悶絶の銀狼(2)

  断ち切られた絆

 

 電極オルグは、眠らされてしまったシルバーを脇にかかえたまま、至る所に姿を

現しては人々に滅茶苦茶な洗脳を仕掛けて、追跡するガオレンジャーを苦しめてい

た。

 デパートに出たかと思えばパトカーの屋根の上に出たり、五人が右往左往する様

を面白がっている。

 もちろん遊んでいるわけではない。これもちゃんとした作戦の一つなのだ。

 ウラが用意した「特別ステージ」へと、五人を誘導するための・・・。

 各地を飛び回りながら、徐々に出現する範囲を絞っていき、ガオレンジャー達は

それにつられて山奥へと誘導されていく。

 五人がたどり着いたところは、山を切り崩した採石場だった。

「どこへ行ったんだ!?」

 レッドはそう言って辺りを見回したが、採石場は休みのようで、誰もいない。見

渡す限り巨大な岩や砂利があたりを埋め尽くし、えぐられた山の斜面がどこまでも

続いている。

「またどこかへ行ったのか?」

「でも、今まではあちこちに出現してたのに、だんだん範囲が狭くなって一点に集

中するようになったって事は、何か考えがあるんじゃ・・・」

 と、イエローが言う。

「でもどっちにしても厄介なのには変わりないぜ。シルバーを人質に取られたんじ

ゃうかつに攻撃できない」

「ブルーの言うとおりだな。下手に攻撃してシルバーに当たったりしたらまずいぞ」

「それに・・・」

 レッドは四人の方へ振り返った。

「あいつは今までのとはまったく違う」

「その通りだ!」

「誰だ!?」

 五人は声のした方へ体を向けた。ヤバイバが岩の影から、ゆっくりと姿を現した

のである。

「奴の誘導にまんまと引っかかってくれてこっちは大助かりだ」

「何!?」

「やれ!」

 ヤバイバが叫ぶと、ホワイトのすぐ後ろからあの光る触手が突然現れ、真っ直ぐ

に飛び出したその触手が、ホワイトの背中に突き刺さり、腹へと貫通したのである。

ホワイトの悲鳴が採石場にこだまする。

「ホワイト!」

 鋭い痛みが脳へと突き抜け、ホワイトの足がガクガクと震えだした。ゆっくりと

顔をしたに向けると、腹から突き出た赤黒く光る触手がうねうねと動いている。

「あ・・・あぁ・・・」

 ホワイトがかすれた声で、助けを求めようと四人に向けて手を伸ばす。するとま

た触手が現れホワイトの後頭部を突き刺したのだ。触手がホワイトのバイザーを突

き破って、まるで穴が開いた水道管のように鮮血が噴き出した。手がだらりと落ち、

触手が引き抜かれると、ホワイトの変身が溶け、地面にぐらりと倒れ込んだ。あま

りのむごさに、四人が顔を背ける。

 そして、高笑いと共に電極オルグが姿を現したのである。そのままズカズカと歩

いていき、ホワイトの死体を崖に向かって蹴り落とすと、再び触手を繰り出して四

人を縛り上げたのである。

 強力な電撃を食らわされて、四人の絶叫がこだまする。電極オルグは触手を引っ

張り四人を自分のところへ引き寄せると、彼らの頭に電極をつけた。

「いいぞ電極オルグ! お前は最高だ!」

「こんなもん朝飯前だ」

「後は任せたぞ。俺は会場の設営を手伝ってくるからな」

 そう言って、ヤバイバが姿を消した。

「さて、どんな風に洗脳してやろうか・・・」

 電極オルグが笑うと、レッドが身をよじりながら、

「よくもホワイトを!」

 と叫んだ。

「お前だけは絶対に許さない!」

「地獄へ叩き落としてやる!」

「それはお前達の方だ。強がりはこの洗脳を逃れてから言うんだな」

 そう言うと、電極オルグの目がカッと光った。そして四人が苦しそうにもがき始

める。電極を通して、オルグの洗脳が始まったのである。

「あなたは今、何もない空間にいます。どこまでも真っ黒な空間です」

「み、みんな! 聞くんじゃない!」

「果てしなく黒磯の空間に、あなたは独りぼっちで立っています。呼んでも誰も答

えない、あなたしかいない世界です・・・」

「クソッ・・・だめだ・・・」

 先に意識を手放したのは、ブルーだった。

 ブルーは何もない空間に一人ポツンと立って、辺りを見回している。上を見ても

下を見ても、どこを見ても真っ黒な空間である。

「ここは一体・・・」

「ここはあなたの世界です。そしてこれからこの世界で起こる事が現実となります」

「現実・・・」

「振り返りなさい。そこには誰がいますか?」

 『声』の言うとおりブルーが振り返ると、そこにはホワイトが立っていた。

「ホワイト!? 無事だったのか!?」

「さて、ホワイトの後ろにももう一人います。それは誰ですか? 答えなさい」

 ホワイトの後ろから、ガオハスラーロッドを携えたシルバーが姿を見せた。

「シルバー・・・」

「彼のすることをよく見ていなさい」

 『声』がそう言うと、突然シルバーがガオハスラーロッドをサーベルにして、ホ

ワイトに斬りかかったのである。何度も何度もしつこくサーベルを振り下ろし、ホ

ワイトをズタズタにしていく。そしてサーベルをホワイトの腹に突き刺したのだ。

「これは・・・」

「さあ、シルバーをよく見ていなさい」

 シルバーの体が光に包まれ、ブルーがまぶしさに手をかざす。その光の中から出

てきたのは、狼鬼だったのである。

「シルバーは再び悪の心を取り戻してしまったのです。激しく燃えさかる復讐の思

いを胸に抱き、あなたの仲間を襲いました。これが現実なのです」

「違う! ホワイトは電極オルグに・・・」

「電極オルグとは誰の事ですか? そんなものは存在しません。見なさい。仲間達

の姿を・・・」

 レッドとイエローとブラックが、狼鬼の技の前に次々と倒れていく。

「それでもあなたの仲間は必死に立ち向かっている。あなたの役目は仲間達をサポー

トし、そして狼鬼を倒す事です」

「違う! シルバーはそんな奴じゃない!」

 違う! 絶対に違う! ブルーの記憶が別の物に入れ替えられていく。それはま

るで頭の中に見えない手が入り込み、完成した積み木を崩して別の物を作り上げよ

うとしているような、気持ちの悪い感触だった。

「違う・・・違う・・・」

 光る触手がシルバーのサーベルにすり替わり、ホワイトの腹から突き出す。

「違う!」

 腹からサーベルが引き抜かれ、助けを求めて手を伸ばすホワイトの頭にそれが突

き刺さる。

「違う・・・これは・・・これは違う・・・」

 何もない空間から何十本ものガオハスラーロッドが現れて、ホワイトの体に突き

立てられる。そして最後の一本がホワイトの喉を貫き、グシュッと気味の悪い音を

立てた直後、ブルーは目を覚ました。

 

「ここは・・・」

 ブルーが三人と共にシルバーを探している頃、シルバーもまた電極オルグの洗脳

を受けていた。

 あの光線のせいですっかり記憶の組み替えに抵抗感をなくしていた。

 ブルーがいたのと同じ空間に、シルバーが立っている。

「残念な事になりました・・・。あれを見てください」

 『声』が示す先には二人のガオレッドがお互いを傷つけあっていたのだ。ガオメ

インバスターで互いの胸を撃ち合い、ライオンファングで殴り合っている。

「何だ!?」

「偽のガオレッドが、本物のガオレッドと戦っています。ブルーもイエローもブラッ

クもホワイトも偽物が本物と戦っているのです。もちろんあなたもそうでした。し

かしあなたはすでに自分の偽者を倒し、ホワイトを倒した偽ホワイトも、かろうじ

て倒す事が出来ました」

「何だって!?」

 シルバーがゴクリと唾を飲み込む。目の前で戦いを繰り広げている片方のレッド

が床に倒れ、そしてもう一方のレッドががら空きの胸にライオンファングを叩きつ

けた。骨の砕ける音が生々しく聞こえ、片方のレッドが息絶えたのは、遠目に見て

いるシルバーにも分かる事だった。

「なんて事だ・・・」

「このようにして、あなたの仲間達は次々と倒されてしまいました。今残っている

のはあなたただ一人なのです。彼らはあなたを見つけると、すぐに襲ってくるかも

知れません。また、仲間を装って近付いてくるかも知れません。油断は禁物です」

「油断は・・・禁物」

「そう。地球を守るために命を散らした彼らのためにも、今あなたが立ち上がらな

ければならないのです。あなたの使命は、彼ら偽者を倒す事。どんな手を使っても

構いません・・・」

 シルバーが目を覚まし、ゆっくりと体を起こした。さっきの声は聞こえてこない

し、周りには誰もいない。

「みんなが死んだ・・・」

 シルバーにとってそれは受け入れがたい『事実』だった。今まで何度も苦戦しな

がら勝利を手にしてきた仲間達が、偽者の手にかかって死んでいったというのだ。

信じたくないのも無理はない。それも、自分たちが駆使してきた必殺技で倒されて

いる。まったく酷い話なのだ。

 もちろんそれが捏造された事実だとは知る由もない。シルバーは胸の中で、偽者

への怒りと恨みが、沸々とわき上がってくるのを感じた。

「いたぞ!」

 背後でレッドが叫んだ。

「シルバー、嘘なんだろ!?」

 ブラックが言う。

「お前の心は簡単に負けたりしないはずだろ?」

 イエローが言うと、レッドとブルーもシルバーに言葉を投げかける。

 なんだこいつら・・・。大切な仲間を殺したくせに!

 シルバーは震える手を握りしめ、ガオハスラーロッドに手をかけた。

「スナイパーモード!」

 ロッドを銃にしてレッド達にビームを撃ち込んだ。

「ぐはッ!」

 四人が火花を噴き上げながら吹っ飛んで、地面に落ちる。

「やっぱり・・・負けちまったのか・・・」

「シルバー! 目を覚ますんだ!」

「黙れ!」

 シルバーは更にビームを撃ち込む。

「俺の大事な仲間を殺してくれたな!」

「何を言ってるんだ! シルバーだって・・・ホワイトを・・・」

 レッドが体を起こしてそう言うと、

「偽者だから倒したまでだ! お前達こそ正体を現せ!」

「シルバー・・・」

 とレッドが言いかけた時、シルバーはまた引き金に指をかけた。ビームがレッ

ドの胸に命中して、

「あがあッ!」

 と体をのけぞらせる。

「話しても分からないなら、お前を倒す!」

 ブルーが立ち上がってシルバーに向かって駈けだした。獣皇剣を構えてジャン

プする。

 ブルーが空高く跳び上がり、獣皇剣を振り下ろす。だがシルバーはガオハスラー

ロッドでそれを受け止めはじき飛ばすと、ブルーを滅多斬りにして地面にたたき

落としたのである。

「うッあッ・・・がッ・・・はぁ・・・」

 胸を押さえてもがくブルーをシルバーが踏みつけ、ロッドの先をのど元に突き

つけた。

「動くな! 卑怯な手を使いやがって。俺を倒したいなら一人ずつ来い! まず

はお前だブルー!」

 シルバーはロッドをしまって、ブルーのクビを掴んで無理矢理立たせると、胸

や腹にパンチを何発も食らわせる。

「ぐはッ! うああッ!」

 シルバーの回し蹴りをもろに食らったブルーが地面を転げ回る。

「クソ! シャークカッター!」

 ブルーがシルバーの懐に素早く潜り込み、シャークカッターで斬りつけ、シル

バーの胸から火花が散った。

 

 シルバーがひるんだ隙をついてシャークカッターで更に斬りつけたあと、シル

バーの顔を殴り、脇腹を蹴り上げ、顔をがっしりと掴むと膝蹴りを何発も見舞う。

「うがッ!」

 ふらふらになったシルバーの顔を渾身の力で殴りつけると、シルバーはうつ伏

せに倒れた。

 ブルーは身構えたままシルバーの様子を見ていたが、時折体をビクつかせるだ

けで立ち上がる気配はない。ゆっくりと獣皇剣を拾い、シルバーの背中へにじり

寄る。

「とどめだ!」

 獣皇剣を握りしめ背中へ突き立てようとした時、突然シルバーが寝返りを打っ

て、ガオハスラーロッドでブルーを銃撃したのである。無防備に晒された胸や腹

に何発もビームを食らい、

「ぐがあああああああッ!」

 とブルーが醜い悲鳴を上げて吹っ飛ぶ。

「立て!」

「う・・・ぐッ」

 ブルーがよろよろと立ち上がると、シルバーが攻撃を仕掛けてきた。攻撃をか

わしながら隙を見つけようとするのだが、シルバーに無駄な動きはない。下手に

罠をかけられやしないかと勘ぐって、なかなか反撃に出られないのだ。

「シャークカッター!」

 ブルーがまたシャークカッターを出した時、シルバーがブルーの腕を強く握り

しめたのである。

「甘い!」

 シルバーはブルーのシャークカッターの片方を取り上げて、ブルーに襲いかかっ

た。

 何度もシャークカッターで腹を殴られ、気が遠くなる。そこへまた一撃がくわ

えられて、凄まじい痛みと吐き気に襲われ、意識を引きずり戻されるのだ。

 シャークカッターがブルーの腹にめり込むたびに火花が散り、

「ぐほぉッ! はがぁッ! がはあぁああぁッ!」

 と悲鳴を上げる。

 そして最後の一撃がくわえられた時、スーツが限界に来たのか火花が体中から

噴き出して、人間の叫び声と言うより泣け物の叫び声に近いような、喩えようの

ない壮絶な悲鳴を上げて、ブルーはシルバーの足元に崩れ落ちた。

 体のあちこちから白煙を噴き、体を小刻みに震わせている。

 シルバーは無言でガオハスラーロッドを構えると、ブルーの胸に向かって引き

金を引いた。ビームが当たり火花が散る。そしてブルーはそれっきり、指一本動

かさなくなってしまったのである。

「次は誰だ!?」

「俺達だ!」

 イエローとブラックが一気に走り出した。一人ずつなんて事はもう頭の中には

ない。

 二人の戦いをみていたが、ここまで無惨にやられて黙っていられなくなったの

だろう。

 だが、今のシルバーにとって、彼らは憎むべき敵でしかない。自分の持てる能

力の全てを使って二人に立ち向かう。

「食らえ! バイソンアックス!」

 ブラックが斧を振りかざしてシルバーに向かっていく。ガオハスラーロッドを

はじき飛ばされ、今度はシルバーが滅多斬りにされる番だった。

「うああッ!」

 斧を縦に振り下ろされ、シルバーが悲鳴を上げる。その脇からイエローがイー

グルソードでシルバーの脇腹を斬りつけた。

「ぐはッ!」

「フェザーカッター!」

 イエローがフェザーカッターをシルバーに投げつけるが、当たる寸前でかわさ

れてしまう。だが避けた先にブラックが先回りして、シルバーを蹴飛ばしバイソ

ンアックスを振り下ろす。

「ぐおぁッ!」

 仰向けに倒れたシルバーが体を起こすと、目の前でブラックとイエローが身構

える。

「行くぞ!」

 二人は雄叫びを上げて駆け出した。

 ブラックが振り上げたバイソンアックスをシルバーは体で受け止め、全身にほ

とばしる痛みを堪えてブラックの腕を掴んだ。

「フェザーカッター!」

 イエローがフェザーカッターを投げつけると、シルバーはブラックの腕をねじ

上げ盾代わりにしたのである。フェザーカッターがブラックの胸に突き刺さり、

「うああああッ!」

 と叫ぶ。

「ブラック!」

「・・・ぐはッ」

 シルバーはブラックの首を締め上げ膝をつかせると、バイソンアックスを取り

上げ、ブラックの腰を何度も殴りつけたのである。

「がはああッ」

 シルバーが手を放すと、ブラックが倒れる。そしてシルバーはブラックの頭を

踏みつけ、バイソンアックスをイエローめがけて投げつけた。

 クルクル回転しながら一直線に投げられたバイソンアックスがイエローの胸に

突き刺さり、激しい爆発を起こしてイエローが倒れる。

 シルバーは肩で息をしながら、ズキズキと痛む脇腹を押さえて、膝をついた。

 まだだ・・・。まだ終わってない・・・。

 シルバーは痛みを堪えてゆっくりと立ち上がった。三人との戦いの傷が、今に

なって激しく響き始め、一歩一歩足を踏み出すたびに全身が軋み、関節が激しく

痛む。

 視界が時々かすみ、足がふらつく。それでもシルバーは歩む事をやめない。

 こいつさえ倒せば・・・。

「来い・・・」

「望むところだ! ファルコンサモナー!」

 レッドの武器からビームが発射される。それを避けようとシルバーが跳び上がっ

たのだが、少しタイミングが遅かった。シルバーの足首をビームがかすり、体勢

を崩したシルバーは地面に落ちてしまったのである。

「うあッ・・・」

 シルバーが足を押さえると、どうやらブーツが焼き切れてしまったようで、指

の間から真っ赤な血が滴り落ちる。

「行くぞ!」

 レッドはファルコンサモナーで、怪我をした足首にビームを撃ったのである。

「ぐはあッ!」

 ズキンと走る痛みに、シルバーは目を見開いた。焼けただれるような、ジリジ

リとした痛み。スーツで防御されているからだとは違って、ここだけはどうして

も弱い部分なのだ。

 それはレッドも分かっていて、走りながら執拗に足首へとビームを撃ち込む。

「あああああッ!」

 何発もビームを撃ち込まれ、シルバーはかばう事も出来ず地面をゴロゴロと転

げ回る。

「アローモード!」

 ファルコンサモナーを変形させて、今度はシルバーに光の矢を放った。何本も

の光の矢がシルバーの脇腹に突き刺さり、スーツが激しく爆発する。

「うがああああああ! がふぉッ!」

 脇腹だけでなく、腕や頭にまで矢を撃ち込まれ、シルバーがのたうち回る。

 体中から発せられる痛みが脳を締め上げ、息をする事もままならない。

 レッドの攻撃が止んだ時、シルバーは視界の隅にガオハスラーロッドを捉えた。

 シルバーが体を引きずりながら、ジリジリとロッドへ手を伸ばす。

 あと少しで手が届くと言う時、シルバーの頭をレッドが踏みつけた。

「もうやめろシルバー。昔の心を取り戻してくれ。もう・・・これ以上戦いたく

ない」

「な・・・に・・・?」

「邪気を体から追い出したシルバーが、また狼鬼に心を売り渡したなんて、俺に

は信じられないんだ」

「レッド・・・お前まさか・・・」

 その時だ。シルバーが悲鳴を上げたのである。

「シルバー!?」

 驚いたレッドが足をどけると、シルバーは頭を抱えて転げ回り始めたのである。

 電極オルグが仕掛けた『保険』が働いたのだ。洗脳される前の記憶を呼び起こ

そうとすると、洗脳する時に一緒に流し込まれた一種のウィルスのような物が脳

を刺激するのである。

 レッドも頭にチクチクとした痛みを覚えたかと思うと、ファルコンサモナーを

取り落として頭を抱え、唸り声を上げ始めたのである。

 二人の頭の中で、本当の記憶とねつ造された記憶がせめぎ合い、頭がはじけ飛

びそうなほどの痛みに襲われる。

 シルバーが立ち上がり、頭を押さえながら、一歩ずつ一歩ずつレッドへと歩み

寄る。

 何かがおかしい・・・。何かが・・・。

 自分の体が言う事を聞かず、立ち止まろうとしても足が勝手に動いてしまう。

頭を押さえていた右手が震えながら拳を作り、頭を振り乱しているレッドを殴っ

たのである。

 倒れ込むようにレッドの上に折り重なると、シルバーはレッドの獣皇剣を抜き、

レッドの肩を斬ったのである。

「うあッ」

「と、止まれ・・・やめろ!」

 必死で腕を止めようとするのだが、もはやコントロールはきかなくなっていた。

レッドに馬乗りになったまま激しく斬り、獣皇剣を捨てると、顔を何度も何度も

殴り始めた。

「がふッ! ぐあッ!」

 レッドも必死で自分の体を押さえ込もうとするのだが、やはり言う事を聞かず、

シルバーの腹を殴って立ち上がると、ふらふらよろけながら獣皇剣を拾い上げ、

シルバーを斬った。

「レッド・・・」

「シルバー・・・」

 二人の頭の中でねつ造された記憶が砕け、本来の記憶が蘇り始めた。それにつ

れて頭の痛みは激しさを増し、物が考えられなくなってくる。

 シルバーが獣皇剣を払い落とし、レッドの腹へ拳を繰り出した。

「ぐッ!」

 レッドが腹を抱えて後ずさると、今度はシルバーの顔を蹴り上げた。

「うあッ!」

 シルバーがレッドのファルコンサモナーを拾い、苦しみもがくレッドに照準を

つける。レッドはガオハスラーロッドをとり、シルバーにそれを向けた。

 光の矢とビームが同時に発射され、お互いの胸に命中する。

 だが、何も起きない。

 レッドもシルバーも武器を互いに向けたまま立っている。風が吹いて砂埃を巻

き上げながら、二人の間を駆け抜ける。

 レッドの胸からビシャンと言う音と共に火花が飛んだ。

「・・・がはッ」

 手が震え、ガオハスラーロッドが地面に落ちる。そしてレッドの体が火花と煙

に包まれた。

「うわああああああああああああああああああああああああああッ!」

 胸や腹から火花を噴き、背中からも一列に並べた爆竹がはじけるように火花が

飛ぶ。

「ぐああああああッ! ぐはッうがッ! うッぐあッ・・・あああああああッ!」

 膝も爆発を起こし体を折り曲げる。息が出来ず喉を掻きむしりながらレッドが

膝をつく。

 身じろぎもせず立っていたシルバーも、

「ゴブォッ・・・」

 と、ヘルメットの中に大量の血を吐いた。ヘルメットのわずかな隙間から血が

滴り、銀のスーツに赤い筋を描く。

 シルバーの手が、再びファルコンサモナーにかかる。ジリジリと弓を引き、レッ

ドの頭に狙いを定めた。

 誰か止めてくれ! シルバーは心の中で絶叫し、自分の仲間に手をかけた事へ

の罪悪感から、涙があふれ出て止まらなくなった。

 シルバーではない誰かが矢を放つ。光の矢は迷うことなくレッドの頭に命中し

た。

「ごぶはぁああぁッ!」

 レッドも血を吐き、ゆっくりと地面に倒れた。

 シルバーが雄叫びを上げて膝をつき、地面を力一杯殴りつける。

「許してくれ!」

 涙でかすむ目を、周りに向ける。一個のシャークカッターを握ったままのブルー

と、砂で薄汚れたブラック、バイソンアックスが突き刺さったまま仰向けで倒れ

ているイエローと、どうする事も出来ずとどめを刺してしまったレッド。全ての

記憶を取り戻した今のシルバーにとって、それはあまりに惨い『現実』だったの

である。

 そこへ、電極オルグが姿を現した。光学迷彩を使って姿を隠したまま、一部始

終を観察していたのである。

「記憶を完全に消し去る方法を勉強しておけば良かったな・・・」

 電極オルグはそう言って触手を伸ばすと、レッドの首にそれを巻き付けて持ち

上げた。そしてレッドを振り回して崖から露出している岩にぶつけ、地面に叩き

つけ、空中へと放り投げた。

「ストレス発散にはもってこいだな!」

 そう言いながら目から光線弾を発射して、気を失っているレッドはそれをまと

もに食らい、地面へと叩きつけられた。レッドの体がボールみたいにバウンドし

て、地面を転がっていく。

「貴様!」

「何だ? 俺を倒そうってのか? 今のお前に何が出来る。まんまと騙されて仲

間を信じる事も出来なくなって、挙げ句の果てに苦しんでるレッドを助けてやる

でもなくとどめまで刺しやがった。オルグより残忍だよお前は」

「全部お前が仕掛けた事だろう!」

「俺のせいにするなよ。洗脳をはじけなかったお前が悪いんだぞ」

 それを言われると、シルバーは何も言い返す事が出来ない。不意をつかれたの

は仕方がなかったとしても、結果的には仲間を倒してしまった事に変わりはない

のだ。

「俺と一戦交えるか? 俺の一声で五百人のオルゲットを呼べる。そいつらを相

手にまともに戦えるか? もっと楽な方法があるぞ」

 電極オルグは笑いながら、目から光線弾を発射した。何百発の光線弾がシルバー

に命中して大爆発を起こし、壮絶な悲鳴と共にシルバーは吹き飛ばされ、空中を

木の葉のように舞いながら、地面へと落ちたのである。

「う・・・あ・・・あ・・・」

 電極オルグはシルバーに近付いて、

「どうだ、いい気分だろう?」

 と言いながら、近くにあった巨大な岩を触手で持ち上げた。そしてそれをシル

バーの上に持ってくる。

「こいつをどうして欲しい?」

「・・・めて・・・」

「何だって?」

「やめてくれ・・・」

「そうか、落として欲しいのか!」

 電極オルグは岩を放り投げると、触手でそれを細かく切り裂いた。いくつもの

岩の塊がシルバーに降り注ぐ。

 シルバーの悲鳴は岩が落ちる音にかき消され、姿さえも舞い上がる砂埃に隠さ

れる。

 地鳴りのような音が収まり、砂埃が晴れると、シルバーの姿はそこになかった。

切り刻まれた岩の下敷きになってしまったのだ。

 電極オルグが指を鳴らすと、控えていたオルゲット達が集まってくる。

「よし、こいつらを会場まで運べ」

 オルゲット達はガオレンジャー達を引きずったり担ぎ上げたりして、トラック

へと運んでいく。

 瓦礫の下から引きずり出されたシルバーはバイザーにヒビが入り、太陽の光が

当たると顔中を血で汚して苦悶の表情を浮かべているのがよく分かる。微かに胸

が上下し提起をしている事は分かるが、生身の人間だったらとっくの昔に死んで

いただろう。

 まるで死体のようにピクリとも動かない五人をトラックの荷台に放り投げると、

けたたましいエンジン音を響かせながら、トラックは走り去っていった。

 敵の罠にはまり味方同士で傷つけあい、無惨な敗北を味わった五人は、これか

ら行われる拷問の事など知る由もなかったのである。

 

 会場へと運ばれた五人は、シルバーだけ別室へ連れて行かれ、レッドとブルー

とイエローとブラックが、真っ黒な磔台につるし上げられる。

 手首や足首に紫色のリングをはめ込まれ、武器は全部奪われてしまった。

 あの戦いで、誰一人として五百人のオルゲットと電極オルグ、そしてヤバイバ

にツエツエの相手など出来る者はいない。

 レッドの指がピクンと動いて、

「うぅ・・・」

 と苦しそうに呻く。

「気がついたか」

 三人もそれぞれ呻き声を上げて気を取り戻し始めた。

「いいかお前達に言っておく。我々の要求を拒み抵抗すればこの場で殺す。我々

の要求に従い大人しくしていれば命だけは助けてやる」

 電極オルグは静かにそう告げ、渦巻くどす黒い欲望に胸を高鳴らせ始めていた。