悶絶の銀狼(5)

  脱出

 

「面白くなりそうだな」

 脇腹を押さえながら、壁づたいに歩くシルバーがモニターにうつっている。

「ドアを開けてやろうか、ん?」

 と、電極オルグは呟いて、スイッチを押すとシルバーが動きを止める。カメラを切り

替えると突然開いたドアに警戒しているようだった。

 しばらく観察していると、シルバーがゆっくりゆっくり、そのドアに近付いていく。

「覚えてるかな?」

 その部屋は、ブルーの体をすりつぶした部屋だった。床にはグチャグチャになって原

形をほとんど留めていない肉片と、ブルーが着ていた服が、真っ赤な血に染まっている。

巨大なローラーにも仕掛けがあって、下へと沈み込む大きなローラーの間には、針が沢

山ついた別のローラーが縦につけられていて、巻き込んだ体を引き裂くと言うものだ。

 スーツを着ていてもここに巻き込まれたら無事ではすまない。

 シルバーは今、何を考えているのだろうか。電極オルグはそれを考えると楽しくて仕

方がなかったのである。

 

 シルバーは胸に怒りを押さえ込み、必死で冷静さを保ちながら、まるで迷路のような

基地の中を慎重に歩いていく。脇腹や胸が、ズキズキと痛みを発して、何度も膝の力が

抜けそうになった。

 壁に手をつきながらゆっくりと廊下を進んでいくと、突き当たりのドアから、話し声

が漏れてきた。

「残るは三人だ」

 それは電極オルグの声だった。

 ドアの脇に身をひそめて、中を覗き込むと、磔にされたままのレッドとイエローの姿

が目に入る。そして電極オルグがその周りを歩きながら、得意げに話していた。

「惨めな気分だろう? 術中にはまって仲間同士で傷つけあって・・・」

 レッドとイエローは一言も話さず、うつむいたままである。

「一人一人無様な死に方をしていく。助かりたければシルバーが降伏することを祈るこ

とだな」

 勝手な事を言ってやがる・・・。誰が降伏なんかするもんか!

 レッドがゆっくりと顔を上げた。

「俺達は・・・」

「なんだ?」

「俺達はお前らなんかに降伏などしない」

 イエローも顔を上げて、

「そうだ。俺達が死んでも、また新しい仲間が必ずお前達を倒す」

「シルバーだって同じ。誰も諦めたりしない!」

「そうか。・・・ところで、少し場所を移ってもらうことにした」

「何!?」

「条件を履行するための準備をしなくちゃならん。そのためにこの部屋を改装する。

だからお前達は別の部屋へ移ってもらうことにした」

 電極オルグは二人の拘束具を外すと、二人の胸に六角形のシールを貼り付けた。

「これは・・・?」

「知る必要はない」

 電極オルグは触手を伸ばして、それを二人の腕に巻き付けると、

「こっちだ」

 といって、その部屋の奥のドアへと歩き出した。

 シルバーは物音を立てないように注意しながら、ゆっくりと部屋に入って、物陰に

身を隠しつつその後を追う。

 ドアの向こうがまた別の部屋になっていて、牢屋になっていた。

「入れ」

 触手をほどいて二人をその中へ押し込むと、ドアを閉める。鍵をかけると、その部

屋の中にガシャンと言う冷たい音が響いた。

「そこでしばらく大人しくしていろ。すぐには殺さないから安心してくれ」

 とわけのわからないことを言って、また磔部屋に戻ってきた。シルバーは慌てて物

陰に身をひそめて、電極オルグをやり過ごすと、牢屋へと駆け込んだ。

「シルバー!」

「シルバー、無事だったんだな!」

「みんな、すまない」

「二人とも死んだんだろ?」

「ああ」

「シルバー、お前のせいじゃないよ」

「ありがとう、イエロー」

「なあシルバー、この鍵を壊せるか?」

「わからない・・・。道具か何かを持ってくる」

 と言って、シルバーは磔部屋に引き返すと、取り上げられた武器を探し始めた。そ

う頑丈そうな鍵ではない。

 磔部屋の奥にある棚の引き出しを開けると、獣皇剣が入っていた。シルバーはそれ

を掴んで戻ると、鍵穴に突っ込んでガチャガチャと中を掻き回した。するとしばらく

して鍵の何かの部品が壊れて、ドアが開いたのである。

「さあ、出るんだ!」

 シルバーに促されて、レッドとイエローが外へ出る。

「このシールは何なんだ?」

 とシルバーが言うと、

「わからない。でも嫌な予感がする。・・・とれるかな?」 

 とレッドが言った。シルバーはそのシールを剥がそうとしたのだが、ピッタリとくっ

ついてとれない。

「なあ、そんな事している間にあいつが戻ってきたら大変だぜ。早く出よう」

 とイエローが言う。

「そうだな」

 とレッドも頷いて、三人は磔部屋に入った。さっきの戸棚から獣皇剣を抜いて、レッ

ドとイエローがホルスターに収める。

「出口はどこなんだ?」

「さあ・・・。電極オルグが歩いていった方向は?」

「あっちのドアだ」

 と、シルバーが、通ってきたところとは違うドアを指さした。

「行ってみよう」

「ああ」

 三人は慎重にドアに近付いて、それから周囲を伺う。見張りも誰もいないようだ。耳

を澄ましても物音一つ聞こえず、まるでここにいるのが三人だけに思えるくらい、不気

味に静まりかえっているのである。

「おい」

 と、その時イエローが廊下の奥を指さした。

「光が見えるぞ!」

「外の光だ」

「よし!」

 三人は、廊下の奥に差し込む一筋の光に向かって、勢いよく走り出した。

「はしごだ!」

 レッドが大急ぎではしごを登っていく。シルバーもそのあとに続こうとした時、

「そこまでだ」

 と声がしたのだ。レッドとシルバーが振り向くと、触手がイエローの首に巻き付いて

いたのである。

「イエロー!」

 二人がはしごから飛び降りて、素早く身構えると、電極オルグはイエローの体を自分

の前に持っていって、盾にしたのである。

「そこから一歩でも動いたら殺す」

「何!?」

「胸にはり付けたのは爆弾だよ。凄い薄さだろう? コンクリートの壁を粉々に出来る

破壊力だ。こいつを爆発させたら、一体どうなるのかな?」

「レッド! シルバー! 早く行け! 行くんだ!」

「でも・・・」

「イエロー・・・」

「いいから! いいから早く!」

「逃げられちゃ困るんだよ!」

 電極オルグの目からレーザーが発射されて、それがレッドの胸にはり付けられた爆弾

に当たって爆発したのである。衝撃でレッドとシルバーが吹っ飛ばされてしまった。

「うっ・・・」

 シルバーが体を起こすと、レッドが壁にめり込んでいた。そしてイエローの方を向く

と、すでに二人の姿はなかったのである。

「レッド!」

 レッドの体が床に落ちると、シルバーはすぐに手を貸して助け起こした。

「大丈夫か!?」

「ああ・・・」

 と、その時である。

「ぐわあぁぁぁ!」

 と、イエローの悲鳴が聞こえてきたのだ。

「急げ!」

「ああ!」

 声が聞こえた方向へ二人が走っていくと、電極オルグが磔部屋の中央に立っていた。

「逃げてもらっちゃ困るんだよね・・・」

 と、電極オルグは言って、イエローに巻き付いている触手を振り上げて、床にたたき

つけた。

「ぐあっ・・・」

 電極オルグはまた触手を振り上げると、イエローを二人の方へ放り投げつけ、イエロー

が立ち上がった時、再び触手を向けたのである。

「死ね!」

 触手が真っ直ぐ、イエローの腹を貫いた。

「うあああ!」

「イエロー!」

 レッドとシルバーが叫ぶ。

「触手の性能を見せてやる」

 そう言って、また別の触手をイエローに向けて伸ばした。その触手は途中から細い針

のように何本にも分裂して、イエローの体に突き刺さっていった。

「ぐああっ・・・ぶああぁっ! ぐふっ! がっ!」

 一本一本、刺さるたびにイエローが叫び、スーツが爆発を起こす。

「ぐあっ! あぐうっ! ぐふっ! う、あ、ぐあああぁっ!」

「イエロー!」

 レッドがイエローに駆け寄ろうとすると、

「邪魔をするな!」

 と電極オルグが叫んで、触手を伸ばしてレッドをはじき飛ばした。

 シルバーはその場で固まったまま、イエローの体を突き抜ける触手を凝視していた。

「ぐああぁっ! うぐっ、ぐ、ぐうぅ・・・ぐふうぁっ!」

 また・・・また・・・。シルバーは、急に体の力が抜けてしまって、その場に膝をつ

いた。

 やがて最後の触手がイエローの胸を貫いた。さっきまで部屋の中に響いていた悲鳴と

爆発音もとまり、部屋の中が急に静かになる。

 電極オルグは触手を引き寄せ、イエローの頭に、またあのシールを貼り付けたのであ

る。

「やめろ・・・」

 レッドが、乾いた声で呟いた。

「やめろ!」

 レッドは猛然と立ち上がり、獣皇剣を構えて、電極オルグへ突っ込んでいった。

 電極オルグの目が光り、光線を発射した直後に大爆発を起こした。

 シルバーが爆風に吹き飛ばされ、壁に激しく背中を打ち付けた。レッドも衝撃で吹っ

飛ばされ、床をゴロゴロと転がっていく。

 黒鉛の中から、全身に血をまとった電極オルグがゆっくりと現れた。右腕を左手で押

さえている。その隙間から、血のような液体がドクドクとあふれ出ていた。

「やっと傷が付けられたな、レッド・・・。だが、シルバーはもう戦う気もないようだ」

「何・・・」

 レッドがシルバーの方を見ると、床に突っ伏したまま、起きあがろうとしない。

「死んではいない。仲間が死ぬのを何度も目の前で見たんだからな。頭の中が真っ白に

なったんだろう」

「シルバー・・・」

「人の心配をしていていいのか?」

 電極オルグは触手を伸ばしてレッドを縛ると、電極を伸ばして、それを頭につけたの

である。

「何を・・・」

「奴は今、仲間を失う恐ろしさに震えている。だが、殺されるのと殺すのと、どっちが

ショックかな?」

 そう言って、電極オルグは最後の仕上げに取りかかった・・・。