学校のお話
2 異変
トゥーリナが微笑ましい光景を見ていると、百合恵が彼に言った。
「ねえ、その頭の変な帽子みたいなのは取らないの?」
「ああ、そうだな。」
トゥーリナは尖った耳を隠すのに被っていた、ターバン風の帽子を取った。
「和也、盛り上がってる所に悪いが、学校の話をしようぜ。ここへ来いよ。」
トゥーリナに呼ばれた和也は、ディザナに軽く会釈すると、彼の元へ走って行った。「さ、ここへ座れ。」
「えっ?」
膝を示しているので、和也が戸惑っていると、彼はトゥーリナにひょいと抱え上げられ、膝に座らされた。膝に乗せられるなんて、お父さんの膝に座ったのは、何年前だっけ…と考えるくらい昔の事で、和也はなんだか小さい子扱いされた気がして、不満だった。
「俺達が作ろうと思っている学校はな…。」
不満で一杯の和也に気づかず、トゥーリナは語り出そうとする。
と、その時。
ばたんっ。乱暴に戸が開けられた。皆がそちらを見た。和也は入ってきた男を見た途端、背筋が寒くなり、吐きそうになった。男の姿は、ホラー映画などに出てくる化け物のようだったのだ…。
「ザン様、大変ですっ!」
「リーロの秘書か、どうした?」
「僕の名は秘書ではなくて…。」
そこまで言いかけてから、男は首を振り、「いえ、そんな事より、賊が城に攻めてきました!」
「何だとっ!?」
「シーネラル様、ジオルク様が倒れてしまい、ペテル様、リーロ様が今必死に応戦しています。」
「なっ…。」
トゥーリナが吃驚して立ち上がり、和也は落とされてしまった。「番号付きの奴等がやられるなんて、どんな奴だよ?どういうつもりなんだ?」
「そうだよねえ。そんなに強いなら、ザン様に直接申し込めばいいのにさ。もしかして、居なくてキレたとか?」
ターランが顔をしかめながら言う。
「痛いよ、トゥーリナさん…。」
「あ、悪いな、和也。…ターラン、現代の日本人じゃあるまいし、待ってれば帰ってくるのに、それくらいで怒るわけないだろ。」
「だって、理由が思いつかないじゃん。」
「ともかく、俺は行って来る。ディザナ、大人しく待ってるんだぞ。ジャディナー、アトル。ディザナを頼む。」
ザンはマントを外しながら、家族へ言った。
「はい、お母さん。」「はい、ご主人様。」
ディザナとアトルは素直に返事をしたが、夫のジャディナーは…。
「いえ、ザン様。わたしも行きます。」
「ジャディナー…。」
「貴女様の大切な部下さん達ですよ。わたしにも協力させて下さい。」
「分かった…。でも、危なかったら、すぐ逃げてくれよ。」
「はい。」
ジャディナーを肩に乗せたザンは、窓まで走って行くと、開けて飛び降りた。ここは、お城の最上階。和也は吃驚して窓に走り寄った。ザンが凄い勢いで飛んでいくのが見えた。
「ザンさんって、空が飛べるんだ…。」
和也が感心していると、後ろでトゥーリナの声がした。
「おい、ターラン。念の為にお前も行け。」
「うん、分かったよ、トゥー。」
ターランが羽を広げた。純白の羽が幻想的で、和也は思わず声が出た。
「わあっ、綺麗!」
「邪魔だから、どいて。」
ターランに冷たく言われた和也は、むくれながらも、窓から離れた。ターランが羽ばたきながら窓から出て行った。
「いつ見ても優雅よねえ…。」
百合恵がキラキラした瞳で言う。「あれで性格が良ければ本当に良いのに。」
「仕方ないだろ。…しかし、学校の話どころじゃねえよなあ…。まいったな。」
トゥーリナがため息をつきながら、頭をぼりぼり掻いた。
「あの…。」
「どうした、和也?」
「何が起きたの?賊って何?」
「ああ…。妖魔界は、偉い奴を戦いで決めるんだ。1番目の王や2番目の王、本当は“第一者”と“第二者”って言うんだが、それになる為には、現在の第一者や第二者を倒せばいい。」
「息子がなるんじゃないんだ。」
「それもあるけどな。倒す奴が居ないまま、そいつが死んだら、性別は関係なしに子供がなる。ただ、基本的に男だけどな。」
「差別だ。」
「戦わなくちゃならないんだぞ。ザンみたいな特別製の女なんて、そうそう居ないさ。」
「あ、そうか。」
和也は納得した。そして、ふと思い出した。「ね、妖怪って色んな人がいるんだね。」
「くくくく…。あいつが怖いのか?」
怯える和也へトゥーリナは笑いながら、疲れて休んでいる化け物みたいな男性を指差した。
「指差しちゃ駄目!」
「あいつなんかよりもっと、怖いのも居るんだぞ…。後で会わせてやるよ。そいつ、校長だし、お前の学校の話しを聞きたがると思うんだ。」
「ええええっ!?」
「トゥーリナ、止めなさいよ。」
百合恵が夫を制し、優しく微笑みながら、和也へ言ってくれる。「…嘘よ、和也君。」
和也はほっとしたと同時に、新たな疑問が浮かんだ。
「番号付きって何?」
「…うーんと、右腕って知ってるか?」
「???」
『右腕って、体の右腕…?』トゥーリナの言葉に混乱した和也。
「ほら、俺の右腕なんて言って、頼りになる奴の事さ。」
「あ、聞いた事ある。」
「ザンはな、王様を第一者と呼ぶのを真似して、部下達の中で頼りになる奴に、二者、三者、四者と番号をつけて、特別な地位を与えているんだ。」
「さっき、四人の名前を言ってたよ。」
「ああ。強くなればその三人は入れ替わるんだ。だから一人多いのさ。」
「ふーん。」
「俺が学校について聞きたいのに、ハプニングが起きて、お前から質問されてるな…。」
「そうだね。」
所変わってザンのお城。
門番が倒れていて、ザンは慌てて走っていく。
「大丈夫かっ!?」
返事がなくて、一瞬ぞっとしたが、良く見ると気を失っているだけだ。ほっとして、彼女は城の中へ入った。庭に、部下やその妻達、召し使い達が立っていた。数人がザンに気づき、声を上げた。
「ザン様!帰って来て下さったんですね!」
皆が彼女に注目した。部下達は、程度の違いはあれど、全て負傷していた。しかし、女達や男でも部下でない者は、かすり傷すら負わされていないようだった。
「良かった…。皆、とりあえずは無事なんだな。」
賊の狙いが何なのか、ザンにはまるで分からなかった。「おい、医者!門番達の手当てをしてやれ!」
医者達が慌てて、門の外へと出て行く。部下の一人がザンの側へ寄り、言う。
「今、番号付きの方々とシーネラルさんが城の中に居ます。ザン様、急いで下さい。わたし達は平気ですから。」
その言葉に皆がうなずいた。ザンは、安心させるように、にこっと笑う。もう大丈夫だ。張り詰めていた空気が緩んだ。
「ジャディナー、皆の相手と手当てをしてくれ。」
「ええ、そうですね。わたしはここに残った方が役に立てそうです。」
「頼むな。」
ザンが夫と会話していると、遠慮気味に部下が会話に割り込んできた。
「そう言えば、ザン様。来た賊は1人で…、あの、その人は…。」
「1人なんだな。分かった。」
妙に怯えた様子の彼の言葉の続きを聞かないまま、ザンは城の中へと走っていく。
ザンのお城には、全ての部屋を監視出来るモニター室がある。彼女は賊の位置を確かめる為に、そこへ向かった。途中、廊下に1人の男がうずくまっているのが、彼女の目に飛び込んできた。
「シーネラル!」
「あ、ザン様…。俺は…なんともないですから、皆の所へ…。」
「本当に無事なのか?」
「義手と義足を壊されて、動けないんです。それだけですから、ご心配なく。」
確かに、致命傷になるような傷は無さそうだったので、ザンは、
「分かった。そこで大人しくしてろよ!」
と叫ぶと、監視室へ急ぐ。
監視室の近くまで来ると、壁に寄りかかって、座り込んでいる男を見つけた。
「ジオルク!無事か!?」
「ザン様…、大丈夫です。…あいつは、12階の南塔に居ます。」
「俺の部屋の近くか…。」
「今、ペテルとリーロがそこであいつと戦っている筈です…。」
「分かった。俺が戻ってくるまで、大人しく座ってろよ!」
「…あの、ザン様、そいつは…。」
ジオルクが言いかけた時には、ザンはもう居なかった。
自室の近くの階段を駆け上がっていると、踊場に男がのびていた。
「ペテル!」
ザンは慌てて彼を抱き起こす。「生きてるか?」
「…うっ。…あ、ザン様ぁ…。生きてますよぉ…。彼、とっても強くなっちゃってて、僕、吃驚しちゃいましたぁ…。」
「えっ!?…知ってる奴…なのか…?」
「あ、はい、あの…。」
ペテルが賊の名前を言いかけた時。人が壁に激しくぶつかる音が聞こえてきた。
「リーロ!」
ザンは叫ぶと、ペテルを床に寝かせて、階段を駆け上がった。