人質(6)
絶壁に取り付き、登り続けるスパイダーマンは、
翼竜の姿をしたマシンベムに背後から襲われた。
鞭のような尾で、両手両足で絶壁に取り付いているため無防備になった背中を打たれ、
激痛を堪えた挙げ句、尾を首に巻き付けられてしまった。
(くっ あぁ・・・ い、息が・・ できない・・・)
次第に手足から力が抜け、首に巻き付く尾をほどこうとする腕も、
岩壁に張り付くもう一方の腕と両足も麻痺し、脱力し始めた。
全身に痺れが広がり、これ以上岸壁に取り付いていることが出来ない。
首に巻き付いた尾に引っ張られる形で、岸壁から引き剥がされていく。
ついに絶壁から離されてしまったスパイダーマンは、
地上百メートルの空中に、マシンベムに吊り下げられていた。
スパイダーマンは、両足をばたつかせながら苦痛にもがきながらも、
首に巻き付く尾を掴んで体重を支えるしかなかった。
その時、マシンベムの尾が緩み始めた。
(ここから落ちたら命はない! 何とかしなくては!)
吊り下げられた足の先、百メートル下には、
ゴツゴツとした岩礁と黒々とした海が広がっている。
緩んだマシンベムの尾が完全に外れた瞬間、スパイダーマンは叫んだ。
「スパイダーストリングス!」
左手の銀色のスパイダーブレスレットから、
蜘蛛の糸で編まれたロープが打ち出され、岸壁の上部に絡みついた。
全体重を一本の蜘蛛の糸に預けるスパイダーマン。
ロープを掴み滑空しながら全身を使って反動をつけて、
再び岸壁に取り付いたスパイダーマンだったが、
マシンベムの尾の鞭が容赦なく打ち付けた。
ビシィィッ!
バシュッ!!
「ああっ!! うあぁっ!」
岸壁に取り付くスパイダーマンの背中は鞭に打たれ、苦痛が全身を駆けめぐる。
焼けるような痛みに逞しい背中をくねらせ、呻きながらも耐えるしかなかった。
鞭打たれる激痛に苦しみつつも体勢を立て直し、
壁を背にして左手を突き出すスパイダーマン。
「スパイダーネット!!」
マシンベムの尾がスパイダーマンを更に打ち据えようとした瞬間、
白いネットが宙に広がり、
空中に浮かぶマシンベムの体を捕らえた。
純白の蜘蛛の糸がみるみるマシンベムの緑色の身体を覆っていく。
ネットに絡み付けられ、翼を動かすことが出来ないマシンベムが落下していく。
数十メートル下の岩礁に激突したマシンベムは、その衝撃で爆発した。
四方八方に砂塵を吹き飛ばすマシンベムの最期だった。
スパイダーマンは、最後の気力を振り絞り、
休息を要求する肉体を酷使しながら頂上へとたどり着いた。
さしものスパイダーマンと言えども、疲労は極限に達し、最早体力も残っていない。
逞しい筋肉は唯の重い肉の塊の如く、立っているだけでやっとという程の状態だった。
疲労に喘ぎ激しく呼吸をするスパイダーマンの目の前には、
妖しい古い洋館が建っていた。
「よく来たな!スパイダーマン。さあ、中に入りたまえ!」
モンスター教授の言葉に導かれ、入り口を抜け、
周りを警戒しながら歩みを進めるスパイダーマン。
暗い建物の中、観音開きの扉を通り抜け入り口のホール中央まで進む。
古ぼけた大理石の床に、微かにスパイダーマンの足音が響く。
「人質はどこだ!」
円柱型の柱が周囲を囲むホールで叫んだが返事は無い。
注意深く辺りの様子を窺うスパイダーマン。
その時、鳴り響くスパイダー感覚が迫る危険を告げたが、
疲労困憊のスパイダーマンは機敏に反応することが出来なかった。
身体を動かすよりも一瞬先に床が割れ、空中に投げ出された。
(しまった!)
暗闇の中を落ちて行くスパイダーマン。
「スパイダーストリングス!」
真上へ向かって蜘蛛糸で作られたロープを放ち、落下を食い止めた。
そのままロープを伝ってゆっくりと降りてゆく。
監視カメラからの映像を映すモニターを見つめるモンスター教授とアマゾネス。
「ハハハッ 計算通りだ!
見ろ! 奴は反応が鈍り、スパイダー感覚に追いつけなくなっている」
「スパイダーマンの体力も、残り10%を切っています」
「よしっ 仕上げに取りかかるのだ!」
暗い穴の底に足が付くと、スパイダーマンは四方から強力なライトで照らされた。
戦闘に備えて身構えながらも、
眩しさのため、片手を顔の前にかざして光を遮るスパイダーマン。
「待っていたぞ!スパイダーマン!」
モンスター教授の声とともに正面の壁が左右に開き、玉座が現れた。
逆光に浮かぶ椅子に腰掛けるモンスター教授とアマゾネス。
目が慣れると、部屋の端には大勢のニンダーたちが壁を覆い尽くすように立っている。
今まで目にしたことがないぐらいの人数のニンダーに戦慄するスパイダーマン。
(こんな大勢を一度に相手にできるのか?・・・・)
しかも、戦闘の姿勢をとるだけで、軋む筋肉はすでに限界に達していた。
玉座の後方の一段高くなった所に、
透明な筒状の小部屋に佐久間ひとみが閉じ込められていた。胸まで水に浸かっている。
「スパイダーマン、早くここから出して〜!」
ガラスの壁を内側から両手でドンドンと叩き、
叫びながらスパイダーマンに助けを求めている。
「スパイダーマン、あの女を助けたければスパイダーブレスレットを渡したまえ!」
モンスター教授の残酷な言葉が部屋中に響き渡った。
(なんだと! スパイダーブレスレットだと!
奴らの狙いは俺のブレスレットか・・・)
「これだけは渡すわけにはいかない」
(もしこれを渡したら、俺はスパイダーパワーの全てを失ってしまう・・・・)
スパイダーブレスレットを手放すということは、
ネットとストリングスという、最後に残された武器を失うだけではなく、
GP-7とマーベラーを取り返す機会をも放棄することを意味した。
「では、賭けをしようではないか?
ここにいるニンダーの一人と、スパイダーブレスレットを使わずに闘うのだ。
君が勝ったら、人質の命は助けてやろう」
余裕に満ちたモンスター教授の言葉。
(どうすればいいんだ・・・
勝てば人質は助けられる。
だが、もし負ければ、ブレスレットまで奪われてしまう・・)
スパイダーマンの心中では葛藤が繰り広げられていた。
「もし君が勝ったら、人質の命を助け、GP-7とマーベラーも返してやろう!」
モンスター教授の甘い誘惑がスパイダーマンの理性を擽った。
(もし、俺が負けたら?)
スパイダーマンが声を出さずにつぶやいた。
モンスター教授が言葉を続けた。
「その代わり、
もし君が負けたら、ブレスレットを渡してスパイダーパワーの全てを放棄するのだ。
君は鉄十字団の奴隷となり、
何でも我々の言うとおりになるのだよ!」
「わかった。勝負だ! だが約束を忘れるな!」
勇ましく返答をするスパイダーマンだったが、
実際には、それしか選択の余地は残されていなかったのだ。
(奴らが約束を守るかどうかは分からない。
だが、今は奴との約束に懸けるしかない。
相手が1人なら楽勝のはずだ!)
部屋の床の中央に格闘技のリングがせり上がってくる。
取り囲む大勢のニンダー達の歓声に迎えられた一人のニンダーが、
軽い身のこなしでロープを乗り越えリングの上に登った。
背丈はスパイダーマンと同じで、体型もほかのニンダー達と比べて特に違いはない。
スパイダーマンもリングに上る。
「これより、スパイダーマン対ニンダーの試合を開始する!
時間制限は、あの水槽が水で満たされるまで!」
アマゾネスが宣言した。
すると、佐久間ひとみが閉じ込められたガラスの水槽へ流入する水が勢いを増した。
「水槽が満杯になるまでの時間は10分。
もし、10分以内にニンダーを倒せなければ、あの女は死ぬ。
もちろん、お前がギブアップして、ブレスレットを渡し、
自ら我々の奴隷になるならあの女の命は助けるわ!」
アマゾネスの哀れむ様な口調の中にも、嘲りの調子が含まれていた。
(くそっ 卑怯な!)
スパイダーマンは両手の拳を固く握りしめ、一方的なルールに反感を感じながらも、
従う他なかった。
カーーーン!!
試合開始を告げるゴングが鳴った。