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「何と忌々しいことだ、スーパーマンだけでなく、バットマンまでが私の計画を無残に崩

してしまった。このまま、奴らをのさばらせておくわけにはいかないが……」

 

 スーパーマンの宿敵、レックス・ルーサーは地下の秘密基地で大いに嘆き、怒り狂って

いた。土地の買占めや商売に見せかけ、実はその街から周辺までを一気に征服し、後々の

世界征服に至るまでの野望を繰り広げようと計画したが、その街にブルース・ウェインが

いたことがきっかけとなり、計画は知らぬ間に半分以上が無意味な物に変えられ、最終的

には水の泡にされてしまったのだ。バットマンの正体を知らないため、ルーサーは何故計

画をスーパーマンたちが知ったのか理解できぬまま、ぶつけられぬ怒りに高ぶっていた。

 

「奴らの息の根を軽く止められればいいのだが、かなり手強い相手だ。特にバットマンは

スーパーマンのようなパワーを持っていないというのにも関わらず、ゴッサムシティを

守っていると聞く。どうすれば奴らを倒し、二度と正義のヒーローと呼ばせなくすること

ができるだろうか……」

 

 ルーサーはメトロポリスとゴッサムシティの両方をわが手に収めたいがために、必死に

策を練り続けるがなかなかいい手が浮かばない。彼らの戦歴を見る限り、どちらも苦戦し

ながら勝利をしていることは分かる。それでも人間のバットマンが奇怪な能力を持つ相手

に普通に渡り合えているため、生半可な物では意味がない。

 

「待てよ……、スーパーマンは超人だが、バットマンはただの人間だ。正義のヒーローを

気取り、超人並に戦歴を挙げていようと、奴は我々と同じ弱点を持っている……」

 

 ルーサーはふと何かを思いついたらしく、パソコンを立ち上げ、何処かに連絡を入れ始

めた。彼の標的はこの時からバットマンへと移っていた。スーパーマンは人質がいる場合、

人質の安全を第一に考えるためにすぐに手を出してこない。それはバットマンでも同じと

考えられる。だから、まずはバットマンを正義から転落させ、その後でスーパーマンを倒

そう。計画を立て終わり、実行に移し始めたルーサーの目は狂気に満ちていた。

 

 

 

 

 

 

 数日後、真夜中のゴッサムシティをいつものようにパトロールと称して、バットモービ

ルが通りを駆け抜けていく。ルーサーのゴッサム乗っ取り計画が駄目になったばかりだか

らか、ジョーカーを筆頭にした悪党達もバットマンや警察を計画して暗躍に走っていない。

それでもいつ、何らかの事件が起きるかも知れないため、バットマンはパトロールを怠ら

なかった。

 

「………近辺のパトカーに通達する。ゴッサムシティ東の廃アパート群にて合成ドラッグ

の密売が行われていることが発覚した。ただちに周辺を捜査し、怪しい人物を捕まえるよ

うに………」

 

 しばらく通りを回っていると、バットモービルの傍受装置が警察無線を拾い上げたらし

い。電波が悪いのか、途中音飛びがしたり、言葉が聞き取りにくかったりしたが、無線の

周波数を合わせるとゴッサム警察からの通達であることが分かった。

 

「相手は薬の密売人とはいえ、背後にジョーカーやトゥーフェイスがいたこともある。一

応行ってみるか」

 

 バットマンはゴッサムシティ東の廃アパート群から少し離れた工場跡地にバットモービ

ルを隠すと、警察や密売人たちに見つからないように、アパートの一つにゆっくりと近づ

いていく。パトカーも警戒してなのか、周囲に姿は見られず、警官と思われる者もあまり

いない。先日の事件が解決したばかりのために、彼らも警戒しているのだろう。バットマ

ンはそう理論付け、そっと廃アパートの一つに潜り込んだ。十年くらい前に近くの工場建

設が計画され、多くの市民や難民をここに引き込もうとする計画があったそうだが、景気

の悪化に伴い、出来上がる直前のアパート群が残されていた。今では犯罪の溜まり場にな

ることも多いと聞く。しかし、潜り込んだアパートの全部屋を回ってみたが、何処にも怪

しい場所はおろか、密売が行われたような形跡はない。

 

「ゴッサム警察がドラッグに関して場所を間違えるだろうか?」

 

 ジョーカー等の怪人が出没する街でもあるため、警戒強く、犯罪のたまり場所を間違え

て通達するようなことを行う警察ではない。バットマンは首をかしげ、腑に落ちない様子

だったが、他のアパートも回ったが、密売の形跡は結局何一つとして存在していなかった。

5階建てアパート群を10棟も回り終え、既に深夜3時を過ぎている。アパートの幾つか

は階段が出来上がっていないものもあり、全てを回ったバットマンも流石に顔を引きつら

せていた。地下室さえも見回ったが、怪しい場所は一つもない。このような結果となると

既に形跡を消し去って逃げたとしか考えられない。

 

「仕方がない。今日はとりあえず帰るとしよう。後日、再びここを回ればいいだけだ」

 

 バットマンはバットモービルまで戻ろうとして、ふと立ち止まった。

 

「何者だ、ここで何をしている」

 

 バットランを手にし、警戒した面持ちで声をかける。目の前にはピエロが一人立ってい

たからだ。こんな深夜に、しかも周辺に誰も住んでいない場所でピエロが立っているわけ

がない。怪しいピエロに声をかけるが、ピエロはおかしそうに笑うジェスチャーを見せ、

挑発するように指を動かした。バットマンは威嚇射撃の代わりにバットラングを投げるが、

ピエロは軽く宙返りを行ってそれをかわし、再び挑発のポーズを取る。

 

「何が目的だ!」

 

 バットマンは再びバットラングを投げようとしたが、背後から何かが向かってくるのを

感じて横へ避けた。彼が今まで立っていた場所には、別のピエロが勢いよく落ちてくる。

ピエロはさらに増え、合計5人のピエロが無言のまま、バットマンの周囲を取り囲むよう

に立っていた。彼らから敵意は感じられないが、挑発の構えのまま、気配さえも感じ取ら

せないようにしている。バットマンは周囲を警戒し続け、ピエロがいつ襲ってくるかに備

えようとする。だが、徐々に意識が重く、呼吸が苦しくなってくるのを感じた。

 

「これは……一体……、……んっっ」

 

 周囲のピエロたちが何かを行っている様子はない。彼らは軽く飛びはねながら、延々と

挑発のポーズとおかしそうに笑うジェスチャーを繰り返し続けている。彼らに変わった様

子は全く見当たらないが、バットマンは少し動くたびに呼吸がしづらく、意識が遠のき始

めていることを感じていた。何とかして意識をとどめようとするが、頭痛も生まれ、冷静

な判断もできなくなってきている。理性を何とか繋げているのがやっとだった。

 

「おま……ち……、……な…・・・をし……」

 

 新たにバットラングを持ち、ピエロに投げようとするも、手の感覚が既になく、手にし

ていたバットラングは手をすり抜けるように地面に落ちてしまう。拾おうにもかがめば倒

れそうになる。足はふらつき、立っていることを維持するのもできない。態勢を整えよう

にも、足の感覚さえなくなってきた。頭痛も激しくなってくる。クラクラとした頭をおさ

えるように、思わずその場にしゃがみ込んでしまった。でも、その様子をピエロ達は驚き

のジェスチャーで眺め、何かをしてくる様子はない。今のうちに何とかしなければ、ここ

を早く立ち去らなければと思うバットマンだが、理性と微かな意識が何を考えても、身体

はそれに反応することもなく、立ち上がれず、さらに意識を遠のけていく。その後数分く

らい、必死に意識を保ち続けていたバットマンだが、呼吸が出来なくなると同時に意識を

失ってしまった。