悶絶の銀狼(4)

  大きな賭け

 

「さ、次はこいつだ」

 電極オルグはそう言って、ガオハスラーロッドを手に取った。

「それは!」

 とモニターに向かってシルバーが叫ぶ。

「そう、お前の大事な武器だ。そしてもう一つ、とても面白い仕掛けを用意した」

「ブラック・・・」

 出口はないのか! どうやったらここから出られるんだ!? シルバーは出口を

探して、部屋の中をうろうろし始めた。

「ここからモニターでお前の姿が丸見えだ。ほら、ブラック、よく見るんだ」

 そう言って、ロッドの先でブラックのあごを持ち上げ、右往左往しているシルバー

の姿を見せた。

「仲間を助けたい一心で、部屋の中を動き回る様は見ていて面白いな。そうだろう?」

 電極オルグがそう言うと、ブラックはかすれた声で、何かを口にした。

「よく聞こえないぞ?」

「ブ・・・ルーは・・・?」

 床へしまわれると全ての音が遮断される。どうなっているか知る術がないのだ。

「死んだよ。俺が出した条件をあいつが呑まなかったからな」

 そう言って、電極オルグは指をパチンと鳴らした。するとモニターの画面が真っ

黒になってしまった。

「シルバー、ブラック、よく見てろ」

 もう一回指を鳴らすと、画面がパッと明るくなって、首に縄をかけられ吊されてい

るブルーの死体が映された。

 シルバーはモニターにかじりつくと、

「ブルー・・・」

 と呟いた。ブルーを吊しているロープが揺れて、時折こめかみに開いた穴がチラッ

と見える。顔も、腕も、足も、ボロボロだった。すねのあたりは肉がえぐれているし、

顔は血だらけになっていた。

 俺が・・・俺一人のせいで・・・。シルバーは見ているのが辛くなって、ふいと目

をそらした。

 磔にされているブラックも、モニターに映されている死体を見て、目を疑った。昨

日まで自分の周りを元気に走り回っていたブルーが、今はもう力無く吊されている。

今まで色んな戦いを一緒にくぐり抜けてきた思い出が、ブラックの頭の中を駆け足で

巡る。

 過去に一度死んだことがある。しかし、その時は蘇ることが出来た。だが、今はも

うその奇跡は起きない。

「俺の素晴らしい条件を蹴るなんて信じられるか?」

 電極オルグはそう言って内容を聞かせたが、ブラックの耳には入ってこなかった。

ただ、また仲間を失った苦しみと、絶望、そして、今度は自分が死ぬ番だという恐怖

が入り乱れて、物を考えられない。

「死体をあのまま飾っておくのも気味が悪いから、さっさと処分するかな」

 楽しそうに電極オルグは呟いて、また指を鳴らした。すると、ウィーンと音がして、

ブルーの体がゆっくりと下へ降りていく。

 ブルーの足元には、二つの巨大なローラーが設置されていた。

 シルバーはブルーがどうなるのか悟って、

「やめろ!」

 と叫んだ。しかし電極オルグは何も答えず、モニターをじっと見つめている。

 やがて、ブルーの足がローラーに巻き込まれ、肉と骨が砕ける耳障りな音がスピー

カーから響いてくる。

「ホワイトも同じようにすりつぶしてやったんだが、いや何度聞いてもいい音だな」

「よせ! やめろ!」

「シルバー、少し黙って鑑賞したらどうだ? それにもう死んでるんだぞ。今更止め

たって仕方がないだろう」

「他のみんなもそうするつもりか!?」

「もちろんさ。いつまでもそばに置いときたいもんじゃないからね。もちろん逆らえ

ばお前も同じ運命だ」

「目的は俺だろ? 俺だけなんだろ!?」

「・・・今頃気付いたのか。裏切り者を始末したいだけだよ」

「それなら今すぐみんなを解放してくれ! 殺すなら俺だけで充分だろ!」

「つまらん友達ごっこはそこまでにしろ、胃が痛くなる」

「頼む! やめてくれ!」

 必死でブラックが叫んでいる間に、ブルーの体は半分ローラーに巻き込まれてしまっ

た。半開きの口から血が溢れ出し、血飛沫が飛んでカメラのレンズを汚す。

「お願いだ! もうやめてくれ! 仲間が死ぬのはもう見たくないんだ! 沢山なん

だ!」

「だったら呑んでくれよ」

 ここで叫んでいても、何も動きはしない・・・。でも、例え条件を呑んだとして、

果たして奴がそれをちゃんと守るかどうか・・・。

「・・・少し、少し時間をくれ」

「時間ならたっぷりある」

「考える時間をくれ。それまで仲間には手を出すな」

「それは出来ない相談だな」

 電極オルグが指を鳴らすと、また磔部屋に画面が戻る。

「じゃあゆっくり考えてくれ」

 そう言って、ガオハスラーロッドをスナイパーモードにして、ブラックの額にピタリ

と当てたのである。そして引き金を引いた。

「うごぁッ!」

 撃たれたところから火花が散り、白い煙を噴き上げる。電極オルグはそれを見て笑い

ながら、今度はバイザーに銃口をあてて、引き金を引いた。

「うあああッ!」

 耐えがたい痛みがブラックの体を襲い、体を激しく揺さぶった。電極オルグは同じ場

所に銃口をあてたまま、立て続けに引き金を引く。そのたびに火花を噴き、凄まじい悲

鳴を上げながら体を激しく揺らす。

「はがあぁッ!」

 ヘルメットが大爆発を起こした。ゆっくりと煙が晴れると、ブラックの顔が半分あら

わになっている。目は焦点を結ばず、大きく開いた口から血が溢れ、喉の奥から搾りだ

したような微かな声が、体のダメージを訴えている。

「ぁ・・・かっ・・・」

「さて、これから面白い仕掛けの登場だ。シルバー、面白いぞこれは」

 そう言って、電極オルグが指を鳴らすと、パチンと音がして磔からブラックの頭の上

と、もう一つは股の間から細長い器具が伸びてきたのである。銀色の器具の先端は鋭く

とがっていて、時々パチパチッと放電している。

「何を・・・」

「スーツを無力化する」

 電極オルグがそう言うと、その器具が位置の調整を始めた。ブラックの脳天にその器

具がピタリと当たり、もう一つは尻の割れ目に入り込んだ。

「こいつはある一定の波長で電撃することが出来るんだ。まだ実験したことがないから

間違って死ぬこともあり得るだろうな。ちなみにオルゲットで実験したんだが、十人全

員死んじまったよ」

 そう言って指を鳴らした直後、青白い電流がブラックの体を襲ったのである。

「あああああああッ! ぐあ! あッあぁッ! うがああああああああああああッ!」

 ブラックの体を、青白い光が包み込む。

「さあ、電圧を上げるぞ!」

「ぎゃああッ! ぎひいいぃッ! あああ・・・あああああああああああッ!」

「もっと! もっとだ!」

 更に電圧が上がり、体を激しく揺さぶり始めた。

「いいぞいいぞ・・・。よし、全開だ!」

「ぐああああああッ! うあああッ! があああああああああああああッ!」

 ブラックの胸を見えない矢が貫いたように、胸と背中が爆発して激しく火花を噴き散

らした。頭からつま先まで至るところが爆発していく。

「止めろ!」

 電極オルグが号令をかけると、ピタッと電撃が止んだ。ブラックのスーツの色々なと

ころが破れて、焦げたような素肌が露出している。

「さて、成功かな?」

 触手を伸ばして、試しに太股を叩くと、もうスーツから火花が上がることはなく、パッ

と切れて、傷口から血が溢れ出した。

「成功だ!」

 飛び上がりそうな勢いで喜ぶ電極オルグの姿をシルバーは胸を締め付けられる思いで

見つめている。

「さて、答えを聞かせてもらおうか」

 まだブラックは生きてる・・・。ここにいても助ける方法はない・・・。

「答えは・・・」

 スーツが役に立たなくなった状態でまた触手で攻撃されたら、ブラックは死んでしま

う・・・。

「答えは?」

 あの触手は、昨日しているスーツでも貫いてしまえる威力。今ブラックの胸を突かれ

たら・・・。

「・・・分かった」

「初めからそう言えばいいんだ。よし、ブラックを解放しよう」

「待て! 全員だろ!?」

「気が変わった。磔台から『解放』してやる」

「何!?」

「俺は気分屋でね。条件は完全に履行する。それは信用してもいい。だが万全を期して、

お前らを皆殺しにする」

 電極オルグはブラックの拘束具を壊すと、床に引き倒した。

「立て!」

 腕を掴まれて、ブラックを無理矢理立たせる。

 体が・・・。指を少し動かすだけで、体が壊れそうな痛みが体中を駆けめぐる。視界

はかすみ、電極オルグの姿を捕らえることが出来ない。

「さて、それじゃ俺を倒してもらおうか」

 電極オルグが、今度は獣皇剣を手にした。

 もう無理だ・・・、動けねぇ・・・。立っているだけでも奇跡に近い。ブラック自身

どうやって立っているのか、よく分かっていない。電極尾グルが、ゆっくりと近付いて

くる。そして目の前に迫った時、獣皇剣で、ブラックの腹を斬ったのである。

「あぐぅッ!」

 ズバッと一直線に斬られ、ブラックが床に倒れた。

「早く俺を倒さないと死ぬぞ」

「う・・・あッ・・・」

「ちょっとやりすぎたかな。面白くない。ところでシルバー、貴様一人じゃ寂しいだろ、

こいつを連れて行ってやるから楽しみに待ってろ」

 そう言うと、また画面が暗くなってしまった。

 ブラック・・・。一体、俺はどうすればいいんだ・・・。生きてここから出ることは

出来ないのか・・・。奴がこっちに来た時に攻撃して、隙を見て外へ出るか? いや、

出たとしても、俺自身満足に戦えない・・・。レッド達を助けようにも、床から引っ張

り出さなきゃならないし、悠長なことをしてたらまた掴まるだけだ・・・。

「クソッ!」

 シルバーは寝台を強く叩いた。その時だった。部屋のドアが開いたのである。

「ブラック!?」

 シルバーが振り返ると、出てきたのはブラックではなく、一発のエネルギー弾だった。

それがシルバーの胸に命中して、寝台の後ろへと吹っ飛ばされた。

「くッ・・・」

 寝台を支えにしてシルバーが立ち上がる。暗闇の中から出てきたのは、ガオハスラー

ロッドの銃口だった。そして、それに続いてブラックが現れる。その足元に点々と血を

滴らせながら・・・。

「ブラック!?」

 ロッドはブラックの胸を貫いていた。

「ゴボッ!」

 ブラックが咳き込むと、血の塊が口から吐き出され、床に血溜まりを作った。

「これで寂しくなくなったな。さて、次は誰にするか・・・。楽しみだな、ん?」

 電極オルグはブラックの背中を蹴り飛ばして、踵を返して部屋を出ていった。

 床に倒れたブラックをシルバーが抱き起こす。

「ブラック!? 目を開けろ!」

 瞼が微かに震え、ゆっくりと目を開いた。

「ぁ・・・」

 と、ブラックが微かな声で言う。

「なんだ?」

 と、シルバーが顔を近づけると、ブラックはカッと目を見開いて、

「エッ・・・ガブ・・・」

 と大量の血を吐き、しぶきがシルバーのバイザーやスーツに飛び散った。

「ブラック!」

 くるんと白目を剥き、ブラックの首がかくんと垂れると、役に立たないスーツが消え、

変身が解けた。

「ブラック・・・」

 シルバーがまだ体温の残っているその体を強く抱きしめる。

「敵は絶対にとってやる・・・。許してくれ・・・」

 と、もう聞くことも出来ない耳に呟いた。そして、ふとドアに目を向けると、開いた

ままになっている。

 殺してやる! カッと頭に血が上って、シルバーはドアに向かって走り出した。

 ドアは閉じることなく、開いたままになっている。照明のない薄暗い廊下を、慎重に、

ゆっくりと歩いていく。

 電極オルグは別の部屋で、モニターに映し出されるシルバーをじっくりと見つめてい

たのだった。