策略(2)


バットマンを説得し、一人で夜のパトロールに出かけたロビンは、

倉庫に押し入ったハーレイ・クインを首尾良く捕らえる事に成功した。

 

「何するのよ、もうっ! いいところで邪魔するなんて!」

悪態をつくハーレイを引きずるように屋外へと連れ出しながら、

ベルトの通信機でバットマンに連絡する。

「バットマン、港の倉庫でハーレイ・クインを捕まえた。

 警察に引き渡してから基地に戻る」

「了解した。

 ハーレイ・クインの後ろにジョーカー有りだ。

 どんな武器を隠し持ってるか分からない。油断するなよ」

「わかったよ。バットマン」

(ちぇっ

 まったく、バットマンときたら、いつまでも俺のこと半人前扱いなんだ。

 俺だってもう18だ。いちいち言われなくても注意ぐらいしてるって。

 でもおかしいな。

 ハーレイ・クインもジョーカーもアーカムに収容されてるはずなのに・・・)

 

倉庫の煉瓦の壁を背にしてハーレイを立たせると、

壁に押しつけながら隠し持った武器を確認するため、

隙を見せないように慎重に両手でハーレイ体を探っていくロビン。

ロビンがハーレイの大腿部に手をかけたその時だった。

「きゃっ! エッチ!

 レディーに向かって何するのよ!」

ハーレイがロビンを睨みつけながら罵倒した。

 

「あっ ご、ごめん」

思ってもみなかった女性らしいハーレイの反応に、

顔を赤らめながら一瞬怯んでしまうロビン。

それをハーレイは見逃さなかった。

ニヤリと笑うと、怯んだ隙をついてロビンの股間に向かって膝蹴りを放った。

「くぅっ・・・」

メタリックレッドのコスチュームの股間の膨らみを打ちつけられ、

突き上げる痛みに腰を折り、前屈みになってしまうロビン。

キリキリと痛む股間を両手で押さえ、ただ急所からの激しい苦痛を堪えるしかなかった。

(痛ってぇ・・・ 女一人だと思って油断した・・ 畜生っ!)

ロビンの心中を見透かしたように、ハーレイが嘲笑する。

「女だと思って甘くみるから痛い目に遭うのよ、坊や!」

そう言いながら、どこに隠していたのか、ナイフでケーブルを切るハーレイ・クイン。

ケーブルがスルスルとハーレイの足下に落ちていく。

 

「今夜はコウモリ男と一緒じゃないのね?

 僕ちゃん一人で大丈夫かしら〜?」

ロビンが最も気にしていることをグリグリと抉るハーレイ。

(くそっ、ハーレイめ、なめんなよ!)

「お前なんか、俺一人で十分だ!」

「あら、おあいにく様。私だけじゃないのよ。残念ね〜」

いつの間にか、ハーレイの両隣には暗い色のスーツを着た屈強な男が二人立っていた。

二人とも、ハーレイ同様、ピエロをモチーフにした白と黒のマスクを付けている。

 

一瞬、反射的に後退りそうになるが、すぐに思い直した。

(手下が二人なら俺一人で大丈夫だ。

 バットマンを見返してやるんだ!)

股間にはまだズキズキとした疼痛が残っていたが、両手を握りしめて正面に構え、

ファイティングポーズをとるロビン。

 

「坊主、バットマンがいないのに、一人でどこまでできるかな?」

ポキポキと指を鳴らしながら近付いてくる二人の手下達。

二人は、おもむろにロビンに向けて左右前方からパンチを繰り出した。

殴りかかってくる敵の攻撃を身体を低くしてかわし、

その姿勢のまま左右の相手の腹へパンチとローキックを見舞うロビン。

パンチを喰らい腹を押さえながら蹲る相手へのキックでアスファルトに倒し、

ローキックで地面に倒れた相手へはすかさずパンチでとどめを刺す。

肩を上下させ、はぁはぁと呼吸を整えるロビン。

(二人は片づけた。あとはハーレイひとりだ!)

 

ロビンの鮮やかな活躍に、大袈裟な仕草で戯けてみせるハーレイ・クイン。

「あらやだ、二人ともやられちゃったわ。

 坊や一人に、まったく頼りないったらないわね。

 じゃあ、もっと大勢呼んじゃおっかな〜?」

無邪気にそう言いながら左手を口へとやるハーレイ。

ピイィーーーーーーーー!!!

指笛の合図と共に、倉庫の陰から何人もの黒いスーツ姿の男達が現れ、

ぐるりとロビンを取り囲んだ。

(1・2・3・・・・・ こんなに沢山・・・ どうしよう?)

10数人に対して、たった一人で対決しなくてはならないロビンだった。

 

「こんなに大勢じゃ、坊や一人じゃあ無理かな?

 いいのよ〜、無理しなくても。

 お姉さんも弱い者イジメは嫌いだから、逃がしてあげる。

 さっ、お逃げなさい。

 そうだ! お家に帰ってパパを呼んで来るといいわ!」

ハーレイが嘲笑うようにロビンを挑発する。

(やってやろうじゃねぇか!

 これしきのことで、バットマンに応援なんか頼むもんかっ)

敵にまで一人前扱いされなかったことで、

ついカッとなってしまったロビンには、冷静な判断は出来なかった。

 

「雑魚が何人いようが、俺一人で十分だ!」

そう言い放つと、怒りにまかせて敵の群れに飛び込んでいくロビン。

次々に襲い来る敵を、サーカスのアクロバットで鍛えた軽々とした身のこなしで

かわしながら、跳び蹴りや拳でハーレイの手下を倒していく。

 

だが、最初の4人は簡単に倒したものの、いかんせん多勢に無勢だった。

地面に横たわる倒したはずの敵に足を掴まれ、

バランスを崩して前のめりに倒れてしまう。

起きあがろうとするものの、周りじゅうから踏みつけられ、

足蹴にされて立ち上がることが出来ない。

高い防護性能をもつカーボンケブラー繊維で裏打ちされたマントを翻しながら、

周りを取り囲む大勢にボコボコにされながらも、ただ耐えるしかないロビンだった。

 

取り囲む手下達の足の間を転がるように這い出て、

防戦一方だったロビンがやっと立ち上がったところで、

背後から近付いた手下によって、動けないように羽交い締めにされてしまう。

「だから言ったじゃない。坊や一人じゃ無理だって!」

少し離れた場所で腕組みをしながらハーレイが意地悪く嘲笑う。

「畜生、放せっ!」

手足をばたつかせ、全身を揺り動かして振り解こうとするロビン。

 

ハーレイの手下達も口々にロビンに対して屈辱的な言葉を投げかける。

「はははっ 坊主、一人で俺たちに立ち向かうその根性だけは認めてやるよ。

 けどな、10年早えぇんだよ!」

「蝙蝠野郎がいねぇとなんにも出来ねぇんだなっ」

「一人で来たことを後悔させてやるぜ」

そう言いながら、抵抗の術を奪われたロビンに対して、腹筋や顔にパンチが炸裂する。

頬に決まった右フックからの衝撃が、左頬から波打つように広がって顔全体を歪ませ、

腹筋に入ったパンチによって、鍛えられ綺麗に割れた腹直筋の溝を強調するかのように

腹部を凹ませた。

「うぐっ・・・」

全身を戦慄かせ、苦痛のため呼吸すら思うようにならない。

頬にまともに拳を食らったロビンの口の端からは、一筋の真っ赤な血が伝い落ちていた。

「はぁっ・・ はぁっ・・・ さ、最後に勝つのは、正義だ!」

苦痛に呻きながらもアイマスクの下から敵を睨みつけるロビンの目は、

正義の情熱に燃えていた。

後ろで羽交い締めにしている敵に体重を掛けて上体を預けると、

両足で目の前の悪漢二人を同時に蹴り上げる。

動揺した敵の隙をついてすかさず両肩を振りほどくと、体勢を立て直すロビン。

唇から血を拭うと、固く握りしめた拳で更に二人を倒す事に成功した。

だが、抵抗もそこまでだった。

背後へと忍び寄ったハーレイの手下の固く組んだ両手で後頭部を殴られ、

地面に崩れたところで両手を背に組み伏せられてしまった。

 

無理矢理に引き立てられ、両手を背中に捻り上げられる。

「うあぁああぁっっ!!!」

ロビンの悲鳴を聞いて、顔をほころばせるハーレイ。

「ごめんなさいね。痛かった〜?」

ハーレイは、端正な顔を苦痛に歪ませるロビンの両方の頬を

愛撫するように手を這わせる。

 

「お、お前らなんか・・・」

(バットマンがすぐに叩きのめすさ)

思わず弱音を吐きそうになって口をつぐむロビン。

「僕ちゃん、もうちょっと痛いのを我慢してね!」

無防備なロビンの上体に、ハーレイの容赦のないパンチが浴びせられた。

「うぐっ はぁぁっ」

ハーレイのパンチが決まる度に苦痛に呻くロビン。

パンチ一発一発からの痛みが、苦痛を伴った痺れとなってやがて全身へと広がり、

意識が遠くなっていく。

 

ガックリと頭を垂れるロビンの顎を掴み持ち上げると、

気を失う寸前のロビンの顔を、ハーレイは覗き込んだ。

「あ〜ら、可哀想に! やっぱり負けちゃったわね〜。

 でもね、がんばったからご褒美に良いことを教えてあげる。

 どうして坊やが負けちゃったか。

 それはね、僕ちゃんはロビンくんで、バットマンじゃないからよ!」

ハーレイの抉るような棘のある言葉がロビンのプライドまでズタズタに切り裂いた。

薄れていく意識の中、身も心も傷ついたロビンはただ黙って受け入れるしかなかった。

そして、目の前が真っ暗になった。