「よっほー」
「やっほー」と「よっ」が混ざった微妙な挨拶をしつつ、大下はノックもせずに捜査課へと顔を出した。
中には、大下の同僚であった吉井、田中、町田が書類を突いていた。
「せっ・・・、先輩っ!」
驚いて立ち上がったのは、町田透だった。
「お、大下!」
「鷹山は、無事なのか?」
田中文雄、吉井浩二が、次々に言いつつ、大下へと近寄った。
「無事だよ、パパ。死ぬわけないじゃん、タカが」
「だろうなぁ」
大下の明るい様子に、本当に無事だということが分かり、吉井たちは安堵した。
三人は、後ろから入ってきた立花に目が留まった。
「失礼します。課長の棚田さんはいらっしゃいますか?」
礼をして、中に入って来た立花を、三人はぼーっと見ている。
「あ、今課長、棚田って人なんだ」
大下は、応接用にあしらわれたソファーに、深く腰を掛けた。
「今、席を外してますが・・・」
「瞳ちゃん、お茶くれるー?」
「はーい」
事務も変わってなかった。山路瞳が、大下の言うとおり、お茶を入れ始める。
「二つねー」
「・・・大下さん、くつろいでる場合じゃないでしょ」
「いいじゃん、少し」
立花と大下の会話に、さらに三人が包囲網を狭めてくる。
「・・・はい?」
その妙な様子に、立花はちょっと腰が引けた。
「大下、こちらの御仁は?」
「あ、コウ、自己紹介」
妙ににやにやしている大下に、立花は一瞥をくれる。
そして、ジャケットの内ポケットから、警察手帳を開いて提示した。
「遅れました、自分は西部署機動捜査隊の立花功といいます。本日は、鷹山さんの狙撃事件の資料として、鷹山さんが関わった事件の、ファイルを拝見させて頂こうと、お・・・じゃま・・・」
さらに三人の距離が縮まる。さらに、立花は萎縮する。
「あ、あの・・・、何ですか?」
「西部署?」
吉井が言う。
「あ、はい。事件現場の・・・」
「機動捜査隊?」
田中が言う。
「そ、そうですが・・・」
「大門軍団って、すごい人が、多いって聞いたけど、どんな人たちなんですか? 見たことあります?」
町田が言う。
「って、自分がそうですけど・・・」
「「「軍団員?」」」
三人の声がシンクロする。
「え、あ、はい・・・」
大下は、瞳からお茶をもらって、くつろいでいる。立花は救いを求めるように、大下の方を見るが、大下はその視線に気付かない様子で、お茶を飲んでいる。
「女の子なのに? 事務やってるの?」
最後の町田の言葉に、とうとうこらえ切れなくなって、大下は口にしていた茶を噴出した。
「あっはっはっはっは!」
「自分・・・、男ですけど・・・」
「あーっはっははははは」
「大下さん、笑いすぎですっっ」
腹を抱えて笑っている大下を、立花は睨み付けた。
すると、ドアが開き、年配の女性が入って来た。途端に、大下は椅子から立ち上がる。
「大下さん、おひさしぶりねぇ」
と言いつつ、その女性は、大下を抱きしめた。いつものスキンシップとばかり、大下は抵抗もせず、しかし口調だけは丁寧だった。
「松村課長も、お変わりなく」
「あらぁ、そっちの子が、コウちゃんね?」
立花は、いきなりあだ名を呼ばれて、面食らった。
「コウ、松村優子さん。俺らがいる頃は、少年課課長。今は・・・」
「何と、副署長よ、大下さん」
「うお、出世しましたね」
優子は、立花へと右手を差し出した。
「真山が、お世話になっております。噂は、かねがね」
「あ、薫さんの・・・。初めまして」
二人が握手をしていると、町田がまだ不思議そうに、立花を見ている。
「・・・ほんとに、男なんですか」
「お前より少しだけ若いけどな」
大下は、町田にそう言った。そして、松村が止めを刺した。
「ほんとに男の子よ、コウちゃんは」
町田の肩ががっくりと落ちた。かわい子ちゃんだったのに・・・とかいう意味合いの落胆だと、大下は、くすくすと笑っていた。
「タカさん、大変だったわね。大丈夫?」
「一命は取り留めました」
「そう・・・。あとは、意識の回復だけね」
「はい」
「立花君、大下君、資料の閲覧を許可します。早く、ホシに辿り着いて」
「はい」
二人が資料室へと向かおうとしたとき、松村が立花を呼び止めた。
「コウちゃん」
「はい?」
すると、松村は、立花もきゅっと抱きしめて、囁いた。
「大丈夫。皆、あなたのせいじゃない」
「・・・」
「あなたは、悪くない・・・」
「有難うございます」
立花は、なされるまま、抱きしめられていた。うっかりすると、涙腺が緩くなりそうだった。
「はい、頑張るのよ、二人ともっ」
松村は立花から離れると、二人の背中を思い切り叩いた。