悶絶の銀狼(3)

  哀れな戦士

 

 部屋一面真っ白く塗られた部屋の中央に真っ黒い鉄のベッドがおかれ、

シルバーはボロボロのスーツをまとったまま、手と足を拘束されて横た

わっていた。

 もう一時間か、二時間か・・・。どれくらいの時間が過ぎたのか分か

らないが、体中の痛みに耐えながら、必死で逃げ出す策を練っていた。

 仲間達がどこにとらわれているのか分からないが、少なくともこの施

設のどこかにいるはず。シルバーはそう考えて、ゆっくりと部屋を見渡

した。

 壁の境目も、ドアがどこにあるのかも分からない、綺麗で不気味な部

屋である。部屋を照らす明かりも分からない。部屋自体が光を放ってい

るのだろうか。とにかく、広いのか狭いのかも分からない不気味な空間

である。

 手と足を拘束しているのは紫色の不気味なリングで、ベッドに溶接さ

れている。じんわりと冷たい感覚が背中に伝わる。

 とそこへブシューッと空気の抜けるような音がして、ドアが開いた。

「お目覚めかな」

 気取った様子で電極オルグが部屋へ入ってきた。

「仲間をどこへやった!」

「隣の部屋に磔にしてある。みんな意識を取り戻してどうするか悩んで

るようだ」

「これを外せ」

「出来ない相談はするもんじゃない。今までのオルグのように俺は馬鹿

じゃないからな」

 オルグがパチンと指を鳴らすと、床の切り込みがサッと開いて、椅子

がせり上がってきた。電極オルグはそれに腰掛けると、ゆっくりとシル

バーの体を舐め回すように見た。

「我々は壊滅状態だ。ウラも一度蘇ったが、俺を造り出したら消えてし

まった。デュークオルグのツエツエとヤバイバも役立たず・・・。今一

番力を持ってるのは俺だ」

「な、何の話だ」

「その二人を牢獄へ幽閉した。あと一時間もすれば壁から炎が噴き出し

て丸焦げになるだろう。オルグを乗っ取る。そして種の保存を図るため

に、人間との共存を選択しようと思う」

 電極オルグの言葉に、シルバーは耳を疑った。

「そんな話が信じられるか」

「信じる信じないはお前の自由だ。別に強制はしない。人間に家族があ

るように、我々の一族もまた家族のようなものだ。だがタダでとは言わ

ん。ここまで追いつめてくれたお前達へ復讐を果たさねばな」

「何?」

「ある種の保険だよ。人間の抵抗は些細なものだが、お前達と停戦をし

ても、いつ裏切られるか分からない。今後しばらくは破壊を続ける。お

前達を始末して勢力を立て直し、世界中で破壊を行う。そして人間達の

間で厭戦(えんせん)気分が広がりだしたところで停戦を切り出す。そ

うすれば乗ってくるだろう」

「人間をなめるなよ。お前が考えているほど馬鹿じゃないんだ」

「もちろんだとも。だからここで交渉をしようと思う。従うならお前達

を解放しよう」

 電極オルグはそう言って立ち上がると、シルバーの右腕を掴んで、リ

ングをたたき壊したのである。電極オルグの行動にシルバーが戸惑う。

 そして全ての拘束具を壊すと、電極オルグは再び椅子に座った。

「一体何のつもりだ?」

 シルバーは体を起こして、電極オルグにそう聞いた。

「対等な立場で交渉をしようと言うのに、相手を拘束したままとは聞い

たことがない。・・・さて、断っておくが、俺はお前達への恨みを忘れ

たわけじゃない。やろうと思えば今すぐひねり殺せる。お前が首を縦に

振るまで、仲間を一人ずつ殺す。最初はブルーだ」

「脅迫じゃないか!」

「お前が首を縦に振ればいいのだ。お前達に望むのは、ガオレンジャー

をやめること。そして今後我々に干渉しないことだ。それが確約される

ならば我々は地球の片隅に安住の地を作り、人間達との関係改善に努力

し、今までに与えた被害を償う。もちろん破壊はなしだ」

「そんな事を俺に聞いてどうするんだ。世界中の国には指導者がいる。

彼らが集まる場所でそう説明すればいいだろう? なぜ俺に言うんだ」

「何も世界中の人間が知る必要はない。前に出した条件を完全に履行す

るため、お前達の・・・Gフォンだったかな? それを渡してもらいた

い。不利な条件ではないだろう」

「俺一人じゃ決められない」

「呑まないのか? ここまで譲歩しているのに」

「信用できない。影でこっそり隠れて反抗するに決まってる」

「そうか・・・。残念だよ」

 電極オルグが股指を鳴らすと、今度は天井から巨大なモニターが降り

てきた。

「磔部屋を」

 モニターのスイッチが入り、オルゲット達に剣を突きつけられている

四人の姿が映し出された。

「お前の声は常にマイクを通して向こうの部屋に流れるようになってい

る。これから起こることをじっくり見ていろ。お前が条件を呑むと言え

ばそこでやめてやる」

 電極オルグはそう言って部屋から出ていった。シルバーは慌てて後を

追ったのだが、どのドアがあったところを押しても蹴飛ばしてもびくと

もしない。試しに開けと念じてみたが無駄だった。

 シルバーはモニターの前に立って、とらわれている仲間達を見た。レッ

ドが突きつけられた剣を蹴飛ばして、オルゲットに胸を十字に斬られて

悲鳴を上げる。

「みんな・・・」

 部屋から出られなければみんなを助けることは出来ない・・・。確か

に電極オルグの申し出は人間にとって有利なものだ。だが、それを受け

入れたとして反抗できる能力を持っていない。勢力を建て直して一斉攻

撃されたら、恐らく人類・・・いや、全ての命が消える・・・。かといっ

て指をくわえていれば、仲間達が死ぬ・・・。一体どうしたら・・・。

 モニターに、電極オルグがうつった。

「交渉の内容は全部聞いていたと思う。別室でお前達のことを見守って

いるだろう。シルバーが条件を呑み、お前達も承諾すれば解放する。変

身をといてGフォンをおけば、そのまま地上へ帰してやろう。ブルー以

外は地下へ収納しろ」

 電極オルグが命じると、三人の磔台がゆっくりと床に吸い込まれ、蓋

が閉じられた。電極オルグはそれを見届けてから、ゆっくりと光る触手

をブルーの股間に伸ばした。そして、足の付け根のあたりをしつこく撫

で回したあと、股の間にある二つの膨らみを転がし始めた。

「やめろ!」

「シルバーが条件を呑めばやめるよ」

 電極オルグは不敵に笑って、少しだけ硬くなったモノを、スーツの上

から撫で回し始めた。

「やめろ! いやだ・・・やめろ!」

「何とでも言え」

「放せ! 放せったら! 変態!」

「天才は変人が多い」

 電極オルグはピントのずれたことを言って、もう一本の触手を伸ばし

た。それをブルーのバイザーに近づけ、

「見ろ、これがホワイトを貫いた触手だ。やめて欲しけりゃこれで頭を

貫いてやる。そうすれば何も感じなくなるだろう・・・」

「シルバー! やめさせてくれ!」

「やめる時は条件を呑んだ時だ。それ以外は何を言ってもやめないさ」

「電極オルグ、対等に交渉すると言ったのならすぐにブルーから離れろ。

俺をここから出せ。みんなを自由にするんだ」

 と、シルバーの声がスピーカーを通して部屋に流れる。電極オルグは

鼻で笑って、

「馬鹿馬鹿しい。いいか、対等に交渉すると入ったがそれはお前だけだ。

この四人は交渉のコマに過ぎない。それを忘れるな」

「やめろ! やめてくれ!」

 ブルーはスーツにモノの形がくっきりと分かるほど、前を膨らませて

いる。

「気持ちいいことは誰でも好きだ。お前だってそうだろう?」

「うるさい! 離れろ! 触るな!」

「ああ・・・そうか、恥ずかしいんだな」

「当たり前だ! 分かったんならさっさとやめろ!」

「じゃあ元に戻してやる」

 電極オルグはモノから触手を放すと、鞭のようにしならせてブルーの

股間を思い切り引っぱたいた。

「があッ!」

 パッと火花が散って、耐え難い激痛にブルーが体をよじらせる。頭の

中で色々な光がちらついて、下腹のあたりが気持ち悪くなる。

「前より硬くなったのかな?」

 電極オルグは、更に触手で股間を叩いた。

「ひぎゃぁあッ!」

 更に触手を増やし、ブルーが息つく暇もなく、五本の触手が股間に襲

いかかる。

「う、あ、あぐッ! ぐあッ、うぐッ、く、ぅ、ぐあああぁッ!」

 だだっ広い部屋に、ブルーの悲鳴が響き渡る。触手が与える痛みでモ

ノは萎縮するどころが、逆に硬さを増してしまった。

 電極オルグは触手を引っ込めると、部屋の隅にあるカメラを見て、

「そろそろ条件を呑んだ方がいい。じゃないとここから先は惨劇しか拝

めなくなる。だがもし、お前が条件を呑みやすくすることを望むのなら、

そうしてやってもいい」

 電極オルグは痛みに震えるブルーに歩み寄り、シルバーの時と同じよ

うに拘束具を叩き壊した。

 磔台からブルーが床に落ち、両手で股ぐらを押さえて床を転げ回る。

「シルバー、お前のいる部屋のドアは俺の意志でしか開かない。俺が常

にコントロールしているからだ。お前が条件を呑まずにうじうじしてい

る間、もしこの四人の誰かが俺を倒せばドアが開く。そうなったらお前

の自由だ。俺も、デュークオルグもいなくなる。あとに残るのはオルゲッ

トだけ。センキもとっくの昔にいなくなったからな。ひねり潰すのは簡

単だろう」

 そう言うと、再び触手を伸ばしてブルーの足首に絡めると、空中へ逆

さ吊りにした。そして何度も激しく床にたたきつけ始めたのである。

 床にぶつかった体のあちこちから火花を吹き、煙が立ち上る。磔台に

打ち付け、天井に打ち付け、床に打ち付け、柱に投げつけた。

 触手をほどくと、ブルーが立ち上がり、雄叫びを上げて電極オルグに

向かってくる。

 だが、仲間同士で傷つけあい、そして体中にダメージを負った状態で

まともに戦えるはずもなかった。触手が真っ直ぐみぞおちに伸びて、ブ

ルーの腹に食い込む。

「はぐッ!」

 ブルーは体をくの字に折り曲げ、床に両膝をつき、腹を抱えてうずく

まってしまった。

「ブルー!」

 スピーカーから、シルバーの声が響く。

「いいか、お前が条件を呑めば助かるんだ」

 電極オルグはブルーの頭を鷲づかみにすると壁に押し付けた。そして、

顔を強く握り指に力を籠める。

「ああああぁあああぁぁあああッ!」

 ビキビキと音がして、バイザーにヒビが入り、マスクのあちこちに亀

裂が走る。一度手を放して拳を握り、鼻っ面にパンチを食らわせると、

何かが砕ける音と共に、マスクが砕け散り、ブルーの素顔があらわになっ

た。

 電極オルグはブルーをカメラの前に引きずると、その下にある戸棚の

引き出しを開けて、拳銃を取りだした。そして触手でブルーの体を縛り

上げる。

「見えるか? これは人間から取り上げた拳銃だ」

 そう言って、ブルーのこめかみに突きつける。

「電極オルグ、やめろ!」

「シルバー・・・。分かってないようだからもう一度言う。お前が条件

を呑めばそれで済む。何も戸惑うことはない。お前だって死にたくない

だろう? ブルー」

「黙れ・・・」

「俺を倒そうって? 体を縛り上げられて銃を突きつけられてる。俺が

引き金を引いたらお前はそれでお終いなんだ。よく強がりが言えるな」

「俺が死んでも仲間がいるんだ。そいつらがお前を必ず倒す」

「期待してるよ」

「ブルーを放せ! 仲間をみんな解放してくれたらもう一度話を聞く!」

「信用できないな」

「約束は守る」

「正義の味方こそ、この世で一番の偽善者だよ」

 そう言って、電極オルグは引き金を引いた。パンと乾いた音がしてブ

ルーが倒れる。こめかみに開いた穴からくじらが潮を噴くように真っ赤

な血が噴き出し、ブルーのスーツを血で染め上げる。ビクビクと体を震

わせ、やがて動きが止まると、変身が解けた。

「ブルー・・・」

「お前がぐずぐずしてるから死んだ。お前が殺したのと同じだよ」

「違う! 俺は・・・俺は・・・」

「決断は、的確にやらなくちゃな。何か間違いが起こってからじゃ困る

だろう? お前が渋って、俺に引き金を引かせた」

「卑怯だぞ!」

「そうやって自分の過ちを棚に上げるのは良くない。貴様らの価値観で

決めた善で、俺達の仲間は殺されたんだ。そのことを後悔するんだな」

「電極オルグ・・・貴様だけは絶対に許さない!」

「憎みたきゃ憎め。別に何とも思ってないよ。・・・そもそも善と悪は

どうやって決める? 結局は人間のエゴ、自分の中の価値観でしかない

のだ」

 シルバーは黙ったまま、モニターを見つめていた。

「次はブラックだ。それまでじっくり反省してもらおうか。お前一人の

おかげで、これから仲間が死ぬことになるぞ」

 映像が消えると、シルバーはペタンと腰を下ろして、頭を抱えたので

ある。