アスター国の王3
3
小国の割りに城は大きいので、のんびり眺めていたらどれだけ時間がかかるか分からない。ざっと眺めるだけにして、ドルダーは謁見の間へ向かった。自室の場所を聞いたのだが、今なら謁見の間ではないかと言われた。
「もう戻って来たのか。」
タルートリーが玉座にちょこんと座っていた。足が届かないので、台が置かれていた。頭には小さな王冠。そうしていると、この子供が本当に王なのだと実感できた。しかも、醸し出す雰囲気もなかなかのものだ。2年も王をやっているのだ、板につこうというもの。
彼の冷ややかな目が悲しかった。早く誤解を解かなければ。
「ええ、まだ充分に見学したとは言いがたいですが、自分の職務を忘れるわけにはいきませんから。それに、“陛下”が仰って下さったように、これからここはわたしの家。時間は充分にあります。」
陛下と言った途端、タルートリーがはっとするのが分かった。その後、不可解な表情になったということは、やはり殿下と呼ばれたことを当てこすりだと思ってしまっていたのだ。しかし、それから疑いの眼を向けてこないのは、そこまで荒んでいないことになる。急に陛下と呼び方を変えたのには、何か裏があるなんて考えられたら……。
『いやいや、まだ8歳の子供にそこまでの考えが浮かぶわけが……ないと思いたい。』
「そうだの。」
「ところで、陛下。今って忙しいんでしょうか?」
「いや。特に予定がない時はここにいる。」
「いつ遊ぶんですか?」
「王であるわたしに遊びなど……。」
険しい表情で言うタルートリーに、ドルダーは吃驚してしまった。それはおかしいと言いかけて、そういうことを言うにはまず誤解を解いてからだと思い至った。今、何を言っても怒るだけだろう。
「それは失礼致しました。……あの。お暇でしたら、わたしの為に少しでいいので時間を割いて頂けませんか?」
「構わぬぞ。なんぞ用があるのなら申してみよ。」
ごくりと唾を飲み込む。
「わたしは先ほど陛下に、自分は遊び人で、家には殆どいなかったと言いました。」
「それがどうしたのだ。お前はわたしの記憶力でも知りたいのか?」
「いえ。わたしは三男という気楽な立場からあちこちを放浪していました。養育係として雇って頂けた理由の中に、わたしの知識があるのではと思っています。」
タルートリーがもしやといった顔になる。随分と賢いようだ。「察して頂けたようですね。そうです。わたしは陛下が王になったことを知らず、殿下と呼びかけてしまいました。大変失礼致しました。」
「……そうか。」
そんなことは気にしていなかった。そんな顔。しかし分かる。彼は喜びを表情に出したくないだけなのだ。照れ屋なんだろう。
「後ですね。宜しければ、わたしの部屋や陛下の部屋を知りたいので、教えて頂けると……。」
最後まで言わないうちに、タルートリーが玉座から飛び降りた。
「ついてくるがよい。わたしが案内してやる。」
表情は真面目ぶっているが、動きが軽快だ。嬉しくて仕方ないらしい。子供らしくて可愛いとドルダーは思った。
「ここがわたしの部屋だ。そなたの部屋は隣だぞ。」
タルートリーが嬉しそうに言った。呼びかけがお前だったのが、そなたになっている。後でリントが教えてくれたところによると、下の者にはお前、対等の者にはそなた、目上の者にはあなたと呼びかけるそうだ。どう違うのか、リントに聞かれたので、本人の中で丁寧さが違うのではないかと答えておいた。自分は国語の教師ではないので、正しいかどうかは知らないとも伝えておいた。
「隣なんですか。」
「養育係だからの。近くにいなければ意味があるまい。」
「そうですね。夜、陛下が寂しくてもすぐに会えますね。」
タルートリーが目を見開く。見る見るうちに顔が赤くなる。嬉しいのかと思っていると、
「わたしが、一人で寝られぬほど幼いと思っておるのかっ!!」
物凄く怒っていた。国王陛下はプライドが高いらしい。平謝りしてなんとか許して貰った。
そこへ。
「随分とはしゃいでおられるようで。」
皮肉げな声とともにジャディナー老が現れた。「新しい養育係が気に入られたようですな。」
「うむ。わたしを幼子のように扱うのは気に食わぬが、会ったばかりでは仕方あるまい。……いい者を見つけたな、ジャディナー。」
「お褒めの言葉、有り難き幸せ。」
一礼してからジャディナーが顔を上げた。「しかしですな、陛下。王ともあろうお方が、大きな声で騒ぐなどとは……。感情を露わにするのは、それこそ幼い者、下賎の者がすることです。どんな時でも平静を保つのが、高貴な人間ですよ。」
ジャディナーの言葉に、タルートリーは頷いて見せた。
「そうであったの。少し興奮しておったらしい。」
タルートリーは素直に聞いているが、ドルダーは顔をしかめた。嬉しそうな様子を隠していたのは、照れていたからではなく、ジャディナーの躾のせいだったようだ。
『これは……手強いかもしれませんね。』
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