人質(7)

 
カーーーン!!

鉄十字団の秘密基地、モンスター教授とアマゾネスだけでなく、

リングの周りに詰めかけた大勢のニンダー達の目の前で、

今、正にスパイダーマンの全てを懸けた闘いの開始を告げるゴングが鳴った。

 

(たった一人のニンダーが相手なら、簡単に倒せるはずだ!)

スパイダーマンは確信していた。

だが、もし負ければ、

スパイダーブレスレットをも奪われ、

GP-7、マーベラーはおろかスパイダーストリングス、スパイダーネット、

全てのスパイダーパワーを剥奪されてしまう。

その上、鉄十字団の奴隷にならなくてはならないのだ。

スパイダーマンは、闘いに対する自信と、勝負の重さに身を戦慄かせていた。

 

試合開始直後から、グレーのコスチュームに身を包んだニンダーは

軽いステップで前後左右に動き回り、スパイダーマンを挑発した。

体力の消費を極力抑えるため、相手の出方を窺いながら身構えるスパイダーマン。

 

ニンダーが左右に放つ軽いジャブを、いとも簡単に避けるスパイダーマンだったが、

その足取りは軽いとは言えず、動きにはいつもの切れが感じられなかった。

ニンダーが近付きパンチをする度に、

スパイダー感覚は警鐘を鳴らして危険を告げていたが、

全ての攻撃を避ける事は出来ずに、幾分かダメージを受けてしまうのだった。

体力を消耗したスパイダーマンの身体は重く鈍く、機敏に動く事が出来なかった。

 

ニンダーに負けじとスパイダーマンもパンチやキックを繰り出すが、

早く決着を付けたいがための本気の技であるにもかかわらず、

ことごとくかわされてしまう。

(何かがおかしい・・・)

この闘いは、明らかにニンダーの方が優勢であった。

 

スパイダーマンはコーナーポストに取り付き、

スパイダーパワーを駆使して微妙なバランスでロープを伝い、

ジャンプを繰り返しながら相手の隙を狙っていた。

スパイダーマン得意の敵の上方からの攻撃に切り替えたのだ。

ロープからロープへと機敏に動き回るスパイダーマンの動きに、

ニンダーの反応が一瞬遅れた。

(今だ!)

そのニンダーの死角を突いてキックするスパイダーマン。

バシッ!

スパイダーマンの蹴りが決まった、かに見えた。

(なにっ!)

だが、ニンダーは上半身でキックを受け止め、衝撃を吸収してしまった。

(くそっ、俺の技が通じない!?)

渾身の一撃までも難なくかわされたスパイダーマンは動揺を隠せないでいた。

 

ニンダーに、突き出した脚をそのまま抱え込まれ、

足首を掴まれ捻られて思わず叫びを上げてしまうスパイダーマン。

「うぁぁっ!!」

脚を掴まれたまま、激痛がスパイダーマンを襲った。

リングの上で苦痛に喘ぎながら苦悶に身を捩らせる事しかできなかった。

 

「フッフッフ、君の戦闘パターンは判明している。何をやっても無駄だよ」

勝ち誇るモンスター教授の挑発するような声がスパイダーマンの耳に届いた。

たった一人のニンダーを相手に苦戦を強いられるスパイダーマンは、

戦闘パターンを分析され、必殺の技さえかわされて全く通用しないのだった。

 

水槽に捕らえられた人質は胸の上まで水に浸かりながら、

恐怖に顔を強ばらせて試合の行方を見守っていた。

 

リングの上では、スパイダーマンが立ち上がり、体勢を立て直していた。

(俺の戦闘パターンを解明しただと?!

 バカなっ!

 ならば、これならどうだ!)

力の限りのスピードで、ストレートやフックといったパンチを繰り出すスパイダーマン。

早く勝負を付けなければ、人質になっている佐久間ひとみの命がないのだ。

 

だが、全ての動きを見切られ、ニンダーの体に指一本すら触れることが出来ない。

必死で放ったパンチは全て空振りに終わり、体力の消耗に拍車をかけただけだった。

ニンダーの軽やかな身のこなしに翻弄されるスパイダーマン。

続けざまに繰り出すパンチは、次第に大振りになって正確さを欠いていき、

体力はもちろん、集中力までもが失われつつあることを示していた。

 

焦燥感に駆られ、一方的に責め続けるスパイダーマンだったが、

その動きが次第に鈍り始めた。

(だ、だめだ・・ ど、どうしたんだ。

 か、体が重い・・・ 思うように動かない・・)

持てる技の限りを尽くしたが、相手に全くダメージを与えることが出来ない。

それどころか、モンスター教授の挑発に乗り、人質を助けるのを焦るあまり、

最後にほんの僅かに残った体力をついに使い果たしてしまった。

「はぁはぁっ はぁ はぁっ」

呼吸は荒く、目は霞み、全身から力が抜けていった。

ファイティングポーズを取るだけで精一杯のスパイダーマン。

 

そんなスパイダーマンの様子に、満足げなモンスター教授が口を開いた。

「ワッハッハッ スパイダーマン。

 君は体力の全てを使い果たしたのだ。

 もう、闘う力など残っていまい!?」

 

「なんだとっ!!

 全て俺の体力を消耗させる作戦だったのか!」

「今頃気付いてももう遅いわ!

 正義のヒーロー、スパイダーマンはここで終わるのだ!!

 これからは、鉄十字団の奴隷として、我々に尽くしてもらう!

 ワハハハハハッ」

大声で笑いながら勝ち誇るモンスター教授。

 

(あぁ・・・・ め、目が霞む・・・ くそっ!)

立っているだけでやっとのスパイダーマンは

真実を知らされ、押し寄せる絶望感にただ立ち尽くしていた。

 

回転ノコギリ、蟻地獄、遠泳、壁登り、2体のマシンベムとの戦い、

それら全てが体力を消費させるための作戦だったことに気付いたスパイダーマンを、

あらゆる希望を打ち砕く焦燥感と絶望感が襲った。

そしてヒーローの存続を懸けて僅かに残された体力でニンダーに闘いを挑んだものの、

全く勝負にならないまま、体力を完全に使い果たしてしまったのだ。

完全に罠に落ちたスパイダーマン。

 

圧倒的に不利な状況で苦戦を強いられるスパイダーマンだったが、

人質救出のため、また、自らのヒーローとしての存在のためには、

戦い続け、何が何でも勝利しなければならなかった。 

(お、俺は・・ ここで負けるわけにはいかない・・・)

体力を消耗し切ったスパイダーマンは、気力のみで闘うしかなかった。

試合に負ければ、人質として水槽に入れられた新子の命はないのだ。

だが、その鈍った動きは、ニンダーの餌食にすぎなかった。

 

ダンッ

ドスッ

脱力し、ふらつくスパイダーマンにニンダーのキック攻撃が炸裂する。

「うぐっ ぐはぁっ」

腹部、脚部へと突き刺さる様なキックが決まる度、

各筋肉は痺れ、力を失い、苦痛に喘ぐしか無かった。

 

防御一方のスパイダーマンは、

キックの嵐で完全に動きを止められたところで、首と股間を掴まれ、

ブレンバスターでマットに叩き付けられた。

全身をしたたかに打ちつけられても、反撃する体力は既に失われており、

苦痛に悶える事しかできないスパイダーマン。

(くっそぉっ ま、負けるわけには・・いかないんだっ!)

リングに横たわるスパイダーマンの肉体は、

逞しく盛り上がる筋肉が形成するヒーローそのものだったが、

体力の限界を迎えた今では、全身が戦慄きながら悲鳴をあげていた。

 

全くダメージを受けていないニンダーは、

重い肉体を引きずるように何とか立ち上がったスパイダーマンの後ろに回り込むと、

広背筋の下部から腕を回し、外腹斜筋と腹直筋を締め上げた。

(な、何っ!!)

「くぁぁあぁぁぁ!!」

腹部をギリギリと締め付けられ、疲労に喘ぐ肉体を苦痛に軋ませて

身体を背中側に反らせる事しかできないスパイダーマン。

痛みに耐えるため、全身の筋肉に僅かに残る力を込めると、

鍛えられた大胸筋、腹直筋が浮かび上がり、

隆起する筋肉と筋肉の溝がコスチュームに深く刻まれた。

 

ニンダーの次の攻撃は、その体勢からのバックドロップだった。

一旦腰を落として前屈みになると、反動をつけて体を後ろへと反らせるニンダー。

体幹の中心である腰を締め付けられたまま、

ニンダーの動きに引きずられるようにスパイダーマンの身体が宙を舞い、

頸椎をマットに打ちつけられてしまった。

「ぐぁぁっ!!」

 

リングに仰向けにされたスパイダーマン。

立ち上がろうとするが、軋む身体は重く、思うように動かなかった。

(だっ だめだ・・・ か、体に・・力が・・・は、入らない・・・・)

体力を使い果たし、もう抵抗する力は残っていなかった。

身体を動かそうとするが、力を失った肉体に出来るのは、

ただワナワナと筋肉を震わせることだけだった。

身体を動かすどころか、今のスパイダーマンは失神寸前だった。

 

ぐったりとし、戦意を喪失したかの様なスパイダーマンは、

腕を捕まれ、無理矢理引き立てられると、その勢いでロープまで飛ばされた。

蜘蛛の巣にかかった獲物のように、

ぐったりとするスパイダーマンの青と赤の腕が白いロープに絡まった。

力なくうつむくスパイダーマンは身動きすることも出来ない。

(く、くそぉ・・・ このままでは奴らの嬲り者にされてしまう・・・)

無防備なスパイダーマンに、ニンダーが余裕の態度で近づいてきた。

 

ニンダーは、ボディーブローで、

抵抗することが出来ないスパイダーマンを一方的に攻めまくった。

「うぐっ」

「はぁあぁっ」

「うぉぁっ」

痛みに唸り声を上げるしかないスパイダーマン。マスクの下の素顔が苦痛に歪んだ。

ニンダーの拳がボディーを襲うごとに、

スパイダーマンの鍛えられた筋肉に苦痛を伴った衝撃が広がる。

ニンダーのパンチ一つ一つが、

着実にスパイダーマンを追いつめていた。

リングの周りには他のニンダー達が群がり、

スパイダーマンが殴られる度に大きな歓声が上がった。

 

ニンダーの攻撃の止んだ隙に辛うじてロープから逃れる事に成功したスパイダーマン。

だが、一息ついたその瞬間、ニンダーの後ろ廻し蹴りがスパイダーマンの頭部を捉えた。

頭から吹き飛ばされ、よろめいて倒れそうになるスパイダーマンだったが、

ダウンする事さえ許さぬ様に、ニンダーのパンチと膝蹴りの嵐に見舞われてしまった。

拳が、膝が、スパイダーマンの腹筋や広背筋にめり込む程に、

四方から次々と容赦なく浴びせられた。

 

完璧に鍛えられた肉体を持つ正義のヒーローと言えども、

体力を使い果たしてしまっては、反撃などできるはずが無かった。

無抵抗で立ちつくすスパイダーマンは、今や単なるサンドバック状態だった。

「くぁっ」

「ぉあぁっ!」

ニンダーの攻撃全てが正確に決まり、

抵抗できないスパイダーマンは格好の標的になってしまっていた。

ヒーローの肉体を形成する鎧のように隆起した筋肉が、

無抵抗のまま、無様にされるがままに一方的な攻撃を受け続けていた。

(だ、ダメだ・・・ このまま・・では・・・・)

いいように弄ばれるスパイダーマン。

攻撃が決まる度に意識が遠のいていった。