスの膝の上に乗せられそうになったクロートゥルは、慌てて叫んだ。
「買ったばかりのエロ本を見ないと勿体無いと、ずっと見ていた奴がよく言う。」
「な・何で、それを知ってるんですか……?」
 驚きの余り力が抜けた隙に、膝に乗せられた上に、ズボンと下着を下ろされてしまった。「やっ、ちょっ、師匠、尻叩きは勘弁して下さい!」
「駄目だ。弟子は本来、師匠よりも早く起きて、食事の支度をしたりと雑事を済ませて、むしろ師匠を起こしに来てもおかしくないものなのに、エロ本を読んで寝坊した挙げ句、起こされて文句を言うような奴を許すわけにはいかない。」
「ご・ご免なさい……。」
 クロートゥルはたっぷりとお尻を叩かれた。


 朝食後。クロートゥルはエイラルソスの部屋に居た。
「まず、装備をやる。」
 見習い魔法使いの服と見習い魔法使いのサークレットを渡された。服という名前だが、前が開いているローブだった。
「これ、ちょっと魔力が上がるんですね。」
「ああ。だから、常に着ていろ。」
「はい。」
 クロートゥルは、今着ている服の上にローブを羽織り、サークレットを身につけた。「何か、ブラブラしたのがついてるから、落ち着かないなー。」
「そのうち、慣れるだろう。」
「師匠のは、俺とは逆の位置についてますけど、付け始めは邪魔じゃなかったですか?」
「付け始めの頃は、確かに邪魔だった。だが、すぐ慣れた。」
「そうですか。折角師匠がくれた物だし、早く慣れたい。」
 クロートゥルは、ブラブラと揺れる飾りを指でつついた。


 1ヶ月後。クロートゥルは家の掃除をしていた。先に働き出した友達が、修行と称して雑用ばかりさせられると愚痴っていたが、クロートゥルも同じで、魔法とは何の関係もない家事ばかりをさせられていた。魔法を教えて貰うのはまだ先にしても、師匠が魔法を使っている所ぐらいは見られるのではと期待していたが、今のところ、それすらもなかった。師匠は毎日机に向かって書き物をしているだけだ。友達は名人の技なり、職人芸を目で盗むことは出来ていたらしいので、クロートゥルは不満である。今のところ、瞬間移動と箒による浮遊、そして壊した皿の修復魔法しか体験出来ていないのだ。いくら大魔法使いエイラルソスと言えど、毎日魔法を使うことがないらしいので仕方ないが。
 親に甘えきっていたクロートゥルは掃除どころか家事全般が苦手だが、弟子の仕事とエイラルソスに言われたので、仕方なくやっている。一人で家のことをしなければならず、その大変さに、今更、母親に感謝したりもしている。
 ちなみに、料理だけはエイラルソスとの共同作業だ。何故かと言うと、初めて作った料理が、料理とは呼べない代物だったので、不味い飯を食わされるのは勘弁、仕方ないからお前がまともになるまでは……と教わることになったからだ。
「何で師匠から魔法ではなく、料理を教わることになってるんでしょうか……。料理人の弟子になった覚えはないんですけど。」
「そんなこと言ったって、お前が廃棄物しか生産出来ないんだから、仕方ないだろう。わたしだって、お前に教えるのは家事じゃなくて、魔法にしたかった。」
「いてっ。」
 べしっとお尻を叩かれた……ということで、料理だけは二人で作っているのだ。
 掃除と水やりなどの命じられている雑事を終えたクロートゥルは、魔法研究室になっている地下室へと訪れた。クロートゥルは、ドジばかりするので、危険な薬品などがある、ここの掃除は免除されていた。本当はやらせたいらしいが、食器などをすぐ壊すクロートゥルに任せると、何が起きるか分からないからとても無理だと師匠に呆れ顔で言われていた。壊されて困るような大事な物はないんじゃなかったのかと返したら、困らないが、壊した反動で薬品がかかって腕などがなくなってもいいならと脅されてしまった。
 弟子になったばかりで障碍持ちになるのは勘弁なので、クロートゥルは慎重に中を進む。
「はあ……。師匠って根気強くないんだな……。」
 部屋の突き当たりにある魔方陣の前に座ると、クロートゥルは溜め息をついた。
 役に立つかも分からないクロートゥルを弟子にする為に、師匠はかなり忍耐強い所を見せた。だから、師匠エイラルソスは心が広く、気長で我慢強いのだと思っていた。庶民から大魔法使いと呼ばれるまで研鑽を重ねた努力家なだけあると。実際、そういう所はあるのだろうが、師匠としてのエイラルソスはむしろ短気で、ちょっとした事ですぐ手が飛んでくるのだ。口答えも生意気も許されず、びんたとお尻叩きで黙らされてしまう。
「びんたはまだいい。親方に鉄拳制裁食らうとか友達も言ってたし、体罰くらいは普通なんだろう。でもさ、子供子供って言って、尻叩くのは止めて欲しい……。」
 はあっともう一度溜め息をつく。「でも、そうやって抗議したら、往復びんた3発ずつの6発食らった挙げ句、尻200回は叩かれたんだよなー……。」
 ぶつぶつ。師匠に聞かれるとまたお仕置きされそうで怖いので、わざわざ地下室で愚痴っていた。師匠は大魔法使い様なだけあって、見ていない筈なのに、クロートゥルのミスやサボりを知っていて、きついお仕置きをされてしまう。ただ、ドジなのは十分承知していて、悪気がないと分かってくれているので、隠したりしない限りはそれ程ぶたれずに済む。理不尽な体罰をされないのは有り難いが……。
「いないと思ったら、こんなところに来ていたのか。危ないから立ち入り禁止だと言っただろう。お仕置きだな。」
 驚いて振り返ると、師匠が立っていた。
「師匠、いつの間に……。お・俺だって怪我はしたくないから、気をつけてますよ……。尻叩きは勘弁して下さい。」
 抗議したが、問答無用とばかりに連れて行かれた。


 地下室に立ち入った罰だけでなく、愚痴を言っていた罰と言われて、散々お尻を叩かれた後。
「お前を弟子にして1ヶ月。そろそろ、簡単な魔法くらい教えてやろうと思っていた。」
「!」
「雑用ばかりやらされてもつまらんだろう。弟子を取ったのを理由に、依頼を受け付けていないから、お前に魔法を見せることもないし、そろそろ飽きて嫌になってるのではないかと思ったんだ。」
「仰るとおりです。」
 クロートゥルは、期待に目を輝かせながら師匠を見たが……。
「わたしが弟子入りした時は3ヶ月は我慢させられたが、師匠の魔法を見ることは出来ていたから耐えられた。でも、お前は自ら望んでわたしの弟子になったわけでもないし、多少甘やかしてもいいかと思った。」
「……お気遣いは有り難いし、とっても嬉しいんですけど、何でさっきから過去形なんですか?」
「そう思ってお前の部屋に行ったら居ないし、お前の為に立ち入り禁止にしている地下室に入った挙げ句、わたしの悪口と愚痴を言っていたので、止めることに……。」
「ええーっ、そんな殺生な……。期待させておいて止めるって酷いですよ! だったら秘密にしておいてくれれば良いのに。いてっ。」
 お尻に手が飛んできた。
「わたしの話は最後まで聞け。話を遮るな。」
「ご免なさい。でも……。いてっ。」
 今度はびんたが飛んでくる。
「口答えもするな。」
「はい……。」
「中途半端に大人になってるから、素直さがないな。」
 エイラルソスが溜め息をつく。
「ご免なさい。」
「まあ、いい。……1週間、真面目に働いていい子にしていたら、その時は魔法を教える。出来なかったら、やはり後2ヶ月は我慢させることにしよう。」
「わ・分かりました。真面目に頑張ります!」
 いい子という言葉に引っかかりを覚えたが、またびんたを食らいたくないので触れないことにした。
「家事などを頑張るだけじゃなく、反抗的な態度も口答えも寝坊も無しだぞ。」
「だ・大丈夫です……。多分。」
「情けない上に、頼りないな……。」
 エイラルソスが呆れ顔になった。「ドジな弟子をとったら色々と困らされることもあるだろうと思っていたが……。想定していたのは、魔法薬の管理や食器の心配だったんだ。実際、食事の度に皿などが壊されている。そっちは覚悟していたからいい。だが、何というか、ここまで子供っぽいとは思ってなかった……。とっくに成人している相手に対して、寝坊の罰を与える羽目になるとは。」
「うう。」
「反抗的な態度にしたって、考え方の違いやらで対立してしまうのなら分かるし、弟子として成長してくれば魔法に対する想いも違うだろうと思っていた。だが、思春期の子供のような態度も想定していなかった。」
「……。」
 クロートゥルは、穴があったら入りたい気持ちになってきた。
「成人していても、所詮、若者ということなのか……。昔のわたしもここまで幼かったんだろうか……。」
 エイラルソスが嫌味のつもりではなく、真剣に悩んでいる様子なのが、クロートゥルにとってより辛かった……。


16年4月6日
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