「ド・・・ック?」
「てめぇは、一人で大門軍団しょってるつもりか? もう少し、仲間の事、立ち止まって待ってみたらどうだ? 確かに、お前はテクはあるよ。だがな。ここが」

西條は、左手で、鳩村の左胸を押した。

「足りねぇ」
「言ってくれるね・・・」
「俺だって、もう嫌だよ。それが、お前でもだ」

西條は、しっかりとした視線を鳩村に投げる。
同じ様な傷を持ち、それでも前に進んで来た、一人の男。
鳩村が今まで、なぜ、西條にかなわないと思っていたのか。
その漠然とした気持ちが、今、合点がいった。

「って、・・・・コウは?」
「! あのっ・・・・バカ!」

二人が語っている間に、立花は別の方向からその場を抜け出していた。

「お前は、コウを頼む。俺は、奴を惹き付ける。隙があれば、仕留めてくれ」
「・・・」
「・・・これは、作戦だよ」

鳩村は、にやりと笑った。
その目には、いつもの鳩村の光が宿っていた。



立花は、腹を立てていた。
鳩村の言動もそう、ロミの行動もそう。
今まで感じた事のない感情が、一気にわき上がっていた。

『この辺りには、上から狙える様な所はない。という事は、対平地。
射程距離を考えると、さんなに近くでも、またそんなに遠くでもない筈。
相手を狙いやすく、また相手からは察知されにくい場所。
自分ならば林の中を選ぶ。
しかし、今、ハトさんは建物の中。
あの場所を狙撃出来る窓は、俺が抜け出して来た窓と、もう一カ所。
この後、ハトさんなら、自分を囮として、ドックさんに援護を頼む筈。
とすれば、出てくるのは入った場所。ならば狙撃地点は… 』

走りながら計算する。しかし、相手はプロだ。立花が考えること位、計算しているであろう。
だが。

「ロミは、ハトさんだけを狙う」

立花は考えを変えなかった。
そうでなければ、一番最初、鷹山が狙撃された時に、自分も撃たれている筈だから。

「俺は・・・」



大下は、遠巻きにビルを監視していた。
一番、相手に気付かれ辛い武器を所持してはいるが、鉄砲の弾と自分の武器を比べれば、確実に分が悪い。

「・・・」

その視線の先に、影が動く。
目を凝らすと、長い銃身。その先には、ビルの入口があった。

『あれだ・・・』

大下が、息を潜め、自分との距離をじわじわと詰めて行く。
その足が、止まる。

「邪魔、しないでもらえるかしら」
「・・・あは・・・、ロミさん?」

銃身は囮。銃身だけがその場に置かれていただけだった。
大下の頭に、ロミはライフルの銃口を向けていた。

「あなたは・・・、私が間違えて撃っちゃった鷹山さんの相棒の、大下勇次さんね」
「よく、ご存知で・・・」
「ごめんなさいね・・・、殺すつもりはなかったのよ」
「・・・大丈夫、死んでない」
「あら・・・、それはよかったわ」

さすがに、プロだ、と大下は思っていた。
隙を見て、反撃に移ろうかと思っているのだが、その隙が一切見えない。
大下は唾を飲み込む。

「邪魔するようなら、ここで頭を撃ち抜いてもいいのよ」
「・・・そのライフルでぶちぬかれたら、俺のこのハンサムフェイスがなくなるじゃないか、それは勘弁して欲しいな」
「じゃあ、眠っててもらうわ」

大下は、次にくる衝撃に耐えようと、覚悟を決めたその時。
ビルから、鳩村が飛び出て来た。
ロミの銃口は、そちらを向く。
大下は、その隙に地面を蹴った。
その視界の端に、立花の姿が映る。
慌てて体を反転させると、立花がロミを狙っており、ロミは鳩村に銃口を向け、別の方向には、大下に気付いた西條の姿。

「!」

全てが次の一瞬。

響く銃声は複数。

わずかな静寂。
その後、ロミの手からライフルが落ちた。
誰かの銃弾は、ロミの右肩を撃ち抜いていたのだ。
そのライフルを奪おうと大下が近寄ろうとした次の瞬間、立花がそのライフルを踏みつけ、膝をついたロミの頭の上から、銃を構えていた。

「コウ!!」

大下が、鋭く名前を呼ぶ。だが、立花は反応しない。

「ハト!」

西條の声に、大下がそっちを見ると、鳩村は左肩を赤く染め、地面に横たわっていた。
西條が駆け寄ると、傷口にハンカチを当てる。

「ハト、大丈夫か?」
「・・・っ・・・、な、何とか・・・」

大下はその様子に、ほっと肩の力を抜く。
だが、立花はその二人にも視線を投げる事はなかった。

「気持ちは分からなくも無い」

立花は、静かにそう言った。

「俺にも、兄貴がいるから。けど、俺は貴方の様にはならない」
「奇麗ごとね」
「奇麗ごとだろうね。・・・あなたは、今捕らえられる。聞きたい。貴方は、まだ俺たちを恨んで、殺したいか?」
「ええ」
「大門軍団を潰したいか」
「ええ、とてもね!!」
「残念だな・・・、俺は、そんな貴方を許す事は出来ない」

きりっと、引き金を引く音がする。

「コウ!」

「潰しにまた来るっていうんなら、今この女を潰しておいた方が」
「てめ、・・・このっ・・・!」

さらに引き金をしぼる音に、大下が立花へと飛びかかった。
立花の銃から放たれた銃弾は、ロミの足下へと撃ち込まれた。

「邪魔すんなぁっ!」
「ふざけんなっ!」

大下は力任せに、立花の手を捻り上げ、リボルバーの弾倉から銃弾を地面へと落とす。
手を捻り上げた、大下の空いたボディに、立花が膝蹴りを入れ、大下は立花の手を離し、くの字に二三歩後ずさる。
替えの銃弾をポケットから取り出し、装填する立花の延髄に、大下が回し蹴りを入れ、地面に叩き付けた。

その乱闘の間に、西條がロミに手錠をかけた。
鳩村も、頼りない足取りながら、ロミへと近づいた。
恨みの視線を向けるロミに、鳩村は同じ視線になるように、正面に座り込んだ。

「君の恨み、癒す事は出来ないから・・・、いつでも来い」
「ハトさんっ」
「だが、俺以外を狙う事は、俺が許さん」

立花が、鳩村の元へと座り込む。

「あんたが、そんなんだから、俺は・・・」
「これが俺だ。団長も、関係ない」
「ハトさんがいなくなったら、俺はどこへ走ればいいんだよ・・・」
「俺を目標にしてくれるのは嬉しいが、お前はお前のままでいいんだ。俺になる事は出来ない。俺が、団長になれないように、な」

そう呟いた鳩村の瞳が、少し寂しく見えたのは、大下の気のせいだったのかもしれない。


「お前は丈夫だねぇ」

二日後。大下は鷹山の病室にいた。
鷹山に持って来た見舞いのりんごを、自分で食べている。

ロミが逮捕された次の日、鷹山は漸く目を覚ました。
まだ集中治療室の中だが、数日中には、一般病棟に移れると、医者は言った。

「まあ、まだ三途の川の船頭さんがお前はいらねって、戻したんだろうけどな」

その言葉に、鷹山は薄く笑った。
と、ノックの音とともに、立花が入って来た。

「気がついたって聞いてたんで」
「まあ、こんな感じ?」

立花の言葉を、大下が継いだ。

「大下さん、すみませんでした・・・」
「人間ね、言わないと分からない事がある。だから、・・・飲み込むな。幸いにも、お前の上司は、みんなお前の話を聞いてくれる人ばっかだ」

大下は、そう言って笑った。

「羨ましい事で」

「・・・ありがとう」

合点が行かない鷹山を尻目に、二人は微笑み合っていた。



桜満開、渋谷での出来事。


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