洗脳(3)

 

鉄十字団のアジトを急襲したスパイダーマンは、人々の救助には成功したが、

マシンベム洗脳獣の反撃によって逆に捕らえられ、洗脳されようとしていた。

 

赤と青のコスチュームに包まれた逞しい肉体には

黒いケーブルが絡み付いて四肢の自由を奪われ、

赤いマスクの頭部には暗い銀色のヘッドギアを嵌められてしまった。

(くそ・・・ このままでは洗脳されてしまう!)

脱出しようと必死でもがくものの、

電撃攻撃で未だに四肢の制御もままならないスパイダーマンは

どうすることも出来なかった。

 

捕らえたスパイダーマンの姿を見て微笑むアマゾネスがマシンベムに指令を出した。

「洗脳開始!!

 パルス照射、メモリースキャン終了次第、

 ネガティブスティミュレーションを開始するのよ!」

「洗脳攻撃を食らえ!!!

 キィイャアァァァアアッ」

マシンベムは、唸り声を上げながら洗脳装置としての活動を開始した。

ブーンという低い起動音が、洗脳獣の体から響いている。

 

マシンベム洗脳獣の体から突き出た電極が帯電してライトが点滅し、

洗脳プロセスが開始された。

(俺は、洗脳されるわけにはいかない!)

自由にならない四肢で必死にもがくスパイダーマン。

しかし、全身を拘束するケーブルからの弱い電流が肉体へと流れ込み、

苦痛を感じない程度に刺激され、やがて倦怠感に飲み込まれた。

(か、体が・・お・重い・・・)

抵抗を続けていたスパイダーマンだったが、気怠い感覚に包まれ、

次第に身体を動かすことを止め、グッタリと倒れてしまった。

 

洗脳獣の頭部から付き出した電極が僅かに発光し、

生み出された微弱な電気信号がヘッドセットを伝わってヒーローの脳へと送り込まれ、

これまでの記憶の断片を呼び起こしていく。

「ぅぅ・あ・・ぁぁあ・あぁ・・ぁぁ・・・」

全身を僅かに震わせるスパイダーマンの口から呻き声が漏れた。

洗脳獣は、パルスを照射することでヘッドギアから記憶の奥深くを読みとり、

その記憶の中から強いネガティブな感情のものだけを選別し、

強調して脳内に再生させているのだ。

鉄十字団の洗脳は、記憶の彼方に埋もれた負の感情を強制的に再現し、

増幅することで理性の力を弱め、反社会的な犯罪へと走らせるのだった。

 

洗脳プロセスの記憶走査を進めるマシンベムの顔についたモニターには、

スパイダーマンの意識の奥底に埋まっていた

マイナスの感情の記憶が断片的に再生されている。

 

電気パルスの渦の中で、スパイダーマンの意識は漆黒の空間を彷徨い、

過去の辛い出来事が次々に浮かんでは消えていく。

マシンベムに無惨に殺された罪もない人々、

スパイダーマンの腕の中で息絶えた鉄十字団に改造された親友、

拓也に全てを託して志半ばで逝ったガリア、

マシンベムに残虐に殺された父の姿、

・・・・

目の前で繰り返される光景を目の当たりにし、

助けようとするもののどうすることも出来ず、

ただもどかしさの中に立ち尽くすスパイダーマンだった。

記憶の奥底からやり場のない怒りが込み上げ、理性は怒りと憎しみに飲み込まれた。

鉄十字団の洗脳によって、ヒーローの心は激情と憤怒のみが支配していた。

 

* * *

 

スパイダーマンが目を開くと、

マシンベムの洗脳ヘッドパーツが外され、

全身に巻き付いたケーブルから解かれつつあった。

 

艶やかな黒いハイヒールと黒くピッタリとしたレオタードに身を包んだアマゾネスが、

腕を腰に当て、床に倒れた赤と青のコスチュームを着たヒーローを見下ろしている。

満足そうな笑みを浮かべながら口を開いた。

「フフフッ 洗脳完了ね。

 さあスパイダーマン、立ち上がりなさい」

 

力を失っていたスパイダーマンの手が、

アマゾネスの言葉に反応するようにピクリと動いた。

蜘蛛の巣の模様が描かれた赤い指が、ゆっくりとものを掴むように曲げられ、

腕橈骨筋をはじめ前腕にある各筋肉が隆起しながら盛り上がっていく。

前腕部から広がった動きは上腕部を経て上肢から上半身全体へと広がり、

やがて、全身の筋肉が力を取り戻した。

ゆっくりとした動きで両手を床に付き、スパイダーマンは立ち上がった。

 

マシンベムとアマゾネスの目の前に立つスパイダーマンは、

敵の前であるにもかかわらず、直立不動の姿勢をとっていた。

大きく隆起する大胸筋、均等に割れた腹直筋、太く逞しく伸びた大腿四頭筋、

力強く盛り上がった三角筋、弓形を描く上腕二頭筋などが、

クモのマークの付いた薄いコスチュームに包まれて浮かび上がっていた。

アマゾネスは、スパイダーマンの鎧のような筋肉をした肉体を

頭の先からつま先まで舐め回すように見つめて、

満足そうな笑みを浮かべて口を開いた。

「お前は今日から、なんでも私の言うとおりに動くのよ、スパイダーマン!

 まずはマーベラーでインターポール日本支部を破壊するだ」

 

アマゾネスの命令に従い、

左腕を曲げてスパイダーブレスレットに手を掛けるスパイダーマン。

銀色に輝くブレスレットを開き、マーベラーを呼ぶためにマスクの下で口を開いた。

その時、怒りによる邪悪な思考が支配していたスパイダーマンの中に、

父親の死、ガリアの最期が鮮烈な記憶となって蘇った。

マシンベムの洗脳によって植え付けられた邪悪さは消え去り、

一筋の清涼な光と共に、鉄十字団に対する怒りのみが燃え上がった。

 

「スパイダーストリングス!」

差し出した左手をそのまま前方へ向けると、叫ぶスパイダーマン。

ブレスレットから、純白の蜘蛛の糸で編まれたロープが射出され、

アマゾネスとマシンベムの体に巻き付いた。

「おのれ、スパイダーマン。

 マシンベムの洗脳が通じなかったというの?」

 

「無駄だったようだな、アマゾネス!

 俺の怒りは、全てお前達鉄十字団に向けられている。

 こんな洗脳は通じないっ!!」

飛びかかっていくスパイダーマン。

マシンベムの力でロープを破ったアマゾネスは、怯んで数歩後退った。

洗脳獣が、その巨体を楯のようにアマゾネス前に立ちふさがるが、

飛びかかったスパイダーマンは、マシンベムの頭部の電極を掴んで引き折った。

「グオゥオゥゥ・オォォ・・・」

バチバチと火花を散らす頭部を両手で押さえながら苦しそうに呻くマシンベム。

アマゾネスはスパイダーマンのパワーに驚き目を見張った。

「退け! 退くのよ!」

そう言いながら手に持った球を床へ投げつけるアマゾネス。

爆発し煙が上がり、室内には白煙が充満した。

煙が晴れた時、そこに鉄十字団の姿はなかった。