アスター国の王1

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 中世とかそんな感じの絶対王政の頃。これは、そんな時代考証も何もない昔の、小さな国のお話です。


 もう二度と開くことのない閉じられた瞼。長患いの影響か、色が悪くしぼんだ顔。組み合わされた手。豪奢な天蓋ベッドに寝かされたその男は、ずいぶんと年寄りに見えた。
 その傍らには、顔色を失った少年が立っていた。のちのアスター国国王、タルートリーである。


「わたしはこれからどうすればいいのだ……。」
 父王が死に、一人残された自分。2年前に王妃である母が病死してから、父はめっきり弱り、自分まで病に臥せってしまった。そして、タルートリーの祈りも空しく、今日、父も逝った……。たった6歳の少年は、途方にくれていた。
「何をおっしゃるのです。これからはあなたが国王として、臣民を導いてゆくのですよ。」
 ジャディナー老が何の問題もないという顔で言い放った。
「しかし……。わたしはまだ勉強を始めたばかりの子供で……。」
「子供は、自分を子供とは言いません。それに、他に王となる者はいません。」
 それは確かだった。普通なら父の兄弟だの、その子供だの、王位継承者候補は色々いるはずだ。しかし、血筋なのか王家の者は皆が短命で、タルートリーしかいなかったのだ。アスター国は、いつ滅んでもおかしくない危うい国であった。
「当然、お前が補佐するのであろうな?」
「ええ。いくらなんでも、殿下……いえ、もう陛下ですね……に全てをお任せはしません。」
「陛下、か。」
「正式には戴冠式などの、王位継承の儀式を済ませてからですが、あなたはもうタルートリー国王陛下です。」
 ジャディナーがどこか誇らしげに言っているが、タルートリー本人は別の誰かの話のように聞いていた。「爺は嬉しゅう御座います。ここまでお育てした甲斐があろうというものです。」
「そういう言葉はわたしが成人してから言え。……わたしは父の死を悲しむ間もなく、王として生きねばならぬのだな……。」
 タルートリーは切なげに呟いた。


 2年後。タルートリーは物置にいた。王とはいえ、彼はまだ8歳の子供なので、叱られて罰を受けることもある。
「……。」
 ジャディナーが出しに来てくれるまでは、ここにいなければならない。「ジャディナーめ、わたしがいつまでもこんな所を怖がると思うておるのか。口では陛下だなんだと言いながら、内心子供だと馬鹿にしおって。」
 窓から外を眺めた。こうして一人、何もない時間を過ごしていると、父や母のことを思い出す。厳しく強かった父、優しく美しかった母。視界がぼやけた。
「あれー、陛下が泣いてる。珍しいね。ここ、狭くて暗いから、怖いの?」
 上から降ってきた声に、タルートリーはあわてて涙を拭った。
「リント!」
「暇で眠たくなったから、陛下へ会いに来たよー。でも、会いに来ない方が良かったかなあ。」
 魔法の国から人間の勉強に来ている、王子リントはへへっと笑った。「お仕置きされて泣いてる陛下なんて見ちゃったら、僕、後でどうなるか、怖くて怖くて……。」
「今は、下らぬ冗談に付き合いたくない。」
 タルートリーの言葉に、リントは口を尖らせた。タルートリーが泣いたのは物置が怖いからではないと、彼は知っているのだ。
「ちぇっ、陛下は真面目なんだから。短い人生、もっと楽しく生きようよ。」
 タルートリーの表情を見て、リントは慌てた。「あ、ごめん。そういう意味じゃないよ。僕達は300年生きられるけど、人間って50年くらいで死んじゃうから。」
「そうだったの。」
「でもさー、陛下だったら結構長生きするかもよ? だって、王族全部がすぐ死ぬわけじゃないんでしょ?」
「うむ。」
 タルートリーは微笑んだ。一緒に笑っていたリントはふと、ここに来た目的を思い出した。
「ねえねえ、陛下。僕の箒に乗って遊びに行こうよ。こんな所に居たってつまんないでしょ?」
「わたしは罰を受けている身なのだが。」
 呆れるタルートリー。
「見つからないようにすれば大丈夫だよ。」
「リントよ、お前は、わたしにさらに罪を重ねよと言うのか。」
「だって、僕は暇なんだもん。」
「王であるわたしを暇つぶしの対象にするでない。」
 リントはへへっと笑った。
「怒らない、怒らない。陛下だって、こんな所に居たって暇でしょ?」
「同じことばかり言うでない。わたしは罰を受けているのだ。暇だの忙しいだのの次元で語る状況ではない。」
 タルートリーはさらに呆れた。リントは13歳で、8歳のタルートリーよりも5歳も年上だというのに。
「陛下は真面目さんだね。」
 リントが笑う。
「そうでなければ王は務まらぬ。」
「……。」
 リントが顔をしかめた。
 『陛下のこういうところは駄目だなあ。王という立場にがんじがらめになっちゃってる。そのうち壊れちゃうよ、絶対。』
「どうしたのだ? 変な顔をしおって。」
「うーん……。」
 リントが答えようと口を開きかけると、物置の扉が開いた。ジャディナーが入ってくる。
「陛下。」
「なんだ。もういいのか? もう暫くは居なければならないと思うておったぞ。」
「本来ならばそうなのですが、陛下の養育係の者が予定より早く着いたそうで……。」
「何だと? 到着予定は明後日のはず。どうやったのだ、その者は。」
「僕みたいに魔法を使ったんじゃないの?」
「養育係は人間の青年だと聞いておる。……そもそも、魔法界の者はそうそう人間の世界へは来ないのではなかったか?」
「うん、そうだよ。今のはただの冗談だよ。」
「そうか。」
「陛下。楽しくお話をしておられるところを邪魔だ手してしまい、申し訳ありませんが……。養育係を待たせておりますので……。」
 ジャディナーの言葉に、タルートリーは頷いて見せた。
「うむ。わたしも早くに会えるのなら、それはそれで嬉しい。……リントよ、わたしは行くぞ。暇つぶしの方法は自分で考えるがよい。」
「うん、そうする。」
 タルートリーの背に、リントは手を振った。
 『ほんとは、陛下がつまんないかなと思って、来てみただけなんだけどねー。ま、陛下がそんなことまで分かっちゃったら、怖いしね。』
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