野球戦士・真樹(11)

 

9回裏、2−0とリードしているものの、真樹は1死満塁のピンチを背負っていた。

迎えるバッターは城南の三番・櫻井翔。 

 

大丈夫だ。

俺は負けない。

櫻井君、昨日の借りは返させてもらうよ。

真っ向勝負でねじ伏せてみせる。

 

心の中でつぶやく真樹に、二宮が歩み寄ってきた。

「先輩、落ち着いてください。

 監督の言葉を思い出して」

さりげなく声をかけてポジションに戻っていく。

 

監督の言葉?

真樹の脳裏に、9回裏の守りに着く時に、監督が真樹に言った言葉がよみがえった。

「いいか、真樹。野球は1対1の勝負じゃない。

 チーム対チームの勝負だ。

 チームの勝利の為に最善を尽くす、それが真のエースなんだぞ」

チームの為に最善を・・。

そ、そうか・・・。

 

真樹の心に一つの決意が固まった。

 

「プレイボール」

球審がプレイを宣告する。

 

「さぁ、プレイがかかりました。

 9回裏1アウト満塁。

 強打者・櫻井君にどう立ち向かうか、松浦く・・・、 えぇっ、えぇぇぇぇ!!

 まっ、まさか、そんな・・・」

 

予想もしなかった事に言葉を失い、ただ絶叫するアナウンサー。

球場が一瞬にして静まりかえった。

「まっ、まさか・・。

 キャッチャーが立ち上がりました。

 1アウト満塁で、櫻井君を敬遠です。

 高校野球史上、これほどまでに勝つことに固執し、

 手段を選ばない選手を見たことがあるでしょうか」

そして、次の瞬間、真樹に対する罵声が浴びせられる。

「汚ねぇーぞ、真樹」

「それでも、エースか!!」

「そんなにまでして勝ちたいのか!」

ヤジは、明峰のスタンドからも浴びせられた。

 

轟々たる非難を浴びながら、4球を投げ終える真樹。

これで良いんだ。

すべては、チームの勝利の為なんだ。

自分に言い聞かせ、次の四番バッターに向かう真樹。

だが、その後ろで守るナインは一様に下を向いてしまっていた。

もはや彼らには甲子園への夢はおろか、たった今自分たちが試合をしているという

緊張感も感じられない。

ただただ、この場から逃げ出したいという想いだけであった。

 

カキーン。

四番打者の打球はセカンド真っ正面のゴロ。

やった、ゲッツーだ!

真樹が喜んだのも束の間、セカンドを守る二宮がゴロをトンネルする。

えぇっ!

バックアップする外野も緩慢な動きだ。

「三塁ランナー、ホームイン。

 二塁ランナーも三塁を蹴った。

 センター、ようやくボールに追いついて、バックホーーーム

 クロスプレイだ、判定はーーーー」

 

球場がまた静まりかえった。

誰もが、いや真樹を除く誰もが待っていた言葉が球審から発せられる。

「セーフ!」

 

 

  アウト   アウト     アウト     アウト
  アウト     アウト   アウト     敬遠
真樹 本塁打     本塁打     三振   三振
  アウト     アウト     アウト     
    アウト   アウト     アウト     
    アウト     アウト     アウト   
    アウト     アウト     アウト   
      アウト   アウト     アウト   
      アウト     アウト     アウト
明峰高校
城南学院 3X
  アウト     アウト     アウト   安打
  アウト     アウト     アウト   安打
櫻井 アウト     アウト     死球   敬遠
    アウト     アウト   アウト   エラー
    アウト     アウト     アウト  
    アウト     アウト     アウト  
      アウト     アウト   アウト  
      アウト     アウト     アウト
      アウト     アウト     死球

 

試合が終わると、明峰ナインは逃げるように控え室に駆け込んだ。

早くこのユニフォームを脱ぎたかった。

自分がこの恥ずかしい試合に出ていた証拠を、

一刻も早く消し去りたかったのだ。

誰もが無言だった。

 

やがて、真樹が控え室に現れる。

射るような視線が浴びせられた。

真樹はタイムリーエラーをした二宮に歩み寄る。

「二宮、気にするな。

 お前はまだ一年生だ、次もその次もある」

二宮をいたわるように声をかける真樹。

だが、二宮の口からは冷たい言葉が返されてきた。

「真樹先輩、お仕置きですよね」

「えっ」

言葉を失う真樹。

そうなのだ。

約束は「負けたらお仕置き」

その他、一切の条件はない。

真樹は周りを見渡した。

他の部員も、二宮と同じ気持ちのようだ。

 

その時、控え室のドアが開いて、監督が入ってきた。

「いやぁ、今日は残念な試合だったね」

笑顔を浮かべる監督に、3年生が食ってかかった。

「監督。そんなことより、真樹のお仕置きはどうなるんです」

「そうです。負ければお仕置きの約束でしょ」

だが、監督は笑みを絶やさない。

「うんうん。

 だがね、松浦にも言い分があるのかも知れないし、彼の弁明も聞くべきだと思うんだ。

 それに応援に来てくれた生徒諸君も、今日の試合には不満なようだし・・」

「だったら、どうすれば良いと言うんです!?」

「松浦を公開裁判にかけてはどうかな?

 そこで、松浦の弁明も聞いた上でどうするか決める。

 有罪の場合は、野球部として全校生徒に襟を正す意味からも、

 公開処刑にした方が良いだろう」

「な、なるほど!」

「それは良い」

部員からは口々に賛同の声があがる。

「よろしい。では、善は急げだ」

 

 

グランドでは、甲子園出場を決めた城南学院の表彰式が終わろうとしていた。

そのグランドに、ウグイス嬢のアナウンスが響く。

「ご来場の皆様。

 この後、明峰高校エース・松浦真樹の公開裁判並びに公開処刑を行います。

 皆様、お帰りにならず、このままお席でお待ちください」