9.

鷹山と、大下、それに鳩村は、TOPの本部事務所に来ていた。
通常、鷹山達がいるのは、新宿の分所の方で、こっちにはあまりこない。
場所は、ハチ公通りの裏通りに面する、一種独特な雰囲気の場所だった。

『それが返っていいんだよ』

と、水原慎介は、いつか鷹山たちに、にやっと笑って答えた事がある。

わけありな人たちでも、きままに立ち入る事が出来るように、本部はそういう場所にしたのだと。
その場所に行き辛い人は、新宿の分所の方へ来てもらうというように、棲み分けているのだと。

その言葉の通り、新宿分所は主婦、OLでも大丈夫なように、マンションの一室に、まるでカモフラージュでもするかのように存在している。

そして、渋谷の応接室の、木製のテーブルの真ん中に、不自然に一枚のコインが埋め込んであった。

鳩村が、テーブルに施されたコーティングの上から、コインをなぞる。

「・・・フランスの、古い硬貨だな・・・」
「なんだか、竜さんと、水さんの共通の友人の遺品らしいや。詳しい事は知らないけどね。ここと、あと竜さんと、水さんの机にも一枚ずつ、埋め込んであるよ。よっぽど、仲が良かったんじゃない?」

大下がお茶を持ち込んで、そう言った。

「ちょっと、辛そうだったから、詳しい話は聞けなかったけどね」

鷹山もそう言う。鳩村は、納得したように、頷いた。

「で、竜さんからの頼みで、ちょっと調べていたんだけど」

鷹山が、鞄からファイルを引っ張り出した。

「豊田が調べていたのって、龍じゃないんだ」

ファイルに挟まれていた手帳を開いて、そう言った。

「龍の、出世作、覚えてるか」
「えっと・・・、確か・・・」

あごに指を置いて考えている大下を横目に、鳩村が正解を言う。

「暁。それのオーディションに受かって、準主役を勝ち取ったんだ」

『暁』。内容は、よくある青春ドラマ。学校が舞台で、先生が一年を通して、生徒と向き合って行くという、まるで金八先生みたいなドラマだった。龍の役どころは、クラスのリーダーとして、悪ガキどもも引っ張って行くような、お山の大将みたいな感じだった。
良くも悪くも、一般受けするドラマだったのは間違いない。

「その、オーディションに関することを、調べまくっていたようだ」

鳩村が手帳を受け取ると、ぱらぱらと読み出した。その肩越しから、大下も手帳の文字に目を走らす。

「かいつまんで話すと、実質、龍ともう一人の戦いだったらしい。実力も伯仲、演技テストでも、甲乙つけがたい勝負だったそうだ。当時、同じオーディションを受けた人の話だとな」

鳩村は、鷹山を見つつ、自分の顔に、妙に距離の近い大下の顔を押しのけた。

「子供か、お前は」

そのまま、手帳も渡す。大下は手帳を受け取ると、面白そうに読み始めた。

「そのもう一人って?」
「安藤要。当時、相当人気のあったバンドのメンバーだったらしいけど、抜けて独り立ちしようとしたらしい」
「ああ、シャイナーっていうメジャーバンドだろ。独り立ちは当然なんじゃないか? 一発屋だったし」

大下が手帳から目を離して、補足する。

「確か、シャブ中がメンバーから出て、結局解散してるなぁ」
「詳しいな、大下」
「ああ、俺アンチだったから。嫌いだったから、余計気になってたんだろうな」

好きと嫌いは紙一重らしい。

「とにかく、そうなると、事務所の力関係がものを言ったらしい。当時、要はどこにも所属してなかった。龍は、大手のジェニスにいたんだろ」

鳩村が頷く。

「そうなれば、結果は歴然。・・・・というのが、普通だよな。ところが、豊田はそう思ってなかったようだ」
「と、いうと?」
「デキ・レースだったんじゃないかって、疑ってたらしい」
「デキレース?」
「要するに、龍の主役は、はなから決まっていたってこと。このオーディションは、一般公募もしたらしいが、それは全て話題づくりだったって話じゃないかと」
「龍がらみのスキャンダルなら、どこも買い取るわなぁ・・・。数字はじき出すから」

大下が頷くが、鷹山が首を振った。

「テーマはそこじゃない」
「え?」
「芸能界をドロップアウトした人間が、どう転落して行くか、それを書きたかったようだ。豊田は、ごく最近に、安藤の関係者に偶然出会ったそうだよ」
「そういや、安藤って、どうなってんだ、今」

鷹山は、ふと表情を暗くした。

「精神病院」
「・・・・どうして?」

「そのオーディションで落ちたものの、彼もその番組に出ることになった。が、彼はそれを拒んだ。かなりプライドの高い人間で、準主役には、自分こそふさわしい、高崎なんてポッと出の人間になぞ、勤まる訳はない。そう言って去ったらしいが、放送見たんだろうな。かなり打ちのめされたらしい。そのまま、バンドも鳴かず飛ばずとなって行き、ストレスから覚せい剤に手を出し、バンド解散。さらに悪い事に、そのバンドの一人が他のメンバーと組んだバンドが売れて行く。で、段々精神のバランスを崩して行って、今じゃ弟の顔も判別出来ないそうだよ」

「弟?」

鳩村が、怪訝そうな顔で聞く。嫌な予感がする。

「ああ。豊田が出会った安藤の関係者って、弟らしい」

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