「立花君。ただ、君が唯一の目撃者の可能性がある」

鳩村が、苦笑したまま呟いた。

「・・・そうかも、しれませんが、俺、やっぱり分からないんです。ちょっと見た位で。ただ、男性が一人で乗っていたって位で。俺の勝手な思い込みのモンタージュで、捜査を振り回したくないんです」

まっすぐ見つめる瞳に、鳩村は笑みを消した。

「君は、いい刑事になれると思うよ」
「俺は、なるつもりはありません」

きっぱり言い返した立花に、鳩村は肩をすくめた。

「振られたか」
「鳩村巡査部長は、戻る気はないのですか?」

その言葉に、鳩村が眉根を寄せた。

「俺は、白バイの教官だからな」
「・・・そうですか」
「とにかく、君の情報は捜査課に伝えておくと良い」

鳩村はそう言うと、立花に背を向けた。



・・・・こいつは、ずかずかと心の中に踏み込んで来る。
話は・・・したくない。
鳩村は、立花に嫌悪感を感じていた。

同じ様に大切な人を亡くしている。
だが、彼はそれを乗り越えているというのか。
俺は・・・乗り越えられるのか。
未だに、引きずってしまっているというのに。


背中に完全なる拒絶を感じ、立花は鳩村の背を見送っていた。
立花は一つ大きく息を吐くと、鳩村とは反対側に、捜査課に向かって歩き出した。
捜査課の部屋に入ると、モンタージュの係をしていた鑑識課員がいて、立花を睨み返した。
立花は彼に一礼すると、捜査課の課長に、立花は自分が襲われた状況を話した。

「曖昧でも良いから、どこか覚えている所を一応モンタージュ頼む。それが突破口になるかもしれん」
「いやですよ、俺は」

拒否をしたのは、鑑識の男だった。

「こんな乱暴な奴相手にするの。勝手に自分でやっちまえばいい」
「自分は、曖昧なモンタージュを、体裁の為に提出するのは嫌だと言っただけです。それは今でも変わりません」

毅然と言い放つ立花に、捜査課の課長が苦い顔をした。
その顔に、今度は立花が眉根を寄せる。
この課長もそうなのかと。

「分かった。では、分かる範囲だけでも構わない。協力してくれ」
「・・・分かりました」

立花は、そう答えると、鑑識の男を見た。まだ不満そうではあるが、渋々立花の先に立って歩き出した。

「お前は制服だから分からないかも知れないがな」

男は先に歩きながら言う。

「俺もお前も歯車の一つだという事を忘れるな」

立花は言葉を詰まらせる。確かに、そうなのだ。
正しい事を声高に主張しても、所詮は歯車のねじの一本。
声は決して届かない。

「ようやく、警視庁管内も静かになったというのにさ」

彼が呟いた一言は、どういう意味なのか。



「何だか、署が騒がしかったですね」

鳩村がバイクを引っ張り出していたら、菊池とばったり顔を合わせた。

「菊池君。ちょっと聞きたいのだが」

鳩村は、バイクをその場にスタンドを立てて、止めた。
菊池もその横に並べて、バイクを止めた。

「はい。何でしょうか」
「立花の事についてなんだが」

気になる。

「はい?」
「彼の父親が殺されているって、言われたんだが」
「・・・ああ・・・。噂ですが」
「噂でも結構」
「彼が小学生の時に、父親が殺害されて、未解決らしいです」
「未解決?」

鳩村が聞き返すと、菊池は頷く。

「ええ。何でも、父親も警察官で、その関係でじゃないかって話だったんですが。それ以上は、俺もよくは。あいつも何も言いませんし。家族の事は一切」
「家族の事、全部か?」
「はい」

再び、菊池は頷いた。

「ありがとう」

鳩村は、軽く笑うと、菊池の肩を叩いて、バイクにまたがり、スタンドを弾いて取ると、エンジンをスタートさせ、署から外へ出た。
風がメットを絡めて、乾いた音を立てる。
思考は沈む。

『未解決事件の遺族・・・だと? そんな風には見えなかったが・・・』

ふと、視線を通りに投げた時に、視界の端で手を振っている男が目に入り、鳩村は路肩に寄せてバイクを停止させ、メットのフードを上げた。

「イッペイじゃねぇか。・・・ああ、あいつの家の近くか、ここ」
「はっとさーーーんっ」

平尾一兵が、能天気な声と大きなアクションで鳩村の所へと駆け寄って来た。

「でけぇ声だすな、恥ずかしい」
「いやいや、久しぶりっ。ハトさんってば、白バイも似合うねぇ」
「何だ、嫌味か?」
「全然。あれから、皆とすっかり会えなくなったんで、ちょっと寂しくてね」

いつもひょうひょうとして、皆のムードメーカーだった平尾の、少し寂しげな笑顔は、鳩村も見た事がない。
だが、平尾はその笑顔をさっと取り払い、いつもの人懐っこい笑顔に変えた。

「で、これで何回コケました?」
「・・・どういう意味だぁ?」
「いやほら、仕事してりゃ、ねぇ。前にも何度もハトさん、犯人追跡でバイク修理してるし」
「残念だが、お前の御期待には添えないな。一回もこけてない」

にっと笑って返す。

「そっか。ねえ、ハトさんはどうするの」

その言葉に、鳩村の笑顔が凍り付く。
言わんとしている事が分かったから。

「僕は、あそこに戻るよ。やっぱり、皆と仕事したいからさ。ね、皆とまた・・・」

平尾が差し伸ばした手を、鳩村は振り払った。その行為に、平尾が表情を歪めた。

「・・・わりぃ。まだ、そんな気にならねぇや・・・」
「まだって事は、期待してていいのかな」
「・・・わからねぇ」

鳩村はバイクへと視線を落とす。白いタンクが太陽の光を反射している。

「そういや、お前は渋谷北署の捜査課にいるんだっけ」
「そう。僕はハトさんみたいにバイクが上手いとかないから、刑事しかないから。ジュンは本庁に行っちゃったし、おやっさんは定年退職したし・・・。全員揃ってってわけにはいかなくなっちゃったけどね」

鳩村が何と返したらいいか詰まったとき、目の前の交差点を猛スピードで通過した車が現れた。

「ハトさんっ」
「仕事してくるっ」
「いってらっしゃーいっ」

平尾がのんびりとした口調で、違反車を追いかける鳩村を見送った。
背中が見えなくなると、平尾はくるりと背を向けた。

「こりゃ、説得長くかかりそうだよ、団長?」



モンタージュは完成したものの、輪郭とサングラスと髪型程度で、捜査課の刑事たちの満足が行くものではなかった。
それが精一杯と話し、立花は派出所へと戻った。
だが、戻るは戻ったが、気分的には滅入ったままだった。

歯車の一つは、叛乱すら出来ない。
その位置を外れれば、機械は動作出来なくなる。
動作させる為には、歯車を交換するしか無くなる。

「臭いものには、蓋・・・だよな・・・」

立花の呟きに、後藤が心配そうに覗き込んだ。

「どうした、立花。傷が痛むか?」
「いえ、別に。さてと、仕事しようかな」

父親が携わっていた、警察という仕事。
地域のお巡りさんとして、皆に人気のあった人だったと後で聞いた。
その父親の様になりたいと思って、警官を目指した。
地域のお巡りさんとしていられる為ならば、清濁あわせ飲むのが必要なのか。

それが正義というものなのか。

唇をきゅっと噛む。

「辛いなら、帰って良いんだぞ」

後藤のその言葉に、立花は立ち上がった。

「そう、します」

がっくりと肩を落として、立花は派出所を出た。
その目前をもの凄い勢いで車が通過して行く。それに続いて、白バイがサイレンを鳴らして通過して行く。

「鳩村さんっ?」

その声に、鳩村がちらりとこっちを見た様に見えた。
後藤が、派出所から顔をのぞかせ、

「白バイも仕事大変だよな」

と呟いた。

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