(2)

 

「……ん、……う…ぅ…………」

 

 ふと腕の痛みを感じ、バットマンは目を覚ました。外にいたはずだが、気を失っている

間にどこかに運ばれたらしく、何処かの室内にいるようだ。だが、動こうとしてもバット

マンは動くことができない。バットマンは天井から吊るされていた。両腕と両足首が鎖に

巻きつけられており、両腕の鎖が天井のフックにかけられている。足は床にかかとがつく

かつかないかというくらいの高さで浮いていた。ただ、自分のコスチュームに細工をした

形跡は見られず、マントもベルトも奪われていなかった。マスクに取り付けられている装

置も音声認識で作動している。

 

「誰が何の目的でこんなことをしたのだろうか? ……だが、これくらいなら隙を見て脱

出することも可能だろう」

 

 バットマンはとりあえず、自分をここに閉じ込めた人物がやってくるのを待つことにし

た。それが先ほどのピエロかもしれないとは思ったが、ピエロだろうと何だろうと、吊る

されてはいるがバットマンにとって厄介な相手ではない。手の鎖や両足の鎖を揺らし、振

りほどこうとすると、ガチャガチャと音は立てるものの、そんなにきつく厳重に巻きつけ

てある様子もなかった。自分の体重を両腕が支えているため、激しく動けば腕を痛めるだ

けでもある。バットマンは敢えて、静かにことが起きるのを待ち構える。しかし、声は背

後から聞こえてきた。

 

「捕まれば大したことはないんだな」

 

 その声は少し聞き覚えがあった。鎖を揺らして後ろを顔だけでも振り返ろうとするバッ

トマンだが、なかなか思うようにいかない。そうこうしているうちに背後の人物はバット

マンの膝下に手を回し、バットマンを片腕で持ち上げてしまった。格好的に言えば足の関

節の下に腕があり、バットマンの背中を身体で支えているために、バットマンをお姫様抱

っこしているような状態だ。その状態になることでようやく、バットマンは背後にいたの

が誰か分かった。

 

「ベイン!! なっ、何をするんだっ!!」

 

 バットマンは両腕を動かして鎖をフックから外したものの、ベインにしっかりと抱き上

げられており、抜け出そうとしても抜け出ることができない。両手両足の枷を早めに外し

ておけばよかったと後悔が生まれていた。ベインは抱き上げながら、バットマンが逃げ出

し、そのうえ片腕を握ってしまっている。おもむろに腕を動かそ

うとすれば、ベインが力任せに腕を握り、それを阻んでいた。

 

「待ち伏せをしようと思っていたようだが、それは既に読まれているからな。お前の背後

の壁は実際には壁じゃない。立体映像だ。俺はずっとその後ろに立っていた。そして、お

前の様子をしっかり眺めさせてもらったぞ」

 

 ベインの言葉にバットマンは何も言えず、口をつぐんだ。ベインが言っていることがど

うであれ、薄暗い部屋の中で背後に意識を向けられない状態だ。気づけなかったことを指

摘された以上、言い訳する余地もない。しかもベインは体力馬鹿に見えるが、実際には知

能が高く、ずるがしこい相手だ。簡単な方法に対する手は打っている可能性もある。それ

に、バットマンはベインの言葉のひとつが気になった。

 

「読まれているということは、お前の後ろには黒幕がいるな?」

 

「ああ、そうだ。だが、詳しい話は後だ。俺に聞いても何も答える気はない。俺は俺で、

お前に大きな枷をつけるために選ばれたに過ぎないからな」

 

 ベインはバットマンの質問に肯くと、両腕の鎖を持ち上げて再びフックにかけ、フック

を捻じ曲げて外れないようにしてしまった。お姫様抱っこの状態は変わらないが、ベイン

は何処からか注射器を取り出し、バットマンの右足の太股にそれを突き刺した。

 

「んぐっ……」

 

 勢いよく突き刺して何かを注入すると、ベインは同じことを左足にも行っていく。唐突

に連続して痛みを受け、バットマンは顔を引きつらせた。だが、ベインは無言でバットマ

ンの反応にも耳を傾ける様子を見せず、注射器をその辺に放り投げると、バットマンの足

を優しく撫で始めた。暴力のイメージが強いベインが暴力を振るうこともなく、ただ自分

の足を優しく撫で始めたため、何が起きたのかをはっきりと判断できず、バットマンは混

乱してしまっている。体温が高いのか、程ほどに暖かいベインの手が放置されて冷えてい

たバットマンの両足を優しく撫でることで、バットマンに暖かみが伝わっていく。注射に

よる痛みも和らぐように感じられる。バットマンは無意識に身体をベインに傾け始めてい

たが、途中で理性が戻ったのか、ハッとしたような表情で身体を起こしていた。

 

「どうした。俺の撫で撫でが気に入ったか?」

。それより、お前は私に何をするつもりなんだ」

 

 バットマンは冷静にベインに問うが、ベインは本題に入るとわざとらしく黙ってしまう。

手を止める様子はないが、バットマン自身も流石に理性で抑えているらしく、ベインに身

体を預けるような真似はしなかった。ベインはしばらくバットマンの両足を均等に撫でて

いたが、不意にその手が止めた。

 

「さっき俺はお前に大きな枷をつけるといった。それを今から行う」

 

 ベインは唐突にそう告げると、今度はバットマンの足を強く揉み始めていた。太股から

足首、足先に至るまでをマッサージをするかのように揉み漁り始めている。先ほどと同様

に力加減は考えているようで、足を握りつぶすような握力では行っていないが、それでも

ベインの突然の行為にバットマンは驚き、再びもがくという最低限の抵抗を始めた。身体

をねじらせてもがくことしか、今のバットマンにはできないからだ。しかし、それはやっ

ても無駄に等しい行為だった。どれだけ身体をねじらせようとも足はしっかり掴まれてお

り、ベインの行為はしっかり続けられていた。

 

「ベイッ、やッ……、やめあぁぁッ……!!」

 

 ベインは太股を揉む場合は足の付け根ギリギリまで揉むため、微かに股間にもベインの

マッサージが伝わってくる。少しでも中途半端に優しい力で股間に圧力をかけられ、バッ

トマンの口からは甲高い一声が零れる。でもベインはそれを無視し、マッサージの手を止

めない。相手の攻撃による衝撃を吸収する造りとなっているスーツも、マッサージ程度の

力には効果を示さないのか、スーツ越しにベインの触れる感触がバットマンの身体へと伝

わってしまっていた。巧みなリズムと間隔で足を隅々まで揉みしだく感触はスーツを通し

てはっきりとバットマンに伝わらせる。足の付け根付近を揉むたびにわざとなのか偶然な

のか、股間を触れる行為が行われ、必死に理性を保たせることでバットマンの頭はいっぱ

いだった。この状況を打開する方法を考えようにも、冷静になれない今、理性を保たせて

この状態を耐えうる以外にできることがない。だが、身体はしっかり感じてしまっており、

おもむろにベインが声を上げた。

 

「ふっ、お前……、感じてるな」

 

 その一言だけでもバットマンが喉の奥で唸りを上げるのに十分だった。屈辱が半端なく

むが、微かに肉棒が勃起し始め、わずかに股間部のスーツを押し上げ始め

ている。触れた感触でそれを知ったベインがわざと言葉に発したのだ。バットマンが屈辱

を感じ、それを意識するように。理性を保たせて耐えていても、それを口にされ、意識し

てしまえばそれに意識が向いてしまう。ベインは足を延々と揉みしだき、バットマンが必

死に耐えようとする様子を笑っていた。全身をスーツで包み、武器さえ奪われていないに

も関わらず、鎖で吊るされ、ベインにいいようにされている。バットマンの表情に屈辱と

恥辱の両方が滲み出ていた。

 

「はっきり認めろ。楽になる」

「くっ……」

 

 ベインは諭すような口調でバットマンに告げる。耳元で囁く一言は敵に降参するように

言われているようで、バットマンは顔を背けた。すると、ベインのマッサージのリズムが

急に変化し始めた。今までは足の全体をマッサージしていたのが、太股中心の物に変わり

だしたのだ。股間に触れる回数も増えだし、ベインの表情からわざと触れているのも分か

る。バットマンはその妙なリズムと感覚にじわじわと攻められ、必死で理性を繋ぐ忍耐力

を少しずつ削られていく。早く終わってくれと嫌と言うほど感じたが、それはなかなか終

わらない。それから30分くらい、その行為は続けられ、バットマンは必死に口を噤み、

ベインのマッサージに耐え続けていた。

 

「これでお前には大きな枷がついた」

 

 手を止めたベインはそう告げると、バットマンの両手を縛る鎖をフックから外し、手錠

も素手で粉砕するように壊して外し始めた。バットマンはマッサージを耐え続けていた反

動で意識を保たせることに精一杯になっており、両手が自由になってもそれらを動かす様

子はない。肩で息をするようにしながら、火照った体や精神を冷静にさせようとしていた。

その間に両足の鎖も外され、バットマンは優しく床に下ろされた。

 

「もうお前と俺が会うことはないだろう。お前は俺を追いかけることもできないからな」

 

 ベインはバットマンの眼前でそう告げ、怒りを煽るように鼻で笑う。その行為でバット

マンは正気に返ったが、同時に大きな異変に気がついた。両手で身体を支えるようにし、

足を投げ出した状態で座っていたバットマンは身体を起こし、そのまま立ち上がろうとす

れ、力を入れていることを感じていても、足

はおもりに変化したように動かなかった。

 

「うぐっ……!! くそっ……!! このっ……!! ふんっ……!!」

 

 必死に立ち上がろうとするバットマンだが、全く足が動かない。ベインは既に部屋を出

て行ってしまい、部屋にはバットマンしかいないが、全く立ち上がることができず、足を

投げ出した姿勢のまま動けない。両手を動かし、身体をうつぶせにして、匍匐全身で進も

うとしても足は付け根から先が全く動かない。それに肉棒が半勃起していたため、うつ伏

せでの動作は肉棒を己の体重で潰してしまい、自殺行為に近い。慌てるように両手に力を

こめて仰向けになったが、さらに勃起してしまったのを感じてしまう。

 

「まさかあの注射が……!?」

 

 バットマンは今になって注射器の中身が足を弱らせるための物、あるいは足の力が全く

出ないようにする、筋肉や骨を弱らせるような薬だったのではないかと思いついた。ベイ

ンのマッサージはそれを早めるためか、効果を増幅させるものだったのかもしれない。だ

から彼は『大きな枷』といったのだろう。足が全く動かなければ行動力は殆ど無効化され

てしまう。大きな枷であることに間違いはない。バットマンは両手と尻を動かすようにし

て、足を引きずるように動くしかなく、足が全く動かないことがどれだけ大変なことかを

思い知らされた。