Autumn
西條の挨拶攻勢はとどまる所を知らなかった。
最初戸惑っていた住民達も、段々と表情が柔和になって行く。
そんな所は、さすがに真似が出来ない、と鳩村は朝の掃除をしている西條を見て思っていた。

「思ってないで手伝わないかな」
「いや、さすがに俺が挨拶すると、逃げるんだよね、人」
「そりゃあ、人徳?」
「だから、俺は中の掃除するわ」
「・・・・体のいい逃げだな。お前、学校の掃除の時に、真っ先にゴミ箱持って逃げるタイプだったろ」
「・・・そりゃ、お互いだろ?」
「俺は、真面目にやってましたよー?」

ちりとりに、ゴミを掃き込む。
すると、ふらりと人の姿が目に入った。

「どもっ、ドックさんっ」
「あ、何だ、今度はコウ?」

西條は上体を起こして、立花に言った。

「コウだと?」

奥の掃除をしていたはずの鳩村が、すぐに表に出て来た。

「ハトさん、どうですか、交番の居心地は」
「んー、まあまあ、かな。さすがにここで四六時中ドックと一緒ってのはある意味拷問だがな」
「そりゃーおたがーいさまー」

西條は、ちりとりのゴミを奥へと棄てに行く。

「ここのゴミ箱に入れればいいのに」
「そこのゴミはさっき裏に棄てたの」
「非合理的だな」
「そこに生ゴミ投げたのはどこのどなたさんでしたっけ」

西條が一言嫌味を言って、裏へと消えて行く。

「ハトさん、まだゴミの分別分かってないんですか? 渋谷の規則覚えましょうよ」
「お前まで主婦みたいな」
「俺の寮は厳しいんですよ。回収すらしてくれませんよ?」
「コーヒーでいいー?」

奥から、西條がそう聞いて来た。

「はーい、ありがとうございます」
「主婦だな、あいつ」
「七曲署は、お茶入れ回り持ちなんだって。DJが言ってた」
「うちみたいに、事務員いないんだ」
「自然とそうなったみたいだよ。係長が変わってから」
「へえ」
「お待ち」

西條が、お盆に湯のみを二個乗せて戻って来た。

「ありがとうございます」

西條は、立花に一つ渡すと、残りの一個を取ろうとした鳩村を無視して、自分の机へとお盆ごとコーヒーを置いた。

「あれ、ドック、俺の分は?」
「自分でやれ」
「うわ、つめてぇ」

鳩村は、ぶつぶつ言いながら、台所へと向かった。

「全く、あいつは姑か? ちぇっ」

鳩村は、八つ当たりとばかりに、シンクを軽く蹴飛ばした。
その時、チィーンと軽い音を立てて、どこかから光る物が落ちた。

「・・・?」

それを拾い上げると、小さな鍵だった。

「おはようございます」
「あ、おはようっ」

小松の声が表からしたので、鳩村は、

「後で聞いてみればいいか」

と、その鍵をポケットへとしまい込むと、コーヒーのカップをもう一つ追加した。

「あ、鳩村さん、お早うございます」
「お早う」

鳩村の後ろを小松が通る。今日は、この小松と静川が出番だった。

「そろそろ、君たちだけでもいいかもしれないなぁ」
「そんな、まだまだ先輩に教えて頂きたい事が沢山あります。・・・自信、ないです」
「あのな・・・・」
「お早うございます、先輩」

小松が愚痴った時、静川が入って来た。
二人の視線が静川に集中する。

「じ、自分、何かタイミング悪かったですか?」
「いや。大丈夫。今日は二人だけでやってみて欲しいって思ったんだよ。そろそろ10日過ぎたし。俺は、側から見ているだけにしとくから」

小松は、心配そうにしていたが、静川は至って前向きだった。

「はいっ、頑張ってみます!!」
「交番勤務は地域に一番密着している。いわば、俺たち警察官の中でも最前線なんだ。俺ら刑事課は事件が起きてから動く事が多いが、君らは未然に防ぐ事も出来る立場なんだ。一番の基本だ。ここを大切に出来ない警官は、刑事にもなれないと思って欲しい」
「はいっ」

最後には、小松も静川と同じ位のしっかりした声で答えて、鳩村は満足そうに頷いた。
と。表がにわかにきゃいきゃいしている。
三人はひょいっと顔を出した。
すると、西條と立花が女子高生三人と楽しげに話をしている。

「ドック、どうした?」
「ああ、この近くの高校の女の子たちなんだけど、西部署のことを校内新聞に書きたいんだって署長にかけあって、オッケーが出たみたいで、取材に来たんだってさ」
「取材? ここでもいいのか?」

鳩村は少し困った顔をしたが、女子高生は、にっこりと笑って、

「いいんです。ここも西部署の交番ですもの。それに、最近うちの高校で人気なんですよ?」
「人気?」

静川がわくわくしたような目で、話に入り込んだ。

「ええ。かっこいいおまわりさんがいるって、話題なんです」
「そっか、あそこ女子校だっけ」
「はいっ」

女の子は、にこにこしながら話をしている。

「それで、アンケート取ったんです。知ってるおまわりさんでかっこいい人ランキングって。そしたら、こちらのおまわりさんが一位で」

彼女が指し示したのは、西條だった。

「え」
「ドックさんが」
「はい。挨拶される姿が印象的だって」
「やっとくべきなんだよ、やっぱり挨拶は人間の基本っ」

西條は、横目で鳩村を見た。鳩村は、はいはいと言わんばかりに、左上へと視線を投げた。

「後は、宇田川交番の清水さんとか・・・・」

名前が出て来るのは、さすがに市民に親しまれている交番の警察官の名前ばかりだった。
その中には、小松や静川、山川の名前も、人数は多くはないが、入っていた。

「あれ、こいつらは?」

西條は、そう言って鳩村と立花を指差した。

「こちらの方はあまり外に出られていないんで、印象にないのかも」

と、鳩村の事を見て言った。

「で、立花さんは、かっこいいっていうより、かわいいって意見の方が多くて・・・」

彼女たちはそう言いよどんだ。

「あ、は、はは、いや、うん。いいの。うん」

立花は言葉ではそう言ったものの、笑顔が若干引きつっていて、西條と鳩村は視線を交わして苦笑いした。

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