洗脳(4)

 

「愚か者め!」

モンスター教授の怒りに満ちた声が響いた。

 

「スパイダーマンに計画を妨害されたばかりでなく、

 せっかく捕らえた機会をも逸し、洗脳にも失敗するとは!」

「申し訳ありません。

 スパイダーマンの怒りや憎しみといった負の感情は、

 すべて鉄十字団に向けられているため、通常の洗脳は通じなかったのです」

コンピューターの作動を示すライトが点滅する鉄十字団の基地の司令室、

モニターに、赤と青のコスチュームに身を包んだヒーローが活躍する様子が映っていた。

 

「しかし、負の感情が効かないのなら、他のものを利用すればよいのです!

 ヒーローといえども、所詮は人間の男なのです」

モンスター教授を見上げるアマゾネスの瞳が黒く妖しげに輝いている。

「スパイダーマンを倒す策があるのだな?」

「はっ、お任せ下さい!

 既にマシンベム洗脳獣の改造は終わり、罠を仕掛けました。

 今度こそスパイダーマンを洗脳してご覧に入れます」

 

* * *

 

自室のベッドに仰向けに横たわった山城拓也は、

天井を見つめたまま今日の闘いを思い出していた。

(鉄十字団め、恐ろしい奴らだ。

 怒りや憎しみといったネガティブな感情を刺激し、人々を犯罪衝動に駆り立てている。

 俺の怒りは全て鉄十字団に向いていたために洗脳は通じなかったが、

 これ以上一般市民に犠牲者を出すわけにはいかない。

 早くあのマシンベムを倒さないと大変なことになる・・・)

 

ノックの音と共に、妹の新子がコーヒーを手に部屋に入ってきた。

しばらく他愛のない会話を交わした拓也だったが、

なにげない新子の言葉に愕然とした。

「ひとみさん、一人で大丈夫かしら?

 自己啓発セミナーの潜入取材だって言っていたけど・・・」

「なんだって!?」

恋人である佐久間ひとみが、雑誌『週間ウーマン』の取材で、

鉄十字団の洗脳セミナーへと向かってしまったというのだ。

(しまった・・ 早くひとみを助けなければ!)

 

「どうしたの、お兄ちゃん?」

慌ただしく部屋を出た兄をいぶかしがる妹を残し、

拓也はスパイダーマンに変身し、ひとみの救出へと向かった。

 

* * *

 

佐久間ひとみの取材先は、鉄十字団の新たなアジトだった。

そこは、郊外の広い敷地に立つ例の団体の施設で、緑の中の近代的な建物だった。

一見、普通そうに見える景色だったが、スパイダーマンを警戒し、

あちこちにライフルを携えたニンダーが見張りに立っていた。

 

着実にニンダーを倒しながら進むスパイダーマンは、

スパイダー感覚が命じるまま、建物の地下へと向かった。

 

建物の奥、換気スペースの中を進むスパイダーマンが通風口から覗くと、

大きく殺風景な部屋の隅に佐久間ひとみが磔にされている。

ひとみは磔にされて半ば意識を失ってグッタリと頭を垂らしていた。

極度の緊張と恐怖から一時的なショック状態に陥り、気を失っているようだった。

スパイダーマンが通風口を破って飛び降りると、天井の蛍光灯が順々に灯っていく。

(罠かっ!)

神経を張りつめて身構えるスパイダーマン。

両方の脚を大きく開いて姿勢を低く立ち、

片手を下へ向け、もう一方の手を水平に突き出して、

どこから現れるとも知れない敵に備えるのだった。

 

「やはり現れたわね、スパイダーマン!

 飛んで火にいる夏の虫とはお前のことだ」

背景から湧き上がる様にニンダーとアマゾネスが姿を現した。

磔にされたひとみの喉元に剣を突きつけている。

「助けて、スパイダーマン!!」

意識を取り戻した人質が悲鳴を上げた。

 

「人質を解放しろ!」

恋人である佐久間ひとみを人質に取られ、戦うことが出来ないスパイダーマン。

だが、ニンダー達が襲ってくる気配はなかった。

 

「お前が大人しく捕まるのなら、解放してやろう!」

アマゾネスの合図で、マシンベム洗脳獣がスパイダーマンの前へと立ちはだかった。

そして、みるみる姿形を変えて椅子へと変形した。

無骨な鋼鉄の骨組みにのたうつ電線が絡み付き、

あちらこちらにネジ、鋲、電極が付き出したその様子は醜怪であり、

高く伸びた椅子の背には電極の付いたヘッドギアが取り付けられており、

処刑用の電気椅子という様相を呈していた。

 

「スパイダーマン、人質の命を助けたければその椅子に座りなさいっ!!」

アマゾネスが冷たく命令した。

目の前の、マシンベムが変形した電気椅子を無言で睨むスパイダーマン。

悪夢の世界から抜け出してきたかのようなその電気椅子は、

スパイダーマンが自ら腰掛けるのを手ぐすねを引きながら待ちわびていた。

(これに座れば、みすみす奴らに捕まってしまう・・・)

逡巡しながら両手を固く握りしめるスパイダーマン。

 

「どうした? 正義のヒーロー、スパイダーマンが人質を見殺しにするのかしら?」

更にアマゾネスが追い打ちをかけた。

(くっそぉ・・・ ひとみを助けるためには従わなくては・・)

命じられるまま、スパイダーマンは

マシンベムが変形した椅子へと無言でゆっくりと腰を下ろした。

深く座り両腕を肘掛けに載せると、

薄いコスチュームを通して座面から冷たい金属の感覚が伝わってくる。

 

赤と青のコスチュームに身を包んだヒーローが、

無抵抗で黒鉄色の醜怪な椅子に身を預ける姿を見て、笑みを浮かべるアマゾネス。

「フフフフッ それでいいわ、スパイダーマン」

マシンベムの顔にあたるモニターに向かって目配せした。

 

ガチンッ

大きな音と共に、スパイダーマンの両手両足は

椅子からせり出した金属製の枷で二重に固定されてしまった。

四肢に力を込め戒具を破ろうとするが、コスチューム越しに筋肉が盛り上がるだけで

ガッチリと固定された手足を動かすことは出来なった。

(ダメだ・・ 全く動かせない・・・)

両手両足を見やるが、黒く光る枷で完全に拘束されており、

スパイダーブレスレットまでもが覆われて機能を封じられていた。

 

そんなスパイダーマンを更に追い詰めるかのように、

椅子の背から金属のバンドが現れて、腰と喉にも拘束具を嵌められてしまった。

(くそっ・・・ 逃れられない・・・・)

四肢を2重の枷で固定され、首と腰までもを拘束されたのだ。

スパイダーマンは、全身を6カ所で拘束され、身体の自由を完全に奪われてしまった。

(まずは人質を助けなくては・・・)

「俺は約束を守った。人質を解放しろ!」

「バカめ、我々が約束を守ると思ったのか?」

「なんだと? 卑怯だぞ!」

自らを犠牲にしたスパイダーマンだったが、アマゾネスは邪悪に微笑むばかりだった。

「フフフフフッ 安心するがいい。

 人質は殺しはしないわ。

 この女は、正義のヒーロー、スパイダーマンが洗脳され、

 鉄十字団の奴隷となる様を見届ける証人となるのだ。

 洗脳獣、やれ!」

 

「く、くぅっ・・・」

(アマゾネスめ!! このまま思い通りになどなるものか!)

拘束を破ろうと全身の筋肉に力をこめるものの、

6カ所で肉体を固定された今のスパイダーマンには、

頭を揺り動かすことしかできなかった。

「ハッハッハ いくらあがいても無駄よ!

 このマシンベムはスパイダーマン用に特別に強化した金属で改造したのだ」

スパイダーマンは、人質を取られて自ら囚われ、完全に敵の罠に嵌ってしまった。

(なんだとっ! くそぉ・・・)

 

椅子の背からヘッドセットがゆっくりと降り、ヒーローの頭に被せられた。

ヘッドセットの内側からは、ギリギリと音を立ててネジが伸び、

スパイダーマンの頭部を強力に固定した。

「洗脳など無駄なことだ。俺にお前達の洗脳は通じない!」

全身の自由を完全に奪われ、頭すら動かすことの出来ないスパイダーマンだったが、

果敢に言い放った。

 

「フフフッ 今度のはこの前とはひと味違うわよ。

 洗脳開始!

 パルス照射、メモリースキャン開始」

アマゾネスの言葉に反応し、マシンベムが微弱な電流を発生させた。

電気椅子から付き出した電極が微かに振動しながら発光し、

生み出された電流が、ケーブルを伝ってヘッドギアへと流れ込み、

ヒーローの頭部を刺激しながら覆っていく。

 

脳へ流れ込む弱い電気信号は前回と同様だったが、

その刺激を受けるスパイダーマンは、前回とは異なる微かな違いを感じ取っていた。

「はぁ、はぁ、はぁ、はっ はあ、はあぁっ」

規則正しかった呼吸がやがて途切れ途切れになり、鼓動が高まっていく。

ジンジンと痺れる渦を巻く様な感覚が、ゆっくりと頭部を包み込んだ。

 

頭に嵌められた電極だけではなく、

両手両足、喉と腰を固定する拘束具からも電気刺激が広がった。

その刺激は痛みではなく、全身が揉みしだかれるような柔らかな刺激だった。

(ど、どうしたんだ・・・ こ、これは・一体・・・)

スパイダーマンは、自らの肉体に起こりつつある異変に気付いた。

敵に全身を拘束され四肢の自由を完全に奪われた状況であるにもかかわらず、

不随意に股間が熱く大きくなっていく。

しかも、それを自らの意志で抑えることが出来ないのだった。