宇宙刑事ディルバン(10B)

 

ダスター星系を出立した後も、イザベラはすぐにダークパレスには戻らず、

タッキーを連れて宇宙各地を転々とした。

ダークパレスには小生意気な弟のアルスや、二言目には弟と比較して

イザベラを軽んじる皇帝マフーがいる。

そこはイザベラにとって、最も居心地の悪い場所であった。

 

余談になるが、この時点ではアルスはディルバンを捕らえていない。

もし、イザベラがタッキーから宇宙警察機構本部の所在を聞き出していれば、

皇帝マフーの評価は劇的に変わったかも知れない。

だが、宇宙警察機構の秘密を聞き出す為にディルバンを捕らえたアルスと違い、

イザベラの目的はタッキーを晒し者にする事で、自分の力を誇示するところにある。

無論、捕らえたタッキーが美少年であれば、イザベラの株が上がるというものではない。

タッキーを見た者は誰もが驚愕の声を上げたが、それはタッキーの美しさに対してである。

その声を自分の実力が認められた証拠と思ったのは、

宇宙広しと言えども、おそらくイザベラ一人であろう。

 

ともかく、イザベラは自分の優越感を満たす為にタッキーを連れ回し、

タッキーは宇宙各地で晒し者にされ続けた。

札付きの悪党達の前に恥ずかしい姿を曝され、いたぶり抜かれて笑い者にされる事は、

タッキーにとって耐え難い屈辱である。

“ダークパレスに行って、それを破壊できれば・・。

 或いは、皇帝マフーを倒す事が出来れば・・”

タッキーはそれだけを信じて、辱めに耐えた。

そして耐え抜いた。

ついに、イザベラに皇帝マフーからの帰還命令が届いたのだ。

 

この頃になると、イザベラもダークパレスに戻る事に抵抗はなかった。

タッキーの美しさへの賞賛を、それを捕らえた自分への賞賛と思いこんだイザベラは、

もはや凱旋気分でダークパレスに向かったのである。

そして、ダークパレスへ到着の前日。

タッキーはイザベラに呼び出された。

「明日はいよいよダークパレスだ。

 到着次第、皇帝に拝謁する。

 お前という戦利品があるのだ。

 さぞ、ご満足して下さる事だろう

 いいか、くれぐれも粗相のないようにな」

“皇帝への拝謁”

タッキーはその一言に興奮を感じた。

今まで屈辱に耐えてきたのも、この日の為だ。

「イザベラ様、お願いがございます」

「んっ。何だ?」

「皇帝陛下の御前で、ジャニバンに変身させていただけないでしょうか」

今までは、ずっと全裸で晒し者にされてきた。

だが“素っ裸のタッキー”では、いくら何でも皇帝に手も足も出ない。

「皇帝の前で変身させろだと!。

 バカを言うな!!」

「いえ、イザベラ様。

 生身の人間を捕らえたとしても、何の手柄にもなりません。

 宇宙刑事ジャニバンを捕らえ、陛下の御前に跪かせてこそ、

 イザベラ様の手柄となるというものではないでしょうか」

「なるほど。それもそうだな」

「はい。完全武装の宇宙刑事がイザベラ様に恐れをなし、

 イザベラ様のご命令で陛下の御前に跪いて武器を差し出すのです。

 その時、アルス様はどんな顔をなさるか・・」

タッキーは殺し文句を吐いた。

イザベラとアルスの確執は、長い間連れ回されている間に見抜いている。

それを利用しようというわけだ。

「ヨシ。分かった。

 ふふふ、お前が皇帝の前に跪いた時、アルスの奴がどんな顔をするか。

 ははは、確かに楽しみだ」

 

タッキーを使って自分の立場を高めようとするイザベラ、

イザベラを利用して皇帝マフーに一撃を加えようと思うタッキー。

それぞれに勝算があった。

惨めに敗北するとは思っていない。

まだ、この時は・・。

 

翌日、ダークパレスに帰還したイザベラが目にしたのは、

イザベラ自身も今までに見た事のないような大宇宙艦隊である。

宇宙船から降り、その威容に目を見張るイザベラに、

一人の男が近づいた。

アルスの側近の男だ。

「皇帝陛下がお待ちです。お早く」

皇帝の長子たるイザベラを出迎えたと言うより、

単に呼びに来たと言った方が正確だろう。

「たった今、帰還したばかりなのだぞ」

口をとがらせるイザベラにも

「それでは、陛下にはそのようにお伝えいたします」と譲らない。

仕方なく、イザベラはタッキーとダスター星系で採用した50人の戦闘員を引き連れて、謁見の間へと向かった。

凱旋気分もどこへやらである。

 

そして、謁見の間では、さらにイザベラの血圧を上昇させる光景が待っていた。

『王者の椅子』と呼ばれるゆったりとした席に皇帝マフーの姿があるのは

いつもの事だが、その横にアルスが座っている。

しかも、一見したところでは皇帝マフーの『王者の椅子』と同じ造りのようだ。

二人の前で、イザベラは立ったまま、帰還の報告をしなければならない。

「姉上、今回は随分な長旅だったご様子で」

皇帝マフーより先にアルスが口火を切った。

しかも、皮肉そのものだ。

「私は皇帝陛下に報告に来たのだ。お前にではない!」

イザベラの怒りが爆発した。

おそらく、どんな宇宙海賊でも死を覚悟するような怒り方だ。

だが、アルスは動じない。

「新入りが50人でしょ。

 あんまり帰りが遅いから、僕が代わりに済ませておいたよ。

 でっ。後のお兄ちゃんが、そのオマケって事でしょ」

自分の功績を認めさせるつもりで連れてきたタッキーを「オマケ」と言われ、

さらに怒りを募らせるイザベラ。

しかし、タッキーを見た皇帝マフーもアルスも、一瞬目を見開いたかのように

イザベラには見えた。

たしかに二人とも、宇宙でも類い希な美少年に目を見開いたのだ。

「タッキー君だね。ウチのお姉ちゃんは怖くてねぇ。

 いくら宇宙警察学校を首席で卒業してても敵わないでしょ。

 何か、宇宙中をストリップ巡業までさせられてるって話だけど」

「えっ?。宇宙警察学校の首席?」

背後のタッキーを振り返るイザベラ。

「ったくもう。そんな事も調べてなかったのぉ?。

 エリート官僚だったお父さんの反対を押し切って、

 宇宙警察学校に入ったんだよね。

 正義感に燃えているんだろうねぇ」

話ながらアルスは立ち上がると、ゆっくりとタッキーに歩み寄る。

タッキーはアルスの顔を直視した時、その美しさと氷のような冷たさに

身が縮む想いがした。

“こんな相手と闘うのか”

イザベラと相対した時に感じた以上の恐怖が、心に沸き上がってくる。

アルスはイザベラの存在を無視するように、イザベラの横を通過して、

タッキーの正面に立った。

いきなりジーンズの上から股間を掴まれる。

「正義のヒーローにしては小振りだね」

股間を鷲掴みにされながらも、タッキーは文字通り手も足も出ない。

アルスの身体から発する冷気によって、身も心も凍てついたようだ。

「いいブレスレットしてるじゃない。

 変身してみたら」

「お、お許し下さい。アルス様」

タッキーはそう言うのが精一杯だ。

「瞬着する事になっていたんだよね、タッキー君」

アルスはタッキーの股間を掴んだ手に、さらに力を加える。

全てを見通したようなアルスの言葉だ。

「そ、それでは失礼して瞬着させていただきます」

「ははは。『瞬着させていただきます』か。

 上流階級の人は、言う事が違うねぇ」

アルスは手を放した。

「瞬着」

とにかくタッキーはジャニバンに変身した。

しかし、アルスへの恐怖は変わらない。

まるで蛇に睨まれた蛙である。

「さて、変身したよ。

 プラスターもソードもエネルギーは十分だよね。

 さて、これからどうするの?」

「えっ・・」

ここで一撃の予定だった。

だが、ジャニバンにはとてもそれは望めそうにない。

「こっ、こら。挨拶だろうが!。

 さっさと跪くんだよ」

たまりかねてイザベラが声を荒げる。

弾かれたように、ジャニバンはその場に土下座した。

だが、それは皇帝マフーに対してと言うよりも、アルスに対して跪く格好だ。

「バ、バカ!」

「ほらほら、姉上が怒ってるよ。

 こっちだって、ほら」

アルスはジャニバンの首を掴むと、猫を扱うように皇帝マフーの前に引きずった。

 

皇帝マフーの前に跪かされるジャニバン。

だが、マフーはジャニバンをちらりと見ただけで、視線をイザベラに向けた。

「これがお前の副官か」

「あ、いえ、それはそのぅ」

ジャニバンのあまりの醜態ぶりに、イザベラも言葉が出ない。

「まぁいいだろう。あまり役に立ちすぎるのも考え物だ。

 これからワシは、レジスタンス星のバカ者どもを少し懲らしめてくる。

 最近、反乱が多いからな」

「レジスタンス星は姉上の管理星域でしょ」

アルスの一言に、イザベラの血圧が上がる。

「なら私が・・」

「いや、お前にはダークパレスの警備を頼みたい。

 その為に戻ってもらった」

「ダークパレスには、アルスがいるではありませんか。

 アルスでは頼りないと・・」

イザベラのささやかな反撃だ。

「アルスには宇宙警察機構本部攻略の指揮を執ってもらう」

「そ、そんな、どこにあるかも分からないような・・」

「アルスが所在を突きとめたのだ。

 お前がこの副官を連れ回して、ストリップショーをさせている間にな」

 

イザベラの頭の中が白くなった。

何か言おうとしたが、言葉が出ない。

皇帝マフーが無言のまま立ち上がる。

「んじゃぁ、姉上。留守番ヨロシクねぇ〜」

アルスも続いた。

 

ようやく我に返った時には、すでに二人の姿はなかった。