学校のお話

1 和也と妖魔界の人達

 和也は、外を歩いていた。彼の名前は、手代木(てしろぎ)和也。小学3年生。
 今日、算数のテストが返ってきて…ため息。またお父さんに怒られる…。お母さんには気づかれないうちに、宿題がないと嘘をついて、飛び出してきた。

「テストのない世界に行きたいなあ…。」
 そうしたら、怒られなくて済むのに。なーんて、ぼんやり歩いていたら、誰かと、ドンっとぶつかった。和也は尻餅をついた。
「いたたたた…。」
 お尻を撫でながら、立ち上がると…。『わ、外人だ…。』
 青い瞳に白い肌。髪は金髪じゃなくて黒だった。メッシュ…?みたいに、所々こげ茶色。お父さんよりは大きいみたいだけど、普通くらいの背。
「何だ…。お前、面白い事を考えてるな。」
 前を見ていなかったので、怒られるかと思ったら、変な事を言われた。
「え…?」
「学校って嫌な所なのか?」
 その外人は、流暢な日本語で喋ってたけど、和也は気づかなかった。
「大嫌いだよ。」
「どうして?勉強できるだろ?」
「勉強なんてしたくない。」
「えっ、そうなのか…。勉強は楽しいだろ?」
「ちっとも楽しくないよ!」
「そんな…。なんて贅沢な…。」
「外人さんの国は、勉強が面白いの?学校が楽しいの?」
 和也は、その言葉が信じられなくて訊いてみた。
「俺、外人じゃねーよ。」
「外国人さん。」
 外国の人は、外人と言われるのを嫌うと思い出した和也は、言い直した。
「いや、そうじゃなくて…。」
 そう言うとその人は、辺りを見回した後、しゃがみこんで手招きした。和也は、彼とそんなに離れていなかったけど、近づいてみた。「見ろ。」
 その人がターバンみたいな帽子に手を入れ、髪をかきあげた。
「あっ!!」
 耳が尖ってた。「え…。なんで…。」
「大きい声を出すなよ?まだ、人間どもは俺等を信じていないし…。」
 『“人間ども”…?この人、悪魔?』RPGでは、悪の魔王は、“愚かな人間達”とか言う。
「人間を殺すの?」
「はぁあ?何言ってんだ、お前。学校の話をしてたじゃないか。」
「だって、ゲームで悪い人が人間どもとか、何とか言うもん!」
「言葉のあやだ。気にすんな。…それより、どうして学校が嫌いなのか、俺に教えろよ。」
「なんで、そんな事を知りたいの…?」
 まだ不信感で一杯のまま、和也は彼に訊いた。
「俺はな、妖魔界(ようまかい)…俺達の世界の王なんだ。で、学校を作りたいんだ。」
「…うん。」
 和也は、魔界なら聞いた事あるけど、ヨウマカイ…って何?と訊きたいのを我慢した。
「今も学校はあるんだけど、身分の高い奴や、金持ちの子供しか行けないんだ。」
「身分って何?」
「えっ?…日本にはないのか…身分制度。…ええと、王様とか貴族とか分かるか?」
「分かる。ゲームで、出てくる。前はセーブしてくれる事もあった。」
「…保存してくれるって、何を?」
「ゲームの内容。」
「…?ま、いいや。王様が一番偉い奴な。貴族が次。次が…兵士達かな。で、一番下が奴隷で、平民…村人とか町人が普通。そういう区別が身分だ。」
「うん。分かった。」
「で、今までの学校は、貴族の子供や、金持ちの子供しか行けなかった。」
「私立の学校みたい。」
「…うーん、そんなもんかな。私立って良く分からねえけど。…俺は、誰の子供でも行ける学校を作りたいんだ。」
「うん。」
「折角作るんだから、誰もが楽しく通ってほしい。」
「あ…、僕みたいな子供が出たら困るんだ。」
「そういう事。お前、頭いいな。」
 その人は、和也に微笑んだ。「それで、妖魔界へ来て、日本との違いを教えてくれよ。」
「ええっ!?」
「その方が分かりやすいだろ。」
「そ・そうだけど…。」
「なら、来てくれよ。」
「うん…。」
 不安もあったけど、もしかしたら、ゲームに出てくるような人々に会えるかも。好奇心の方が勝ち、和也はその人の手を取った。「行ってみる。」
「おっ、そうか。じゃ、目をつぶれ。」
 和也は言われた通りにした。あの人間じゃない人が、何事かを呟いた。ぶうんと音がして、和也は何かに強く引っ張られて、思わず手を強く握った。
「怖がるな。すぐ着くから。」
 遠い所から声が聞こえているような気がした。

「ようこそ、妖魔界へ。」
 そう言われて目を開けた和也は、
「わあっ!」
 歓声を上げた。
 夕方なのか、赤く暗い空をバックに、それこそRPGに出てきそうなお城がそびえたっていたのだ。「凄い、凄い、すごおいっ!!」
「そうか、城が面白いか。」
「うん。こんなのゲームでしか見たことないよ!」
「そのゲームってのはよっぽど面白いもんらしいな。」
「面白いけど、大人は面白くないと思うよ。」
 外人さんと言いかけて、違う事を思いだし、和也は彼に問うた。「えーと、ね、何さんって呼べばいいの?」
「トゥーリナだ。お前は?」
「和也。手代木和也だよ。…ね、トゥーリナさん?いつの間に羽と尻尾が生えたの?」
 トゥーリナの背中に黒く見えるが紫に光るこうもりの翼があり、蛇の尻尾が足元で丸まっている。
「元々あったものだ。人間に見られるとまずいから、見えないようにしていただけだ。」
「そうなんだ…。」
「さ、こんな所に立っててもしょうがねえし、とりあえず、城に行こう。」
「うん。」
 和也はどきどきした。なんだかRPGを実体験しているような気がするのだから…。

「トゥーリナ様、お帰りなさい!」
 和也たちがお城の中へ入って行くと、門番や召し使い達が挨拶をした。『そういえば王様だって言ってたっけ…。』和也は普通に喋っていたトゥーリナが、なんだか急に遠くなったような気がしてきた。
「ボーっとしてないで、ついて来いよ。俺の家族に会わせるから。」
 王様には思えないトゥーリナの言葉を聞いていると、トゥーリナが身近になってきた。
「うん、今行く。」
 和也は急いでついていく。

 豪華な扉を開き、中に入ると、皆が立ち上がった。
「連れてきたぞ。手代木和也って名前だそうだ。」
 和也はトゥーリナに背中を軽く押された。「和也、俺の家族と友達と、上司だ。」
「えっ、上司って…?王様が一番偉いんじゃないの?」
「うーん、正確に言うと、あそこにいる角の長い女が王様だ。あのよ、俺はお前を騙した訳じゃなくて、説明が面倒だったんだからな。ザンが1番目で、俺が2番目なんだ。妖魔界には、王様が二人いる。」
「そうなんだ…。」
「ザンだ。よろしくな、和也。」
 男の服を着た、美人のお姉さんが男言葉で喋った。鬼みたいだけど、ヒレつきの尻尾が生えてる。『尻尾が生えた鬼なんて初めて…。面白ーい。』
「よ・よろしくお願いします…。」
「ザンの肩に乗ってる小人が旦那のジャディナーだ。」
「今日は、和也君。」
「はい。今日は。」
 『小人って、ゲームに出てくる。本当にいたんだ。』和也は感動した。 
「で、天使みたいな奴が、俺の親友のターラン。」
 ほっぺたに指くらいの太さの突起が二つあって、耳の辺りから、長いものが出ているその人は、見た目はちょっと気味が悪いけど、天使の羽がとても綺麗だ。良く見ると羽根は、背中に2枚と腰の上から下に垂れている1枚で3枚だ。『王様の友達ってどんな気分なのかなあ…。』
「ねー、トゥー。俺も、挨拶しなきゃいけないのかい?」
「嫌ならしなくてもいいぞ。」
 トゥーリナはターランへ言った後、和也へ説明する。「こいつ、人間が嫌いなんだ。」
「ゲームにも人間嫌いの種族が出たりする。大変なんだ。」
「ゲームって便利だな…。」
「それってファミコン?」
 水色の鳥の羽が生えた女の人が言った。
「それ、古ーい。今はプレステ2だよー。ゲームキューブでもX−boxでもいいけど。」
 和也は呆れて言った。でも…。「…あれっ?なんでゲームを知ってるの?」
「わたし、百合恵って名前の元日本人なの。妖怪に転生したの。あ、わたしはトゥーリナの奥さんよ。」
 百合恵はそう言って微笑み、「今は色んなゲームがあるのねえ。」
「よ・妖怪…!?」
「あっ、しまった。そういや、お前に俺等が妖怪だって教えてなかったな。」
 驚いている和也に、トゥーリナが言う。
 「肝心な事だと思うけどな…。」
 天使みたいなターランが言った。
「妖怪って名前の生き物だ。お前みたいな人間とはちょっと違うけど、大して変わらんさ。」
「うーん。分かった。」
 アニメで妖怪は見た。そのアニメには良い妖怪と悪い妖怪がいたけど…。この人達は悪そうには見えない。
「あと、子供の中で一番背が高くて、女みたいな顔をしてるのが、俺の息子リトゥナ。」
 可愛いお姉さんだと思っていたトゥーリナそっくりの人がぺこっと頭を下げた。こうもりの羽と蛇の尾がある。
「今日は、和也君。よろしくね。」
「ええと、今日は。…女の人だと思ってた…。」
「良く言われるんだ。大人になったら男っぽくなりたいな。」
 桃色のこうもりの羽とへそだしルックも余計女の人みたい…。
「隣がソーシャル。この子は本当に女だぞ。」
「見れば分かるよー。ドレス着てるもん。」
「ソーシャルです。今日は。」
 お姫様みたいな綺麗なドレスを着た、とても可愛い女の子が挨拶した。和也より、2歳くらい年下に見える。背中にお母さんそっくりの水色の鳥の羽があり、蛇の尻尾が生えている。
「今日は、ソーシャルちゃん。」
「このちっこいのが俺の娘だ。ディザナ、挨拶しろ。」
 鬼に見えるザンが言った。ソーシャルと違って、普通っぽいドレスの女の子がにこっと微笑む。
「初めまして、和也君。学校の事を色々教えてね。」
 あんまり可愛くないけど、仲良くなれそうな雰囲気だ。お父さんが小人だからなのか、普通の子より小さい。それ以外の人間との差は…小さくて真ん丸い耳だ。
「初めまして、ディザナちゃん。分かる事なら教えるね。」
「最後の子がアトルだ。」
 ザンがすっごい綺麗な女の子を紹介してくれた。美少女とは彼女の為にあるみたい…。変わった服装の皆と違い、日本の女の子と同じ服を着ていて、どう見ても人間だ。黄色の髪と青い目なので、西洋の子に見えた。
「ご主人様、私、男とは話したくありませんわ。」
「そう言うな。お前だって学校に通いたいだろ?」
「アトルちゃんは、人間でしょ?」
 『ご主人様って何?女王様なら分かるけど…。』和也は不思議に思いながら訊いた。
「馴れ馴れしく呼ばないで下さいまし。私、男は嫌いですの。」
「え?え?僕、何かした?」
 和也はおろおろした。
「アトルは、元奴隷でな。男に酷い目に合わされてて…子供でも男が嫌いなんだ。」
 ザンは、仕方ないなというような目でアトルを見ながら言った。「あ、あと、妖怪の中には、人間と全く同じ見た目の奴もいるんだ。」
「うーん。」
 和也は一番お友達になりたい子から冷たくされて、悲しくなった。
「和也、高嶺の花には手を出さない方がいいぞ。傷つくだけだからな。」
 トゥーリナが言う。「何事も程々がいいのさ。」
「程々…。」
「そうさ。」
「ふーん。」
 和也はアトルを見た。彼女は凄い美人で、自分は眼鏡かけたドンくさい奴で…。アトルと並んでも絵にはならない。彼は諦めて、優しそうなディザナに話しかけた。「ねえ、ディザナちゃん。」
「わたしは、程々なんだ…。」
「えっ?違うよ。君が一番優しくて、仲良くなれそうだから。」
「…有難う。」
 ディザナは頬を染めた。『あ、可愛い…。』和也は微笑んだ。
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