アスター国の王2

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 ジャディナーは大臣かつタルートリーの養育係だった。しかし、少年王の補佐をしながらの養育係は、年齢的にも体力的にも厳しくなってきたそうで、新しく養育係を雇い入れることになった。それで養育係募集のふれを出した。
 数人の応募者の中から、ジャディナーがふさわしい人物を選び出したと聞く。どんな者が自分の養育係になるのか、タルートリーはとても楽しみにしていたのだ。
「わたしは仕事がありますので、陛下がお一人で会って頂きたいのですが、構いませんか?」
「勿論。お前は忙しい身だからの。」
 ジャディナーと別れたタルートリーは、養育係が待つ部屋の扉を大きく開けた。
「おお、殿下。予定と大幅にずれてしまって、済みませんでしたね。余裕を持って出たら予想外に早く着いてしまったものですから……。」
 銀髪の男が立ち上がり、タルートリーの側へやって来た。タルートリーは顔をしかめた。
 『殿下だと……?……またか。』
 浮き上がっていた気持ちが一気に沈んだ。この男もこんな子供に王が勤まるはずがないと思っているのだ。2年間、散々陰口を叩かれてきた彼は、すっかり疑心暗鬼になっていた。
「ご苦労。」
 素っ気なく言った。
「いえいえ。王子殿下に気を使われるなんて、わたしも偉くなったもんで。」
 青年が笑う。「おっと、そうそう。自己紹介がまだでしたね。わたしの名前はドルダー。キートン家の3男坊です。といっても遊び人で家には殆ど帰っていないんですけど。」
「随分と遠いの……。それで早めに出たのか。」
「ええ。それにしても殿下はわが領地の位置まで把握なさっているんですね。有り難いことです。」
 『わたしは王だからの。自国の領土に何があるか分からぬ王など、あまりにお粗末ではないか……。』
「そういえばそろそろ勉学の時間だった。その間、お前は城の中をゆるりと見学するがよい。これからはここがお前の家なのだからの。」
「お言葉に甘えさせて頂きます。」
 ドルターが頭を下げたが、タルートリーは早々に部屋を飛び出した。


 頭を上げると、王子の姿はもうなかった。
「……あれ、もういないですね。足の早いことで。せっかちな子なんでしょうかね。」
 ドルダーは頭をぽりぽりとかいた。「なんか途中で気分を害したような顔をしていましたけれど、わたしは何か悪いことを言いましたっけ?」
 この部屋には誰もいないので、聞くことも出来ない。まあ、勉強の時間が終わったら話を聞いてみよう。ドルダーは城内散策に出かけることにした。
「そういや、国王陛下に挨拶しないとなあ……。まだ大臣様にしか会っていないし……。」
 タルートリーに遊び人と言ったが、相手は女ではなく、世界。要するにあちこち放浪していたのだ。3男だから家を継ぐ必要もないし、家は安泰してるしで、彼は勝手気ままに生きていた。だから自分の国の王が、2年前に子供になっていたなんて、彼は知らなかったのだ。タルートリーはあてつけととってしまったが、ドルダー本人は本当にタルートリーが王子だと思っていたのである。
 ぶらぶらと城内を歩く。掃除をするメイド。剣の稽古に励む兵士。小間使いの少年が慌しげにドルダーの隣を走り抜ける。中庭に出てみた。箒にまたがった少年が優雅に空を舞っている。
「あー、あの方が噂の魔法の国の王子様ですか。殿下とお友達なんでしょうね。」
 独り言が聞こえたのか、姿を見つけたのかは分からないが、少年が降りてきた。
「知らないお兄さんだ。もしかして、養育係の人?」
「そうですよ。ドルダーといいます。初めまして、魔法の国の王子様。」
「初めましてっ。僕、リントって言うんだ。仲良くしてね。」
 少年が人懐こそうな顔で微笑む。ドルダーも微笑み返した。
「はい。宜しくお願いします。……ところで、やっぱりリント殿下はタルートリー殿下と仲が良いのですか?」
 リントが一瞬、ぽかんとする。それから悪戯っ子のような笑みを浮かべた。
「うん。タルートリー“殿下”とは、仲がいいよ。“殿下”のことは大好き。ドルダーのことも好きになれるといいな。」
「そうですね。」
 微笑みあいながら、ドルダーはリントの「殿下」の言い方が気になった。なんか妙に強調したような……。それに何故、一瞬とはいえ何を言われたか分からないような顔をしたんだろう。
 再び空に飛び上がったリントへ手を振り、ドルダーは散歩を再開した。


 兵舎に着いた。剣や鎧の手入れをしている者、稽古をしている者など、物々しい雰囲気が漂っている。一人の男がやって来た。
「貴族様、何か御用ですか?」
「あ、いえ。今日からタルートリー殿下の養育係として城に住むことになったドルダーです。殿下から、自分の勉強中に城を見学してきたらどうかと提案されたので、ふらふらと来てしまいました。迷惑だったら今すぐ帰ります。」
 兵舎は気軽に近づいていい場所ではなかったのかもしれないと思いつつ、ドルダーは言った。
「タルートリー殿下?」
 目の前の男は、不可思議な表情を浮かべた。彼はドルダーをじろじろと眺めた。目つきが鋭くなる。彼の体が沈んだかと思うと、ドルダーの喉元に剣の切っ先が突きつけられた。「お前は何者だ? 養育係を騙るとは……。」
 ドルダーはぎょっとなって尻餅をついた。
「えっ?えっ? な・何ですか? いきなり……。わたしは本当に養育係ですっ。」
「嘘をつくな。タルートリー国王陛下を殿下などと……。2年前に即位されてるというのに随分と古い情報だな。どこの国のスパイかは知らないが、間抜けな奴め。」
 ドルダーは仰天した。
「ええっ!? タルートリー国王陛下? 2年前に即位? ……あっ。」
 タルートリーとリントの不可解な態度の理由が分かった。タルートリーは気分を害し、リントは気づいたが教えてくれなかったのだ。が、今はそれよりも目の前の剣だ。「わ・わたしはあちこちを放浪していて、国には最近帰ったんです。タルートリー殿下……い・いえ、陛下の養育係募集の話を聞いた親が、あちこち見聞してきたお前の知識が役に立つだろうから、行ってこいと……。親としては、わたしがどこにいるか分かりやすくていいと思ったんでしょう。」
 男が剣を鞘に収めた。
「お前……いや、貴方はキートン家の……。」
「そうです、そうです。変わり者のドルダーです。」
「それなら、陛下の即位を知らなくても当然か……。」
 男が手を伸ばして、ドルダーが立つのを助けてくれた。彼が膝をつく。「大変失礼しました。俺は兵を束ねる役につかせて頂いているトゥーリナと申す者です。どのような罰も受ける覚悟で……。」
「いえいえ、とんでもない。むしろわたしの方が、不敬罪とか何とかで首を刎ねられてもおかしくないですよ。……そうなりますかね?」
「陛下に会われたのでしょう? それで何も言われなかったのなら大丈夫でしょう。ただ、陛下は勘違いなされたでしょうから、謝罪なさった方が……。」
 トゥーリナが難しい顔になった。
「勘違い? ああ……。少年王ですからね。心無い言葉も囁かれるという訳ですか。」
 ドルダーは切なげに溜め息をついた。王子なのに随分と難しい喋り方をしてるなと思った。威厳を保とうと努力しているようにも見えた。それはこういう意味だったのだ……。
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