野球戦士・真樹(1)
決勝戦当日、いや決勝戦が行われる予定だった日と言った方が適当だろう。
その日は大型台風の接近で、未明から雨が断続的に降り続いていた。
試合の順延は早々と決まったが、天気予報によれば
明日もどうなるか分からないような天候だ。
真樹の家にも、朝9時には試合延期の連絡が入った。
「まぁ、出来なくもない天候だが、中止と決まった以上は仕方がない。
この分だと、明日もどうなるか分からないが、
コンディションには十分に注意するんだぞ」
電話で試合の延期を伝える監督の言葉は、どこか歯切れが悪い。
その理由は、真樹にも察しがついていた。
決勝戦で対戦する城南学院は、エース櫻井を中心とする守りのチームである。
剛速球を武器に、相手を力で押さえ込む真樹とは対照的に、
櫻井は華麗なアンダースローから七色の変化球で相手を翻弄するタイプだ。
しかし、櫻井には真樹にはない弱点があった。
基礎体力のなさである。
したがって、連投はかなりの負担になる。
試合の延期は、櫻井にとって恵みの雨になるはずだ。
櫻井の父親が率いている櫻井コンツェルンによって、
この地域の産業が支配されている事を考えれば、
その影響が日程の変更に及んだことも十分に考えられる事だった。
「分かりました。大丈夫です」
真樹はそう言って、電話を終えた。
或いは、監督の想像するような事が事実なのかも知れない。
しかし、真樹にとっては、むしろベストコンディションの状態で
雌雄を決する事が出来るのは望むところだ。
真樹の脳裏に、櫻井のサブマリン投法が浮かぶ。
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「櫻井君、君とは良い試合が出来ると思うよ。
お互いに頑張ろう」
真樹は、心の中の対戦相手に声をかけた。
昼前になると、雨はやんでいた。
おそらく試合はできたと思われる状態だ。
だが、台風が接近しているのは確かで、夕方過ぎからは豪雨も予想されている。
むしろ、明日の方が試合の実施は危うい天候だ。
“2日間もブランクがあるのは、どうもなぁ・・”
真樹はそう思うと、一人で学校に向かった。
室内練習場で軽く汗を流すつもりだったのだ。
軽くランニングをし、柔軟体操の後、真樹はボールを握った。
壁に向かって軽く投球練習をする。
何球か投げ、壁に跳ね返って戻ってきたボールをグローブに収めると、
真樹は大きく振りかぶった。
純白のユニフォームから放たれた白球が、真一文字に壁に突き刺さる。
パチパチパチ。
ふいに拍手が聞こえた。
「すごいね、真樹君。まさに快速球だ」
真樹が振り向くと、そこには櫻井の姿があった。
決勝戦を前に、相手校の練習場に立ち入るというのも不思議な話だが、
真樹は試合で相対することになる相手エースの訪問を、
純粋な意味で受け止めた。
「櫻井君の変化球もすごいらしいじゃないか。
今朝も考えていたんだ。君とは良い試合ができるって」
「良い試合って?
良い試合って、どんな試合なのかな」
櫻井は言いながら真樹に近づいてくる。
「俺の予想では投手戦だろ。
1点を争う試合になると・・」
真樹の言葉が終わる前に、櫻井は持っていたバッグから封筒を取り出して、
真樹の足下に投げてきた。
「何だよ、これ」
真樹が封筒を手に取る。
「100万、入ってる」
「えっ?」
「これで、負けてくれないかなぁ」
唖然とする真樹の足下に、櫻井はまた封筒を投げてきた。
「君がOKしてくれるまで、出すよ。
就職の世話もしてあげても良いと思ってる。
それとも、どこかの大学に入って、4年間遊んで暮らすのも良いだろうね」
「な、何を言うんだ!」
「言ったとおりさ。
君がチョット手を抜いてくれれば、君の将来は僕が保証するという事だよ」
「君は僕の返事が分かっているはずだ。
だから一人では来なかった。
そうなんだろ?」
その時、真樹の身につけていた予知能力は、周囲に悪の存在を感じ取っていたのだ。
「ははは。気づかれていたのなら仕方ない」
軍服を着た隻眼の男が現れた。
ゾル大佐だ。
「ゾル大佐、ショッカーの幹部も落ちたものだな」
「ショッカーも売り上げ不振でね。
老後の為のバイトさ。
ところで、君には他の連中の事もばれているんだろう」
ゾル大佐が合図を送ると、真新しい戦闘服を着た戦闘員達が現れた。
「QL学園の連中だな」
「ははは、何でもお見通しなんだね。
インターンシップでショッカーに来てもらった。
さて、どうするね。真樹君。
私なら迷わず金と将来を受け取るがね」
「お前は俺をただの野球部員としか見ていないようだな。ゾル大佐。
教えてやろう、俺のもう一つの顔を。
俺は野球戦士・真樹!
純白のユニ、背にはエースナンバー!」
叫びながら真樹は、自分の求めていた物が得られそうな予感を感じていた。
それが何かは、まだ分からなかったが・・。
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