宇宙刑事ディルバン(6B)

 

 

アルスに率いられた宇宙船団が異次元城ダークパレスを出撃していく。

ダークパレスの司令室には、それを見送る二人の男女の姿があった。

 

「無粋な!」

女の方が吐き捨てるように言った。

アルスの姉・イザベラである。

弟のアルス同様、残忍な美しさをもつ美少女であった。

「あの男の事だ、どうせ宇宙警察機構にも卑怯な手を使うに違いない。

 宇宙刑事一人を捕まえるのに、子供を人質に使うなど、

 我が弟ながら情けなくなる」

自己顕示欲の人一倍強いイザベラにとって、

アルスが宇宙警察機構攻撃の指揮を任された事が

腹立たしくてならない。

皇帝マフーがアルスに攻撃部隊の指揮を命じた時、

アルスがイザベラに見せた氷のような笑みは、

今もイザベラの目に焼き付いている。

 

「正面から闘ってこそ、勝利の価値があるというものであろう。

 戦いはもっと優美にすべきなのだよ」

「おっしゃる通りでございます、イザベラ様」

イザベラの背後で、いかにもイザベラに迎合した言葉を口にしたのが

副官のタッキーである。

歳はアルスより少し上であろうか。

生粋の美少年だ。

かつては彼も宇宙警察機構の刑事であったが、

功を焦ってイザベラに捕らえらた。

名目は副官という事になっているが、実質的には召使いとして扱われる身である。

「ふふふ、お前は正直だねぇ」

イザベラは満足げな笑みを浮かべながら、タッキーの股間に手を伸ばした。

無論、タッキーは両手を後に組んだまま、股間を弄ばれる。

タッキーの表情がわずかに歪んだ。

「ふふふ、良い子だ。

 お前のその辛そうな顔が最高なんだよ」

イザベラは笑みに残忍さを増して、美少年を弄んだ。

 

タッキーは銀河連邦政府の高級官僚の家に生まれた。

頭脳明晰な上に、甘いマスクに似合わず武道にも優れ、

人の目には、何ら不自由のない少年期に映ったろう。

だが、利権をエサに賄賂を取って私腹を肥やす父親のもとでの生活は、

子供の頃から正義感の強かったタッキーにとって、

苦痛以外の何ものでもなかった。

やがて成長したタッキーは、親の反対を押し切って宇宙警察学校に進む。

そこでもタッキーは、厳しい訓練にも耐え、首席で卒業した。

宇宙警察学校での成績に加え、父親の威光もある。

誰もが宇宙警察機構本部での勤務を予想した。

しかし、タッキーはこれを拒否した。

第一線での勤務を望んだのである。

タッキーが配属されたのは、宇宙スラムと言われるダスター星系だった。

悪の巣窟と言われる星系で、宇宙犯罪者もここに逃げ込めば安全とすら

言われている。

事実、この星系の大多数の住民は、宇宙指名手配をされた犯罪者や

他の星系でドロップアウトした者で占められていた。

したがって、犯罪が起きても、それは犯罪者同士の争いがほとんどだ。

宇宙警察機構の支部も、そういった事に関わろうとはしない。

下手に関われば、宇宙刑事といえども我が身が危ないのだ。

タッキーの配属には、父親の強い意向があった。

“あそこならタッキーも手に負えまい。

 子供っぽい正義感など捨てて、すぐに逃げて帰ってくる”

父親のその読みは外れた。

宇宙犯罪者の中から戦闘員をスカウトする為に、

イザベラがダスター星系に来るとの情報を掴んだタッキーは、

その現場に潜入して捕らえられたのだ。

父親はすぐに救援部隊を派遣するよう、ダスター星系の宇宙警察機構支部に

掛け合った。

しかし、支部長は動かなかった。

「息子さんを捕まえたのはイザベラです。

 息子さんほどの美少年なら、イザベラが放っておくはずがない。

 今頃は調教されて、イザベラの性処理奴隷にされているでしょう。

 それでも救出せよと言うんですか。

 救出してイザベラを捕らえたらどうなります?。

 宇宙法廷で『私はイザベラの奴隷でした。イザベラに犯されました』と

 息子さんに証言してもらわなければならなくなるんですよ。

 そうなったら、あなたの地位も名誉も台無しでしょう」

その言葉に父親は返す言葉がなかった。

タッキーは『名誉の戦死』として処理された。

 

そのタッキーが捕らえられたのは、ダスター星系で最も大きいスタジアムだ。

イザベラのスカウト活動は、そんな場所で堂々と行われていたのである。

戦闘員に応募した者はスタジアムに集められ、そこで他の応募者と戦う。

宇宙の腕自慢による壮絶なバトルロイヤルで、

定員になるまで残った者が採用という事になる。

その様子は一般にも公開され、スタンドは多くの観客で埋められていた。

タッキーはその中に潜り込んだ。

イザベラの合図で死闘が始まった。

スタジアムで戦いを始めたのは300人はいるだろう。

戦闘員になれるのは50人と聞いていた。

タッキーは戦いが終わるまで、じっと待った。

300人を相手には出来ない。

しかし、戦いに疲れた50人なら、勝ち目はあると考えたのだ。

そして、残り51人になり、50人になった。

 

「ヨシ。そこまで」

イザベラの声とともに、タッキーはスタジアムに降り立った。

「そう、そこまでだ。全員、そこを動くな!」

50人はこれまでの戦いに疲れ、或いは傷ついて地面に座り込んでいる。

抵抗する様子もない。

「お前もだ、イザベラ!」

だが、イザベラは動じない。

目は一瞬、自分のやろうとした事を阻止された怒りに燃えたものの、

すぐに平静を取り戻した。

いや、表情はむしろ優しく微笑んだと言って良い。

タッキーという、宇宙でも稀な美少年を見て、

思わず頬がゆるんだのだろう。

「おやおや、宇宙刑事さんとあろう者が、みんなが闘っている時は隠れていて、

 最後になって姿を現すとは、ちょっとずるいわねぇ」

言葉は子供をあやすようだ。

ゆっくりとスタンドを降り、スタジアムに入った。

「まぁ、良いだろう。

 このスタジアムには戦闘員になりたいという者を集めたはずだ。

 お前もそのつもりで来たんだね。

 ふふふ。宇宙刑事出身の戦闘員というのも一興だ。

 特別に採用してあげるよ、坊や」

「ふざけるな!!。瞬着!!」

タッキーはジャニバンに変身し、腰のディルシューターを抜いた。

安全装置を外し、銃身をイザベラに向ける。 

だが、イザベラはなおもタッキーに歩み寄る。

顔には氷の微笑が浮かんでいた。

タッキーが生まれて初めて恐怖を感じた瞬間だった。