ロビン(14)

 

夜明け前である。

降りしきる雨の中、首から下をゴミ袋に入れられ、

頭を残飯の入ったポリバケツに突っ込まれたまま、ロビンは眠りについていた。

周囲には警備の戦闘員が2人いるだけだ。

その2人もロビンの見張りをしているのではなく、少し離れた塹壕の中から、

ゴキ中隊の本来の目的であるゴッサム渓谷の警備をしているのである。

しかし、その様子を林の中からうかがっている者がいた。

クモ男中尉とゴリラ人間少尉だ。

2人はロビンを逃がすつもりでゴッサム山を登ってきたのである。

 

「それにしても、ゴキ中尉も酷い事をしますなぁ。

 ロビンなど、まだ子供だというのに」

ゴリラ人間少尉がロビンの姿を見てため息を漏らした。

「だろ。昨日は宴会をしたりして、騒いでいたようだが、

 所詮、部下の人気取りの為のパフォーマンスだ。

 酒の肴にされたロビンも哀れなモンだよ。

 相当いたぶられたんだろうな。

 ゴキは弱い者イジメには頭の回る奴だから」

クモ男中尉は、ゴリラ人間少尉がゴキ中尉を批判した事に気を良くしてか

いつになく口数が多い。

「いいか、俺が見張りの戦闘員を倒すから、お前はロビンを逃がしてしまえ。

 確実に逃がす為には、もう少し明るくなってからの方が良い。

 30分後に作戦決行だ。

 ロビンを取り逃がしたとあっては、ゴキの面目も丸つぶれだ。

 その時のあいつの顔が目に浮かぶわ」

 

ゴキ中尉はベッドの中で目を覚ました。

研ぎ澄まされた聴力で、クモ男中尉の陰謀を耳にしたのである。

“あのゴマスリ男め!”

ゴキ中尉はウィスキーを手に外に出た。

塹壕に進み、中の戦闘員に声をかける。

「よぉ。見張り、ご苦労。

 宴会の後で、雨の中の見張りは大変だろう。

 もうすぐ交代の時間だし、俺が代わってやる。

 少し早いが、これでも飲んで休んでくれ」

「はっ。いえ、中尉殿」

「ははは。堅い事を言うな。

 俺は杓子定規な事は好かん。

 それに、上官の酒を受けられない部下はもっと好きになれんぞ」

ゴキ中尉にそう言われ、戦闘員は有り難くウィスキーを手に兵舎に引き上げる。

ゴキ中尉はその後も、交代に来た戦闘員と酒を酌み交わした。

“フン。俺がここにいては、クモ男も手出しできまい”

 

「チキショー!。ゴキの野郎、何でノコノコ出て来やがったんだ!!」

一方、ゴキ中尉の機転ですごすごと引き上げざるを得なくなったクモ男中尉は

基地に戻って怒り狂っていた。

「まぁまぁ。落ち着いて下さい、中尉。

 私に案があります」

ゴリラ人間少尉は副官だけに、クモ男中尉のヒステリーにも慣れている。

「んっ?。何だ」

「ゴキ中尉は自分の中隊の楽しみの為だけに捕虜をいたぶっています。

 本来は、ロビンの口からバットマンの基地を聞き出さなければならないところです。

 いわば職務怠慢です。

 これをショッカー本部に報告して、我々にロビンを引き渡すよう、

 命令を出してもらうんです」

「なるほど」

クモ男中尉の顔が一変する。

「出来るか」

“出来るかって、俺がやるのかよ。アンタの仕事だろうが”

ゴリラ人間少尉は、一瞬言葉を詰まらせたが、すぐに

「大丈夫です。本部には、私の士官学校の同期も多くいますから」と応えた。

“ケッ。キャリアを鼻に掛けやがって”と思うクモ男中尉だが、

「ヨシ。任せた」と応える。

「ただし、条件があります」

「何だと」

「ロビンが秘密基地を白状したら、彼を解放してやって下さい。

 彼はまだ子供です。

 これ以上の辱めは、見るに忍びがたいものがあります。

 素っ裸のまま、ゴッサムシティに放り出せば、

 彼もこれに懲りてヒーローから足を洗うでしょうし、

 バットマンの基地を突きとめ、その相棒を再起不能にするんです。

 中尉の顔も立つでしょう。

 大尉も夢ではないですよ」

「ヨシ。分かった」

内心、自分の命令に条件を付けられた事に腹の虫の治まらないクモ男中尉だが、

大人しく了承した。

“大尉も夢ではないですよ”

心の中では、その一言がこだましていた。

 

夜明けとともに天候が回復した。

戦闘員達も兵舎のプレハブから外に出てくる。

「何だ。ロビンの野郎、まだ寝ているのか」

「ったく。敵のアジトに捕まって、素っ裸にされた挙げ句、

 残飯の中で眠りこけるとは、どういう神経なんだ」

口々にロビンを罵倒する声が聞こえる。

だが、ロビンはすでに目を覚ましていた。

“もし、目を覚ましたのが分かれば、また戦闘員から痛めつけられる”

そう思って、寝たふりをしていたのである。

ポリバケツの中に頭を突っ込んだままいたのも、顔を隠した方が

寝ているように見えると考えたからだ。

しかし、時間が経つに連れ、ロビンの周りには戦闘員が集まってくる。

退屈しのぎにロビンをからかおうというのだ。

「おいこら!。いつまで寝てるんだよ!」

戦闘員の一人が、ロビンの背中を蹴る。

別の戦闘員はポリバケツを引いて、ロビンの頭を出させる。

目を開けたロビンに、戦闘員の見下した視線が浴びせられる。

にらみ返す事も出来ず、視線を逸らしてしまうロビン。

「おい。ゴミ袋の中のションベン、昨日より増えてないか」

「あぁっ、本当だ。こいつ、オネショしたんだな」

そうなのだ。

昨日、無理矢理ビールを飲まされたお陰で、何度か尿意に目を覚ましたロビンだったが、

肩から下をゴミ袋に入れられたままの状態である。

垂れ流すより他に術がなかったのだ。

「この小便小僧が!」

顔を赤らめるロビンに、さらに蹴りが加えられる。

「あっ。それにロビンの奴、中尉殿が下された食事に

 全く手を付けてないぞ」

「何という奴だ!。好き嫌いは許さん。食わしてしまえ」

戦闘員達は昨日と同様、ロビンの鼻を摘んでロビンに口を開けさせると、

ポリバケツの残飯を無理矢理ロビンの口に押し込んだ。

「おい。もし、吐き出したりしてみろ。

 吐いた物も食わせるからな」

が、そう言われたところで、残飯など食えるわけがない。

ロビンは顔を横に向け、残飯を吐き出した。

「こいつ!。世の中にはな、残飯を食って生きている人間だっているんだよ。

 お前みたいなボンボンのヒーローなんかに、何が分かるんだ」

今度は腹に蹴りを入れられた。

「ぐわっ」

横を向いたまま、さらに嘔吐を続けるロビン。

嘔吐物には胃液も混ざっていた。

だが、戦闘員達は容赦しない。

「“食わなけりゃ、食わせてみせよう、ロビン君”だ。

 もう一度、食わせろ」 

戦闘員達はもう一度ロビンの口に残飯を詰め込むと、

今度はロビンの口をテープで塞いだ。

「さぁ、朝飯はこれぐらいで勘弁してやる。

 その代わり、良く噛んで食うんだぞ」

 

一方、ゴキ中尉は再び戦闘員51号を司令官室に招いていた。

今朝のクモ男中尉の行動を伝える。

「まったく、油断も隙もありませんなぁ」

「うん。それでだ。

 ロビンを今日、逃がしてしまう事にする」

「はっ?」

「ははは。心配するな。

 あいつのバイクに発信器を付けた上でだ。

 ショッカー本部の了解も取り付けてある。

 こっちがロビンの無抵抗に気を許して、油断したように見せかけるんだ」

「あぁ、そういう事ですか」

「あんな子供を、いつまでもいたぶり抜くのも可哀相だ。

基地に逃げ帰った後は、これに懲りて、またサーカスにでも戻るだろう。

あいつにはヒーローよりも、そういう地道な人生の方がふさわしいようにも思うのでな」

「そうかも知れませんね。

 とにかくロビンは滅茶苦茶にしましたからね」

「現実という壁を知らない者は、

 とかく自己顕示欲に駆られてしまう。

 ヒーローなど、望んでなれるものではない。

 人がヒーローになるのではなく、時代が人を選ぶものだ