宇宙刑事ディルバン(15A)

 

 メインブリッジに到達したエルデバンは、遂に女海賊ベロニカと対峙した。

「宇宙刑事エルデバン見参!覚悟しろよベロニカ、宇宙連邦の法に元づき、貴様を処刑す

る!!」

 ベロニカに向けて右手を突き出し、名乗りを上げるエルデバン。

「おやおや、最初の犠牲者はあの有名なエルデバン坊やかい。少しばかり手柄を立てたか

らといって随分とチヤホヤされているようだが、しょせんは新人、ケツの青い餓鬼じゃな

いか」

 キャプテンシートに悠然と腰を下ろしているベロニカは、まったく動揺することなく、

逆にエルデバンを挑発する余裕すら見せる。

 だが、もちろんそのような安い挑発に乗るエリート刑事ではない。

 エルデバンは目前の凶悪犯罪者から発せられる、強烈な殺気にも臆することなく、冷静

に状況を判断していた。

(奴を倒すには長期戦は不利だ。腕に覚えのある宇宙刑事を、何人も返り討ちにする程の

剣の達人だからな。ここは心理戦に持ち込み、逆に挑発してやるか……。ブチギレて向

かって来たところにカウンターをお見舞いしてやる)

「ふっ、ケツの青い餓鬼か……。ならばお前のご自慢の海賊団は、その『ケツの青い餓

鬼』一人に壊滅させられたことになるな。お前たちの秘密基地に潜入し、情報を盗み出し

たのはこの俺なんだぜ」

 エルデバンの明かした真実を聞き、ふてぶてしいまでの余裕を見せていた女海賊の顔色

が、瞬時に紅潮していく。

「なにぃぃ!」

 左右に大きく裂けた口から、乱杭歯を剥き出しにし、怒りをあらわにするベロニカ。

2メートルを超える巨躯を震わせ、腰に携えた大剣に手を掛けるが、寸でのところで思い

止まる。

実力が拮抗した者同士の、一対一の真剣勝負では、心に乱れが生じた方が負けである。

数々の修羅場を潜りぬけてきた猛者であるベロニカは、もちろんそのことを理解している

為、必死に怒りを抑えているのだ。

 一方、自分の挑発が明らかに効果を上げていることを確信したエルデバンは、更に追い

討ちをかけていく。

「ちなみに今回の作戦もこの俺の立案さ。こちらが流した偽情報に、まんまと引っ掛かっ

てくれて感謝してるぜ。まあ、所詮お前たちは力だけが頼りの、下等な人種って訳だ。特

にお前はな、ベロニカ。見た目がヒキガエルなら、知能も両生類並ってことだな!」

「おのれぇぇ、小僧ぉぉ!八つ裂きにしてくれるわ!!!」

 遂に怒りの頂点に達したベロニカは、その巨体からは想像できぬ程のスピードでエルデ

バンへと駆け寄る。今まで犠牲になった何百人分もの血糊が染み付いた、漆黒の大剣を振

りかぶると、そのままエルデバンの脳天めがけて一気に振り下ろす。

 並みの使い手ならば瞬時に倒してしまう脅威の早業。この瞬発力とスピードこそが、女

海賊ベロニカの強さの秘密であった。

 初めて彼女と相対した者は、女とは思えぬ巨体と、その身長よりも更に長い、重厚な大

剣を見て、力任せに大剣を振り回すパワーファイターだと勘違いしてしまう。

 事実、今まで彼女に挑んだ宇宙刑事たちも、この点を見誤ったために無残に返り討ちに

合っていたのだった。

 だが、『白銀の鷹』エルデバンは違った。

 潜入捜査のおり、海賊団員になりすましたエルデバンは、補給基地やアジトの位置等の

データだけでなく、ベロニカに関する様々な情報を入手していた。

 その情報の中にはベロニカの性格、戦闘スタイルはもちろん、『団長をヒキガエルと呼

んだ者で生きている者はいない』というものまで含まれていた。

 ベロニカがブチギレるタイミングと、行動の全てを予想していたエルデバンは、あらゆ

る感覚を研ぎ澄ませ、この瞬間を待っていたのである。疾風のごとき早業も、今のエルデ

バンにはスローモーションの映像のように映っていた。

(今だ!)

 目前に迫ったベロニカの大剣が、顔面へと振り下ろされるその時、ベロニカが防御を捨

て完全に攻撃へと特化した瞬間に、腰のレーザーブレードを抜き放つエルデバン。

「喰らえっ!ファイナルジャッジメント!!」

 宇宙刑事エルデバン最大の必殺技――ファイナルジャッジメント。腰から振り抜いた剣

でそのまま斬りつける、要は居合抜きである。だが元々居合の達人であるシンの力が、バ

トルスーツによって増幅されることにより、そのスピードは軽く音速を超える。

残像すらも残さぬ神速の斬撃は、敵に痛みを感じる暇すら与えずに、その体を両断するの

だ。

 怒りに身をまかせ、大剣を振りかぶった今のベロニカに、超スピードで迫る蒼きレー

ザーの刃を回避する余裕などあるはずがない。

コンマゼロ秒の遅れすら許されぬ、必殺のタイミングを見事に捕らえたエルデバンは、自

分の勝利を確信し、そのまま剣を横薙ぎに振るう。

触れた物を瞬時に気化させる10万度のレーザーの刃は、確実に女海賊の両腕と頭を切り

落とすはずであった。

「ぎゃぁぁ〜〜っ!!!」

 耳をつんざく絶叫を上げ、床を転げ回るベロニカ。

 両腕は肘から先を失い、炭化した切り口からは煙が上がっている。だが、首は繋がった

ままだ。

 ベロニカは、致命傷だけは回避していたのだ。

 神速で迫るレーザーブレードが命中する刹那の際、上体と首を大きく反らせたベロニカ

は、両腕を捨てることにより、首への致命傷だけは回避したのだった。

 数々の死線を潜り抜けた者が持つ、勝負師としての勘が危険を察知させ、その豊富な戦

闘経験に培われた咄嗟の行動力が、彼女を救ったと言えよう。

 ただ、両腕のみを犠牲にしたつもりのベロニカであったが、エルデバン渾身の一撃のス

ピードは、彼女の予想を大きく上回り、レーザーブレードの剣先は左目を大きくえぐって

いた。

「うぎゃぁぁああああ!!う、腕がぁぁぁ、私の目がぁぁぁあああああ!!!」

さすがの女海賊も、あまりの激痛に獣のように吼え、床の上を無様に転げ回る。

 今、エルデバンの前に、全銀河を震撼させてきた大悪党を処刑する、最大のチャンスが

あった。

 しかし、ベロニカと対峙してから、常に完璧な冷静さを保っていたエルデバンは、この

時初めて焦りを感じていた。

 エルデバンは金縛りにあっているように、まったく体が動かないのだった。

 必殺技ファイナルジャッジメントは、レーザーブレードとバトルスーツのパワーリミッ

ターを解除し、高出力のエネルギーを、一気にオーバーロードすることによって実現する

技である。

その為、技を出した後は10秒間もの間、完全にバトルスーツの機能が停止し、彫像のよ

うに棒立ち状態になってしまうのだ。

必殺の刃は、一つ間違えば自分を窮地に陥れる、諸刃の剣だったのだ。

「くそっ!早く止めを刺さねば!」

 必死に体を動かそうとするエルデバンだが、指先一つすらも動かすことができない。

 普段はパワーを増幅させ、敵のあらゆる攻撃から全身を守る、優れた防具であるバトル

スーツも、この時ばかりは鋼鉄製の拘束具と化し、シンのいっさいの行動を封じていた。

「おのれぇぇ小僧ぉ!この私の、女の顔と体に傷をつけた報い……必ず受けてもらうぞ

!」

 叫ぶの止め、立ち上がったベロニカの口から漏れる呪いの言葉。

 満身創痍の女海賊は、よろよろと足を引きずるように、キャプテンシートへと戻ると、

肘掛に付いたスイッチの一つを、切り落とされた手首を使って押した。すると真上の天井

が開き、シートはベロニカを乗せたまま上昇していく。

「しまった!」

 思わず叫ぶエルデバン。完璧に暗記した、シャドースコルピオの設計図が脳裏をよぎ

る。

この海賊船のキャプテンシートは脱出用の高速艇へと続く、緊急用の避難装置を兼ねてい

たのだった。

「待て〜!ベロニカ!」

 やっと硬直が解け、全速で駆け寄ったエルデバンが、天井を見上げるが、既にベロニカ

の姿は無い。

「憶えておいでエルデバン。必ずお前に復讐してやる!今まで処刑した宇宙刑事の、誰よ

りも辛い地獄を味合わせてやるからな!」

 天井の穴から遠く響く捨て台詞を残し、ベロニカの逃走は成功したのだった。

 この後、宇宙警察機構の懸命の捜査にもかかわらず、銀河の暗部に身を隠したベロニカ

を、見つけ出すことは叶わなかった・・・

 

 

 

 そのベロニカが今、宇宙警察機構の総本山とも言える、この要塞にいるという。

 もし、自由の身であれば、シンは宇宙刑事エルデバンとして、全力をもって迎え撃って

いたであろう。

しかし、今のシンは宇宙刑事の装備を全て奪われ、全裸に剥かれ、敵の手で性的陵辱を受

ける哀れな肉奴隷に堕とされている。

今、自分に恨みを持つベロニカが目の前に現われたら、どのような仕打ちを受けるか・・

・想像しただけで絶望感に打ひしがれるシンであった。

「どうしたのシン君?なんか顔色が悪いみたいだけど。ほら、玉もこんなに縮んじゃって

るよ」

ベロニカとの因縁を思い出し、恐怖に震えるシンの股間を弄ぶアルス。

「ふふふ、どうしようかな、面倒だからこのまま君をベロニカに引渡しもいいんだよ

ねぇ」

「ああぁ、アルス様、それだけは勘弁して下さい!このまま一生貴方の奴隷として仕えま

すから、どうかベロニカにだけは・・・」

 意地悪く微笑むアルスに、涙で目を潤ませながら懇願するシン。

 もちろん、その願いが無残に打ち砕かれるのは時間の問題であった・・・・