11.

「立花が、西條医院へ運ばれた?」

深夜3時。
西部署からの緊急連絡で、鳩村はそれを知った。

「自分から西條医院へ、と言ったそうだから・・・」
「分かった、ドックに連絡してくれ」
「それはもうされてるみたいだよ」
「・・・で?」

西條医院は、七曲署の西條昭の父親と弟がやっている、小さな町の病院だった。
内科と、外科を扱っている。入院のための病室も、少ないながらあった。

「接触する、とは言ってた。まだ、連絡はない」
「わかった。朝、役所が開いたら、至急調べて欲しい事がある」
「何だ?」
「渋谷精神病院に入院している、安藤要という男の戸籍だ」
「わかった」

真夏独特の、いやなまとわりつくような空気が、鳩村の体力を削って行く。

時間だけが、周りを置き去り、過ぎ去って行く。

あれだけ、顔が売れている高崎を、この都会で見つける事が出来ない事に、いらつきを覚える。

と、警察無線が、ある方向を示してくれた。


「警視庁より、各局。渋谷神南のジャニス事務所で、争うような声を聞いたとの110番入電。近隣の移動は確認に向かわれたし」

「・・・あのやろ」


鳩村は、赤色灯を点し、深夜の街をけたたましくサイレンを鳴らしながら、現場へと向かった。


鳩村が事務所に駆け込んだ時、龍はまだそこにいた。
ふっ、と顔が緩みかけた鳩村は、龍の様子をみて、身体を強張らせた。

元々、立花の事になると、自分が芸能人だと言う自覚すら飛ばして、暴走することがある。
だが、それを抑えて来たのも立花だ。
しかし、今回はその立花と龍が接触する事はない。

鳩村の言葉で、暴走が止まるような気配はなく、犯人を突き止めて、「復讐」してやりたいという、鬼気だけが、身を包んでいた。

「隆・・・」

鳩村が、龍の視線の先を見ると、ジャニスの社長である、関口進が、小さく丸くなって震えていた。

「鳩村か・・・」

龍の口元が、嫌な感じに歪む。にっこりでもなく、にやりとでもなく、ただ、歪めているだけのように。

「八百長、事実みたいだぜ。そいつが全部吐いた」

感情がない、瞳。まさしく、そんな感じの凍てつく視線で、龍は関口を見下ろしていた。
関口は怯え切っていた。芸能界という、ある種の闇の中を生き、一つの大きな会社を支え、造って来た男が、かつて手駒だった男に、負けていたのだ。

鳩村は、関口の様子と、部屋の様子を確認した。
暴行を受けたり、器物損壊の痕跡は見当たらなかった。
まさしく、言葉の暴力だけで、龍は関口を追いつめていたのだ。

「しかも、それを被害者に話したのも、こいつだってよ。こいつは俺がいつまでもトップにいる事が気に食わなかったらしくって、あいつは俺絡みのスクープものにすれば、金がたんまり入るってことで、利害関係が一致したんだな」

龍は苦々しげに言い放った。

怯える関口の様子に、鳩村は苦笑いした。
少し離れた場所から、サイレンが聞こえて来た。

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