学校のお話

13 妖魔界の教育観

「しかし、これ(白板)を使わないなんて、宝の持ち腐れだな。」
 ネスクリは皮肉げに言った。
「戦なんてしてる暇、ねーんだよな。ああ、久しぶりに思い切り戦いたいぜ!」
 ザンが言った。トゥーリナが慌てて、
「今、燃えるな!それこそそんな暇はないんだからな。」
「…分かってるって。」
 水を指されたザンは、不機嫌な顔でトゥーリナを睨んだ後、ふっと笑い、「全てが終わったら、ターランとネスクリと戦うぞ、俺は。」
「な・何故、俺なんですか?」
 ネスクリがギョッとした顔で言った。
「強くなったからに決まってるだろ?」
 ザンはとても嬉しそうに言う。「俺は、強い者と戦うと、最高にいい気分になるんだ。」
「…本当に格闘馬鹿。」
 ターランがぼそっと呟くのを、ザンは聞き逃さなかった。
「何だって?今、何て言った?」
「戦うのが好きなんですねって、言ったんですよ。その気持ちと怠け心さえなければ、とっくの昔に、妖魔界は男女平等になっていたでしょうに。」
「ぐ…。」
 ザンは何も言えなくなった。ネスクリはターランに反論しようとしたが、事実なので何も言えなかった。
「今、その遅れを取り戻しているんだから、何も問題はないですよね?」
 ジャディナーが微笑みながら言った。
「お・おお、そうだぜ。ジャディナーの言う通りだ。こうして学校に来て勉強してるんだから、あっという間さ。」
 明るくなったザンを見たネスクリは、打ちのめされた。『くそ…。あっさりとザン様を立ち直らせた。プライドも傷つけていない。だから、夫なのか…?たかが小人、ザン様の気まぐれで結婚できた運だけの奴だと思っていたのに…。』
「ネスクリさん、どうしたの?」
 リトゥナが心配そうに言った。ネスクリは彼を見た。
「…何でもない。…お前、親とは大違いだな。」
「え?」
 戸惑うリトゥナ。
「その親とは俺の事なんだろ?親父ってはっきり言え。」
「何故、俺がお前の思い通りに、発言すると思えるんだ?」
 トゥーリナとネスクリが睨み合う。
「お父さんって、ネスクリさんと仲が悪かったっけ?」
 リトゥナは不思議になって訊いた。
「元は何とも思ってなかったが、今は喧嘩売ってくるから腹が立つ。」
「ふーん。」

「…和也、黒板について説明してくれ。」
 トゥーリナの答えに腹を立てたが、今は無視と決めたネスクリは、白板の電源を切りながら言った。立体映像が消えた。
 いきなり聞かれた和也は、焦りながら答える。
「え、えーとね、教室の前側に黒っていうか、深緑の板があってね、それに、先生がチョークって言う鉛筆…鉛筆は分かる?」
「知らない。」
 百合恵とターラン以外が異口同音で答えた。
「何て言えばいいのかなぁ…。」
「筆?」
 百合恵が言った。皆は頭をかしげた。
「羽根ペンだよ…。百合恵、お前さ、最近やっと使い慣れてきたって、言ってなかった?俺の記憶違いだったかな。」
 ターランが呆れながら、百合恵を馬鹿にしつつ答えた。
「あなたって本当に嫌味な人ですね。ちょっと忘れていただけなのに、普通、そこまで馬鹿にします?」
「馬鹿を馬鹿にするのは当然の行為だよ。」
「ターラン。」
 トゥーリナはターランを睨んだ。
「はいはい。全部俺が悪いんだよ。」
「そこまで言ってないだろ。拗ねるな。」
「チョークという物が、筆記用具だと分かったが、その先は?」
 ネスクリは和也を促した。ネスクリはもう意味が分かったが、他の皆はまだ分かっていない。
「チョークで、さっき、…えーと、…へ、蛇さんが。」
「俺はネスクリだ。」
「あ、ごめんなさい。一気に色んな人に会ったから、覚えられなくて。」
「当然だから、別に気にしなくていい。」
「…はい。ネスクリさんがしたみたいに、黒板へ字を書きます。先生が書いた字を皆…生徒はノートに写します。」
「うーんと、やってる事は似てるって事か。」
 ザンが言った。「先生が生徒に字を書きながら、教える。生徒はそれを覚える。」
「うーんと、教会はどうやって教えているんですか?」
 百合恵が言った。
「教会は、有り難い話をする時と一緒です。」
 ディザナが教える。「神父様が妖魔界のお話を皆にしてくれます。」
「学校より難しい感じね。」
「そんな事は有りませんわ。頼るものがない分、必死で覚えようと努力しますもの。」
 アトルが平然と言う。
「厳しい家庭教師みたいな事を言うのね。」
 ソーシャルが言った。

「もうここに居なくてもいいよな?迷惑になるから、そろそろ帰ろうぜ。」
 トゥーリナが皆の顔を見回しながら言った。皆が頷く中、和也が異を唱えた。
「僕ね、授業参観したい。あれ(白板)を使っている所が、面白そうだから見たいな。」
 そうだ、見たい、見たいと子供達が騒ぎ出した。
「そ・そうか。じゃ、教室の窓から、こっそり見よう。」
 気圧されたトゥーリナが、なだめるように言う。
「そうよね。第一者様だからって、何してもいいとはいかないわね。」
 百合恵がトゥーリナの言葉に納得した。
「それで充分♪」
 和也が微笑んだ。

 日本の学校と同じで、後ろと前に窓付きの扉がある。ザンとトゥーリナがそれぞれの扉の前に立ち、静かにする事を約束させた後、子供達を抱いて覗かせた。
 やってる事は日本の学校と何ら変わりなかったので、和也は白板に注目して、教師が字を書く様に感動した。その後、ふと疑問が沸いた。
「もういいか?」
 トゥーリナが聞いてきたので、和也は頷いた。トゥーリナは、彼を下ろすと、ソーシャルを抱っこした。リトゥナは抱っこされなくても届くので、トゥーリナの隣から覗いている。トゥーリナは、抱っこしつつも覗いていたし、百合恵も同じだった。
 向こうの扉では、実際に通っていたネスクリ以外が、こちらと同じ事をしていた。ターランはこっちが狭いので、ザンの隣に立っている。

 校長に礼を言い、学校を出た。
「校長先生、三つ目だったけど、怖く無かったよ。」
 和也はトゥーリナに抗議した。
「…へ?」
「おならなんかしてない!」
「…いや、そうじゃなくて…。」
 むきになった和也に、トゥーリナは呆れた。
「あ!そう言えば、トゥーリナったら、和也君をからかったじゃない。」
 百合恵が思い出して言った。
「…ああ、そうだったな。」
 そう、トゥーリナは和也へ、リーロの部下より怖い校長に会わせてやると言ったのだった。「あれは冗談だって、百合恵が言ったじゃないか。」
「学校に行くのが、冗談だと思ったんだ。」
「だから、校長に挨拶したくないって言ったのか。」
「そうだよ!」
「あの時は、和也の怖がりようが面白くて、ついな。」
 トゥーリナは笑いながら馬車に乗った。彼は、百合恵や子供達に手を貸して、乗り込むのを手伝った。
 馬に鞭を当てる音がして、出発する。和也はその音で、さっき授業参観した時に、気付いた事を思い出した。
「あ、そう言えば、先生は何を持ってたのかな。」
「…教鞭だと思うわ。」
「何、それ?」
「黒板を指す道具よ。皆は指された所を見るわ。」
「ふーん。」
「ありゃー鞭だろ。ケツ叩く時の道具だ。」
 トゥーリナが言った。「百合恵の喋った使い方もするんだろうが、本来の目的はケツ叩きだぞ。ほら、俺も持ってる。」
 トゥーリナは、妖魔界の父親なら、誰でも腰につけている鞭ホルダーを指差した後、それに嵌め込んでいる鞭を和也に見せた。
「それってお仕置きに使う物だったの?剣も差してるから、武器だと思った。」
「こんな短い物、武器にならないぞ。」
「血が出るー。」
「そんな恐ろしい物を子供に使うかよ。細いから、平手で叩くより、少し痛みが鋭くなるけど、大した物じゃない。まあ、大人に近いくらい大きい子供なら、数回打ったら血が滲むくらいな物のも使うけどよ。」
「…口で言えば分かるよ。」
「しつこいぞ、和也。妖魔界はそういう所なんだって。これ以上続けるつもりなら、ケツ叩きの痛みを教えてやるからな。」
 和也は吃驚して黙り込んだ。
「あのね、和也君。人は色々な考え方を持っていて、皆が皆同じ考えにならないの。和也君だって、友達と意見が違って、喧嘩になっちゃった経験があるでしょ。喧嘩までいかなくても、似たような感じなら。」
「あるよ。」
「それと一緒よ。自分の意見ばかり押し付けちゃ駄目。人の考えも聞かなきゃ。」
「でも、叩くのは悪い事だよ?」
「今の人間界は、その方向に進んでいるようね。昔は国によって違ったけど、今は大体そっちね。」
「当たり前じゃない。」
「そもそも叩くのが駄目になった背景は、虐待よね。何処までが躾か、何処からが虐待かの線引きは難しくて、それならいっそ、軽く叩くのも止めようと言うのが、叩くのは駄目教育よ。」
「ふーん…。」
「ほー。」
 トゥーリナも反応した。
「妖魔界にも昔、酷い虐待があって、それを危惧した当時の第一者が今の形に持っていったそうね。」
「そうだぞ。本で読んだ。」
「人間界は今、虐待が深刻化してて、歯止めをかけたくて、叩くのが駄目になってきたの。でも、余りにいきすぎていて、却って虐待を生むという声もあって、なかなか難しいみたいね。」
「うーん。」
「ちょっと難しかったかしら。」
「うん。」
「何でもかんでも駄目ってなると、これも駄目なの、あれも駄目なのって心配しすぎて、それが負担になって、暴走しちゃうって事よ。」
「なんとなく分かった。」
「だからね、一概に叩くのは駄目とは言えないのよ。その子の性格によっては、ちょっと位なら、大丈夫な場合もあるの。逆に、少し叱っただけでも沢山傷つく子もいるわ。」
「えおだな。あいつは疲れる。面白いんだけどなー。」
「えおは虐待を受けていた子だから、ちょっと違うわよ。」
「そうだったな。」
「ま、だから、何も叩くって事に過剰に反応しなくてもいいのよ。どちらにも一長一短があるから。」
「…分かったよ。」
 和也は頷いた。
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