セイバーレンジャー

第5話 【標的・ブラック】


「おい ケンタ ちょっと来い!」
プールから上がったケンタはわざとゆっくりセイジに近づいた。
「全然気合いが入ってないじゃないか! いいかげんにしろよっ」
バシッ
びんたの音が響いた。
ケンタは手で顔を押さえる。セイジが続けて何か言っているがケンタの耳には入らない
。目でプールの中のシュンスケを探すケンタ。そのシュンスケはゆったり泳いでいた。
水面にでた目がケンタと合った。合ったが・・・・何のリアクションもなく泳ぎ続けて
いく。
「おい 聞いてんのかよ」セイジが声を荒げた。ケンタはその場から駆けだした。


競パンを脱いで水気をふいていると,ドアがあいた。
「あ,アキラさん・・・・」
「どうしたんだよ。全然ケンタらしくないじゃないか」
「・・・・」
「とにかく セイジにあやまったほうがいいな。
 いま,セイジがいらついているの,わかってるだろ。
 まだしばらくあいつは出撃できないんだ。その分,おれたちががんばらなきゃ・・・
」「それはわかってます。でも ボクは・・・・」
「おいケンタ。どうしちゃったんだよ。おまえ・・・」
部屋を飛び出していくケンタは涙ぐんでいた。


日の光が弱まり,街では新年 そして新世紀を祝うイルミネーションが輝き始めていた
。雑踏の中,跨線橋の上から,それをぼーっと眺めている ケンタ。
つんつんと肩をつつかれ,振り向くとかわいい女子高生。
「どしたの? こんなとこでたそがれちゃって」
「あ,カナちゃん・・・・」
「ケンタ君でもこういうとこでふらふらしてることあるんだね。
 いっつもトレーニングばっかしかと思ってた」
「そりゃ ボクだってたまには・・・」
「ね,これからつきあってよ。寮にはまだ帰らなくていいんでしょ?」

カナになかば強引につれて行かれたのは,ターミナル駅の真近にある,温泉プールを
メインにした巨大アミューズメントセンター。
「ま,またプールかよ・・・」


プールサイドに腰掛けてばちゃばちゃやってると,カナが大きな声で呼んだ。外は真冬
でもこの中なら冷たいグァバジュースがおいしい。
「さっきから みんなの視線 ケンタ君 独占だよ」
「そ,そうかな」
「あの泳ぎはさあ,誰だって見とれちゃうよ。全然違うもん。で,プールから出たら,
 その身体でしょ。すぐに女の子たちが話題にしてたよ。男の人だって見てたし。
 わたしも学校では見たことなかったから,びっくりしたよ。腹筋ばっちりだし,こん
な に胸が厚かったなんてね〜 男の子の身体って顔だけじゃわかんないものだね。
 ちょっとさわってもいい?」
「や,やめろって」
「ふふ かわいいもんだ」
・・・・とカナがまじめな顔になった。
「ケンタ君えらいよね」
「え?」
「ケンタ君の家の人もメーアの最初の大侵略の時にみんな死んじゃったんでしょ?
 でも変わらず水泳続けてる。
 あたしなんか あの時からなんかおかしくなっちゃったよ」
「おかしい・・・って?」
「夢中になれるものがなくなっちゃった。部活も勉強も恋も遊びも」
「・・・・・・」
「あ,来た来た。 こっちこっち」
ケンタはカナが呼んでいる方を見た。どきりとした。

20代後半くらいの2人の若者だった。
背格好はどちらも180センチをかなり越える長身。ほどよく焼けた肌がつややかに
光っている。大きく広がった肩に盛り上がった胸,しまったウエスト,見る前から
美しいスイミングフォームが想像できる見事な水泳体型だ。
派手なデザインの競パンがこの2人には全然おかしくない。
ケンタは思わず,シュンスケ先輩を思い出していた。

2人の体型は双子のようによく似ていたが,細いフレームの眼鏡をかけている方が,
いくらか色白でほっそりしているのに対し,もう一人は骨太でややごつごつした感じが
した。
しかし,切れ長の理知的な目はどちらにも共通のものだった。
場内のざわめきがやんでいた。
すべての視線がこの2人に集中していた。

2人は ケンタとカナのテーブルにすわった。ため息を誰かがついたような気がした。
「こんにちは」 よく響く優しい声だった。
ケンタは緊張で「ども・・・」としか言えない。
彼らを間近にすると,自分の身体がほんとうに子供っぽく見えてしかたがない。

「ケンタ君,順一郎兄さんと,光二郎兄さん。
 兄さん,この人が会いたがってた ケンタ君よ」
2人は白い歯を見せて にこやかに笑った。やや長めの黒髪が揺れた。

そのあとは,ケンタには夢のようなできごとが続いた。
2人が次々に取り上げる話題は実に楽しく,ケンタは久しぶりに笑い転げたり,思わず
聞き入ってしまった。
2人はカナの両親が死んだときには,オーストラリアに留学していた。
やや筋肉質のほうの順一郎は海洋資源の研究を,メガネの光二郎は海洋生物の研究を
していたのだった。
ふと話題がとぎれると,兄弟は顔を見交わして,うなずき 言った。
「ケンタ君,今日は君に挑戦したいんだけどな」

ケンタの自信はもろくも崩れてしまった。順一郎・光二郎兄弟に50メートルのフリー
で簡単に負けてしまったのだ。最初は信じられなかったが,泳ぎ終わった後の2人の何
でもない
といった姿を見ると,当然のような気がしてきた。
その後は 2人による泳法教室が始まった。優しい言葉をかけられながら,腕ののばし
やキックのタイミングを教わっていくたびに,自分と水の一体感が増していくような気
がした。
泳ぎのスピードが目に見えて速くなったのも感動的だったが,尊敬の念すらいだき始め
ていた
この兄弟にじかに手や足や身体を触れられながら,コーチされていることが
たまらなく嬉しかった。

プールから出ようとしたとき,光二郎が言った。
「ケンタ君のそのグリーンの競パン いいね。よく似合ってるよ」
「え,そ,そうですか。ありがとうございます」
順一郎がきく。
「あまり,見ない色だね。どこの?」
「あ・・・ 学校の特注なんで・・・・ど,どこのだっけ」
「ふふ そっか 特注か」

カナが自宅に泊まっていかないかと誘った。兄たちも「ぜひ」と言った。
ケンタは一も二もなく同意した。寮に電話する。
「あ・・・・コバヤシです・・・ 今夜は外泊します。えっと,場所は・・・」
カナがメモを書いて見せた
「○○区 ○○1の3の28・・・ 倉澤さんていう・・・ はい。じゃあ」



その夜の 重要警戒海岸エリアのパトロールは アキラ だった。
海岸道路を切れ目なく車の明かりが続いている。
日本近海のあちこちで異常高温が続いてた。メーアとの関連が疑われたが,本当のとこ
ろは
不明だった。そんな海岸のひとつを,トレーニングを終えたアキラが警戒していた。
真冬の夜とはいえ,海からの異常になま暖かい風で,アキラは競パン姿だった。
黒地に白のラインが走っている競パンがアキラのお気に入りだ。
身長は170をやや上回るぐらいだが,肩幅はセイバーレンジャーの誰よりも広い。
そのがっしりした重戦車のような身体に,黒はじつによくマッチしていた。

と,大地が激しく揺れた。
ついで,海が不気味なオレンジ色に輝いた。周囲が異様な色に染まる。
輝く海を背景にして,黒いシルエットが浮かび上がった。メーアの怪人だ!
一瞬くらんだアキラの目に,怪人の身体がてらてらと光るのが見えた。

と,怪人から いくつもの何かが飛び出した。すべてがアキラに向かってくる。
「はっ!!」
跳び,回転し,走り ときにバク転してかわすアキラ。

「ふんっ  てぃっ  はっ  とおっ」

アキラの足元の1センチ先,ついた手の一瞬あとの浜が土けむりをあげてえぐられてい
く。
「なっ なんだ これは。レーザーじゃない,爆弾でもない・・・
 それに,このままでは変身するタイミングが・・・」

不気味な声が聞こえてきた。
「ふはははははははは おまえの敏捷性でいつまでもつかな。それっ」

「ぬっ  はうっ  てやっ・・・・・・うぐっ!!!」

アキラの脇腹からつぅ と流れ出す血。苦痛にゆがむアキラの顔。動きが止まった。
「そこで止まると おまえの命はないぞ!!」

アキラは次の攻撃をとっさにかわしたつもりだったが一瞬遅れた。

「ぐわあああああ」
たくましいアキラのふととももにさらに深い傷が! 肉が食いちぎられたような激痛が
襲う。

「ぬぬっ・・・・く,くそっ  ああっ  はぁっ・・・・」

「と,とにかく離れなくては・・・・」
痛みに耐えながら 最大限の跳躍をおこない,競パンの微細な装備をさぐる。

強烈な光線が競パンから怪人に発射された。
攻撃がやんだ。アキラは叫ぶ。

「セイバーぁぁぁぁぁぁああああ ブラァック!!」

瞬時にアキラの身体を黒いセイバースーツがつつむ。
さらにその上に光沢をもったビキニ型のプロテクターが彼の腰部を覆う。
セイバーメットが装着され,すべての回路がつながったあかしとして,
プロテクターに白いラインが輝いた。
夜空をバックに浮かび上がるブラックセイバーのシルエット!
強靱だが限界まで薄くできているスーツは,アキラの頑丈な身体を,その大きな筋肉を
,ひとかたまりづつ正確に浮きあがらせていた。

すぐに再開される怪人の攻撃。なにかが怪人から発射されている。
その「何か」をかわしながら,ゴーグルの高速移動物体視認装置を
そのスピードに同調させていく。
「あっ!」
ゴーグルの画面が映し出したその「何か」とは,おぞましい「ウミ蛇」の頭部だった。

ウミ蛇は,怪人の両手の指先から計14匹生えていた。
これが,次々に目にも止まらぬ速さで牙をむいて襲いかかってきていたのだった。

正体がわかれば戦術はおのずから決まる。
ブラックは攻撃をかわしながら,タイミングを計って,ウミ蛇の頭に手刀を叩きつけた
。「ぎゃっ」
怪人本体にもダメージがあるようだ。
頭部をつぶされたウミ蛇の胴は浜に落ちて動かなくなった。
なかなかスキを見せないが,1匹 1匹 ウミ蛇が倒されていく。
また,樹木や 建築物にウミ蛇がからまるように巧みにブラックが逃げるため,
さしもの伸縮自在のウミ蛇たちの動きが次第に鈍ってきた。
そこにブラックの破壊力抜群のキックがとどめを刺していった。

「どうだ! おまえの蛇どもは 残らず倒したぞ」
「おのれ ブラックセイバー・・・・!」
「あとはキサマだけだ。いくぞっ!」
ジャンプするブラック。
身体を高速で回転させ 両足が怪人の胴にめり込んだ。
アキラの破壊力抜群の重キックだ。
耳障りな叫び声をあげてのけぞるウミ蛇怪人。
「とどめだっ!」 
もう一度 ジャンプする。いまダメージを与えた胴に狙いを定めて・・・・・

と,アキラは思いもかけないものを見た。
怪人の胴が大きく横に裂けた。
その裂け目から 百本近い紐・・・・いやウミ蛇が,爆発的に吹き出したのだ!

「うわあああああああああああああ!!!!!!!!!!」



今回の後半部は Blue Dragon さんに 原案をいただきました。 thank you!!