一通りのやり取りの後、立花を病院へととりあえず菊池のバイクで向かわせた。
念のためである。
機動捜査隊が来た時点で、鳩村は現場を辞した。

ふと、一人でバイクにまたがった時、白いバイクの筈が、黒く見えた。

そう。「刀」みたいに。

どきりとして、上体を起こす。
深く息を吸い、吐く。
白い車体へと視線を戻す。

『大門軍団の』

さっきの立花の言葉がリフレインする。

「団長・・・」

ぽつりと呟くと、鳩村は頭を振り、アクセルをふかした。




「立花、大丈夫か?」

病院の検査では異常は見られなかった。診察室から出て来た立花を、心配して待っていた菊池が声を掛けて来た。

「何だ、待っててくれたんだ」
「そりゃそうだ。友達だからな」
「ありがと」

立花はそういうと、菊池と二人で歩き出した。

「なあ、鳩村さん、どうした?」
「教官? 戻ったんじゃないかな。署に」
「捜査はしないのか?」
「だって、刑事課じゃないじゃないか」

菊池が、何を当然な事を、と言わんばかりの返事を返した。

「・・・だよな。刑事じゃないもんな・・・」

立花は眉をひそめた。
君津が言った、不安定という言葉。
自分も見た事のある、寂しそうな笑顔。

あれは、・・・・・・兄の笑顔。

「署に行くんだよな。俺、これから」
「・・・休んでもいいんだぞ?」

菊池の言葉に、立花は首を振りかけて、痛みに顔を歪ませた。

「ほらっ」
「いい。これから署に行きたいんだ。どうしても」

どうしても、もう一度、彼に会いたい。



鳩村が署に戻り、車庫に白バイを止めた時、視界に一人の男が見えた。

「・・・大将・・・?」
「や、ハト」

山県は、そう言うと、軽く右手を上げて挨拶をした。
もう大分昔のような気がする。
そうやって挨拶されるのは。

「久しぶりだな、ハト」
「そうだな。今日はまたどうしたんだ? 俺のバイクテクニックでも見に来たか?」

勤めて笑顔を見せている鳩村に、山県は真顔で、

「白バイの教官やってるんだってな。頑張ってるな」

そう言った。
鳩村の笑顔が、瞬く間に凍り付く。

「それを言う為だけに、来た訳じゃないだろう」
「まあな。・・・罵ってもらいたかったか」

山県の言葉に鳩村はふっと嘲笑した。

「それなら幸せだったかもな。腰抜け、意気地なし、そう言ってもらってた方が」

鳩村はヘルメットを取ると、小脇に抱えてロッカーへと向かう。
山県は、それを追わず、声だけを鳩村の背中へと投げた。

「西部署、来春に完成するってさ。俺ら・・・大門軍団は、選択は自由だそうだ」

鳩村は、大きく息を吐いた。

「それはどういう意味だ・・・?」
「木暮課長は、戻る。だが、俺たちの処遇は、自分たちで決めろ、それが課長の伝言だ」
「・・・そうか・・・」

鳩村が建物へのノブを掴んだ時、山県は更に言った。

「俺は戻るぜ。あの場所にな」

振り返りもしない、鳩村の背中を、山県は睨みつけ、言葉はまるでつぶてをぶつける様に言い放つ。
鳩村はその言葉を受け止めたのか、答えを山県に渡しもせず、建物の中に入った。
山県には、その閉じられたドアが、鳩村の心のドアのように見えて、ただそのドアを睨みつけていた。

ドアを背後にしながら、鳩村は
「戻っても、あの人は・・・いない」
と呟くだけだった。




立花が署に戻ると、さっそく鑑識課に詰める事になった。

「はい、これ見てみて」

と、肩をがっしり掴まれ、椅子に座らさせられた。
目の前にはパソコンが低いモーター音を響かせ、動いている。

「え、あの、ちょっと、これ後回しに出来ませんか」
「出来る訳無いでしょ、君が襲われたんだから。みんな躍起になってるよ」
「・・・ですよね・・・」

立花は彼から目を離し、モニターを見た。
そこには、前科者リストが映し出されていた。

「一応、これで何処か近い所を持つ顔があったら言って。それで組み合わせてモンタージュ作るから」
「でも、俺そんな奇麗には覚えていない・・・」
「大雑把でいいんだよ」

鑑識の男はひらひら手を振りながらそう言った。

「体裁が欲しいんだから。上は」
「・・・体裁?」
「制服が襲われましたけど、顔見てません、犯人分かりませんじゃ、メンツ立たないでしょ。本店に」

立花はぐっと拳を握りしめた。

「体裁の為に、曖昧なモンタージュを出す位なら、俺は協力しませんっ」
「立花。突っ張んなよ。とりあえず形作ろうよ。な」

立ち上がりかけた立花の肩を、男は押さえつけようとした。
立花はそれをするりと交わして、逆に体落しをかけ、男を床に叩き伏せた。

「立花っ」
「俺は、犯人の顔は見ていません。その空き地から出て来た、不審な車を見ただけです。その運転手の顔はちらっと見ましたが、はっきりしませんっ。これが全てです」
「立花、ちょっと待てっ」

痛みに顔を歪ませ、男は部屋を出て行こうとする立花を呼び止める。
だが、立花はそんな声に背を向け、玄関に向かって歩いていた。

そのとき。
廊下の角を曲がって、鳩村が姿を見せた。


「・・・立花君」
「鳩村さん」
「頭の方はどうだ? 気持ち悪くなったりしていないか?」
「はい。有り難うございます」

立花は、鳩村にぱきっと折れた様な音がする位の礼をした。

「モンタージュはどうしたんだ。作るんじゃなかったのか」
「それについてですが、自分ははっきり男を覚えているわけではありません。曖昧なモンタージュで捜査させては、現場が混乱すると思います。ので、固辞してまいりました」

立花が鳩村と話している間に、鑑識の男の声が聞こえて来た。

「立花っ、何処行ったっ?」

その声に、立花が微かに舌打ちをした。それを聞き止めた鳩村が、立花を引っ張る様にさっきまでいた駐車場へと向かった。

駐車場のドアを閉めると、鳩村は自分のバイクに寄りかかり、立花に尋ねた。

「喧嘩でもしたのか。あいつと」
「・・・」

立花は無言で俯いた。

「それと、モンタージュの話しをしている君の顔、凄い顔してた。モンタージュ絡みで何かあったな?」
「鳩村さんは」
「・・・俺がどうした?」

「何故、哀しそうなんですか」

「・・・随分、直球だな」

鳩村は、口の端だけ上げた、嫌な笑みを浮かべた。

「今は、君の問題を聞きたいんだけど?」
「自分の・・・俺の疑問を解決したいだけです。昔、俺の兄貴が見せた事があるんです。あの笑い方。・・・父親の話を俺が持ち出した時に」
「君の私事はいい。仕事に関して俺は聞いているんだ」
「俺の父親は殺されましたから」

鳩村と、立花の視線が真正面からぶつかる。
決して、そらす事は無い。

「大切なものを亡くした時の、空白感、自分なら分かるってか。随分君は人間が出来ているんだな」
「そんなつもりはありません」

ぴんっと空気が張りつめている。温度はもの凄く低い。

「鑑識と何があった」

低く、響く様な声が、有無を言わせなかった。

「・・・本店への体裁を保つ為に、曖昧でいいから、モンタージュを上げろと言われました」
「それで、突っぱねたのか」
「自分は、一警官です。組織には服従と言う事も分かってはおります。が、自分の曖昧なモンタージュを晒した結果、本来の犯人を逃してしまう事になっては、自分が嫌なんです。それで、つい・・・」
「つい?」
「彼を投げちゃって」

その言葉に、鳩村はつい吹き出した。

「よくやるよ、可愛い顔して」
「申し訳ございませんが、巡査部長」
「はい」
「顔の事は言わないで頂けませんか。コンプレックスなので」

ぴしっとした物言いに、鳩村は肩を竦めた。

「It is a surprising unmanageable boy...」
「聞こえてますよっ」


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