12.

「龍、ちょっと隠れてろ」

鳩村は、サイレンが近づくのに気付き、龍を隠れさせた。
そして、関口に今一度聞いた。

「暁のオーディションは、本当にデキレースだったんだな」
「ああ・・・。 あいつを世に出せば、うちも潤うと踏んだ先代社長が、当時副社長だった俺に命じてやらせたことだ」
「もう一つ。被害者とは、どういう知り合いなんだ?」
「昔、スキャンダルを売り込まれたことがあって、それ以来の腐れ縁だ」

関口は、落ち着きを取り戻していた。

サイレンが目の前で止まり、どかどかとうるさい足音が響き、四人の男が現れた。
三人は制服警官だったが、残りの一人が、小久保だった。

「鳩村さん・・・? 争う声の主は貴方だったんですか?」
「ああ。しかし、君も暇だな。刑事課の仕事じゃないだろう、これは」
「それはこちらも同じ台詞ですよ。ここはうちの管内ですよ。それに、西部署には捜査停止命令が出てる筈ですが?」
「これは立花の件とは別件だ。それは関口氏に聞いてもらえば解る」

と、鳩村は関口を見た。小久保達も、関口を一斉に見た。
関口は、一つ咳払いをすると、 社長席の作りのいい椅子に座った。

「ああ、違うね。うちのアイドルのストーカー対策について、ご教授願ってた所、少し意見が食い違ってね」
「こんな深夜に、ですか?」
「私も忙しい人間でね。こんな夜じゃないと、会えない事も有る。近隣への謝罪は当方から行うので、君らは引き取ってもらえないか。警察ザタになったなどと、週刊誌にかき立てられたらたまんないのでね」

「それなら、いいんですがね・・・」

小久保はちらりと、鳩村を見た。

「全く、後輩が後輩なら、先輩も先輩か・・・」

と、捨て台詞を吐くと、一緒に来ていた制服共々、引き上げて行った。
鳩村が窓越しに、全員いなくなるのを見た後、関口へ言った。

「とっさに、まあ、上手い事言うもんだ」
「ああでも言わなきゃ、あんた達に何されるか、解ったもんじゃないからな・・・。保身のためのテクニックだよ」

ようやく、力が抜けたのか、椅子の中で崩れる様にしている関口に、鳩村はまた苦笑した。
龍も、隠れていた場所から姿を現した。
それを見た関口が、一瞬身体を強張らせた。

「あの男・・・」

龍が、そう呟いた。

「どうした?」

鳩村が言う。そんな鳩村越しに、関口を見た龍は、

「社長、いいんだよぉ、訴えても。俺は痛くも痒くもねえよ」

と言い放つと、事務所を後にした。鳩村も、関口を振り返りすらせず、ドアを閉めた。

 

外に出た龍は、電球の切れかかっている街頭の下にいた。
ただ、うつむいて、自分の考えをまとめようとしているかのように。

「お前、自分の力すら信じられなくなったんじゃないだろうな」
「心配すんな。そんなヤワじゃねぇよ」

と、携帯のバイブレーションの音が微かに響いた。
鳩村が携帯を取り出し、発信者を確認すると、慌てて電話に出た。

「ドック、どうだコウは?」

言ってしまってから、慌てて龍をみやった。

「しまっ・・・」

『龍がそこにいるのか?』
「功に、何かあったのか?」

鳩村の両耳から、西條と龍の言葉がサラウンドの様に響く。

龍が鳩村の携帯をもぎ取ろうと突進して来たのに合わせ、左に躱してそのまま、後頭部に一撃入れた。

「鳩・・・」
「ややこしくなるから、少し眠ってろ」

龍が意識を飛ばす直前、龍は鳩村を恨めしそうに一瞥して、目を閉じた。

「おっとと・・・」

受け身が取れないままに崩れ落ちそうになった龍を、鳩村が受け止め、そのまま道路に横たえさせた。
自分はその脇に座り、携帯に改めて出た。

「やあ、ドック」
『お前、龍になにしたんだよ』
「強制終了」
『相手芸能人だぞ。下手に傷つけてねぇだろうな?』
「そんなヘマするかよ。で?」

でも、少し心配になって、龍の寝顔を見下ろした。別に傷はついていないようで、ほっとする。

『ああ、コウは無事だ。少し喉が痣になってるけどな。親父が大丈夫だって太鼓判押してくれたから、平気だよ』
「そっか・・・。で、状況は?」
『どうも、留置場で襲われたらしい』
「何だって?」
『ああ、どうも犯人は内部の人間のようだな・・・。だが、どうしてコウが狙われるのかが、てんで検討がつかん』
「今、コウはどうしてる?」
『俺の横で寝てるよ。今回の不祥事のことから、ボスに城西署へねじ込ませたから、守りは七曲署でやるよ』
「そうか・・・」

鳩村が一つ大きく息をついた。それなら、安心だろう。

しかし。

「内部犯か・・・。やっかいだな」
『ああ。どう手をうっても、どっからか漏れる可能性が高い』
「なら、関係ない鷹山たちに・・・」

いきなり、上着の裾をぎゅっと掴まれ、鳩村は驚いて、横たわっている龍を見た。
龍は片目を開けて、鳩村を上目遣いで見ていた。

「お前・・・」

龍は、後頭部を痛そうに押さえつつ起き上がり、鳩村の横へ座り直した。

「きっちり落とせたと思ったのにな」
「嘘付け。手加減し過ぎだよ」
「どこから聞いてた」
「『コウはどうしてる?』から。お前の態度見てわかったよ。功は今は安全なんだ」

『何だ、龍、起きたの?』

西條の声に、鳩村が携帯を龍へと向けた。

「おはよう。ちょっと仮眠しちゃった」
『芸能人の性だねぇ。もう少し熟睡してりゃ疲れ取れたのに』
「分刻みで忙しいからね」

『なあ、龍。いいアイデア出たら、ハトに出してやってくれな』

龍は、鳩村を見た。それを見て、鳩村は携帯を自分へと戻した。

「ドック・・・?」
『ハト、ドラマティックなエンディング、脚本してもらえば? ・・・おっと、城西署の見回りが来たんで、切るぜ』

と、西條は一方的に切った。

「ドラマティックなエンディングか・・・」

鳩村が空を見上げると、ビルの隙間から、空が白々と明け始めていた。

「あ・・・、そうか・・・」

龍が、その空を見上げ、次の瞬間、鳩村の横顔に視線を投げた。
その言葉に、鳩村も視線を龍へと下ろす。

「ドラマティックな、エンディング、資料揃ったら、脚本書くぜ」

と、いつもの調子で、鳩村に笑顔を投げかけて来た。

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