せえるすどらいばあ(4)

 

「!? うっ・・・」

マナブはやっと気が付いた。全身に冷ややかな風の感触を受けながら。

どうしたんだ・・・!?

辺りを見回し、マナブは愕然となった。

一面黒い壁に覆われた、体育館のような広い部屋。そこにある、四角いリングの上だった。

以前、キックボクシングをしていたマナブにとっては、見覚えのある場所・・・・。

「何でオレがこんなところに。」

更に彼は自分の出で立ちに驚く。

手にはキックボクシング用のグローブがはめられている。

更に足には競技用のシューズが穿かれている。

そしてなぜか、彼は青いSPEEDの競泳用ビキニ1枚の姿で、美しい肉体を露にしていた。

一体どうしたんだ、制服は・・・・。

キックボクシングをしていたマナブの身体はセールスドライバーという重労働も相まって、

美しい身体になっていた。

ゴリッと盛り上った肩、分厚い胸板、どんなキックに耐えうる腹筋、

そして普段のキックボクシングでは見られない

競パンに隠れた豊かなふくらみ、小さな尻、数千キロのキック力を秘めた長い足。

全てが筋肉という名の鎧をつけられた"戦士"だった。

パッ!

突然光が当てられる。あまりのまぶしさに手を覆うマナブ。

その光の方向から、何かが近づいて来た。

マナブは訳が判らなくなる。

なぜ裸同然なのか、なぜリング上にいるのか。それさえも判らないマナブにとって

考えるという余裕はなかった。

光の方向からくる何かが徐々に姿をあらわしていった。

その姿は自分と同じようにグローブとシューズを穿いている。

しかし、1つだけ違うのは相手は普通のトランクスを穿いていた。

その男の顔を見た瞬間、マナブは凍りついた。

「マナブ、久しぶり。」

堀の深い顔、大きく鋭い瞳、スッとした鼻、少し厚みを持った唇。

髪の毛は短く、金髪だった。

そして、マナブと引けを取らない"格闘家"の肉体を持つ男。

マナブは全身の震えが止らない。

その男の顔を見た瞬間、今まで封印してきたイヤな思い出が一気に噴出した。

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3年前。

マナブは不良から更正しかけた時期があった。

このキックボクシングを始めてから、彼は「本当の強さ」を知り、むやみに暴力をふるうことも

無くなった。

その道場で知り合った一人の男がいた。

大林正人。正人もマナブと同じ境遇だった。

地元でも有名な札付きのワルだった雅人は、マナブと一緒に練習してきた。

マナブにとって、正人は生まれて初めて心の底から信頼しあえる友達だった。

「マナブ。」ある日、練習後に正人に呼び止められたマナブ。

「オウ、何? 飲みにいく? それとも五反田・・・」

「バ、バカ・・・。そうじゃねぇよ。オレ、プロデビューする事になったんだ。」

「エ?・・・マジ? す、すげぇ!! すげぇじゃん!」マナブはまるで子供のように、自分のように喜んだ。

飛び上がって、正人の肩を叩き、ものすごくはしゃいでる。「や、やった、すげぇ!!」

「マナブ・・・」正人には後ろめたい気持ちがあった。それは、いっしょにやってきたマナブを追い抜くような

感じがしていた正人。

けど、ソレが吹っ飛んだ。マナブの喜ぶ顔を見てると、凄く安心した。

それは親友という息を超えようとしていた・・・。

それから1ヵ月後

正人のデビュー戦。正人は「MASATO」と名を変えて、ものすごいプロモーションを展開しながら、華々しい

初戦を迎えた。

「がんばれよ! オレも、後を追うから」マナブはそんな正人の活躍ぶりを期待していた。

しかし、試合会場から入ってきた知らせは、マナブをどん底に突き落とした。

マナブは練習中、ジムのロビーがマスコミで溢れているのに気付く。

「勝ったんだ!」マナブはそう推察した。

しかし、ジムの会長がマスコミに矢継ぎ早に質問される。

「MASATOさんが亡くなりましたがどう思いますか?」

正人が・・・・死んだ・・・・?

マナブの動きが止った。

試合中、試合相手の激しいキックは正人の頭部にまともに当たり、そのまま失神し、

病院に運ばれる途中、帰らぬ人になってしまった。

マナブは翌日からジムにくる事は無く、ジム側はマナブを探し回ったが、結局見つからなかった。

目標と大切なものを一度に奪われたマナブはショックのため、キックボクシングを捨てた。

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いま、めのまえに、いるのは・・・?

死んだはずの正人・・・・。

「どうしたんだよ。そんな顔して。」

まるで普通に、あの時と変わりなく話し掛けてくる正人。一体なぜ・・・・。

「な、なんでって・・・・。」

カーン

マナブと正人以外誰も居ないリングに鳴り響くゴングの音。

すると、突然、正人はものすごい勢いでマナブにストレートを仕掛けてきた。

マナブはブランクがあるとは思えぬ素早い動作で避ける。「何すんだよ!」

しかし、そんなマナブの言葉を無視するかのように、正人は無言でジャブ、ストレートの嵐を

送る。

「止めろ! 一体どうしたんだよ!」マナブは必死に身をかわしながら、必死に正人に訴える。

殴れない! 意味も無く正人を殴れない!! マナブの優しさは、逆にマナブを苦しめる。

必死にブロックを繰り返すマナブ。

グジッ!! 「うぐぅう・・」マナブはついに限界に来た。

正人のストレートは正確にマナブの腹部を捕らえ、マナブの肉体に止めを刺した。

崩れるマナブ。その姿を笑いもせず、泣きもせず、無表情で見下げる正人。

その表情からは、正人が一体何を考えているのか読み取る事は出来ない。

その無表情な正人を、痛みと戸惑いを足して2で割ったような表情で見つめるマナブ。

「正人・・・お前・・・一体どうしたんだよ! 無意味に暴力をふるうのは違うって、お前言ってたじゃ・・・」

「意味はあるよ。」マナブの言葉を遮るかのように喋る正人。

「何が・・・何がしたいんだよ!」悲鳴に身近い絶叫。空しくリングに響く渡るマナブの声。

「お前が苦しむところが見たいんだよ。」

正人は平然と言う。その瞳には知り合ったときのキラキラと輝くものが無かった。

光り輝くことなく、暗みを帯びた、「邪」の色を放つ。

オレが・・・・苦しむ・・・・? なんで・・・? 大切な人間が吐く思わぬ言葉に戸惑いを隠せぬマナブ。

ガシッ! マナブの足に、突然締め付けられる感覚が走る。

「!?」一瞬我に返り足元を見るマナブ。リングの床を突き破り、白い縄が出てきた。

そして天井から同じ白い縄がものすごい勢いで降りてくると、あっという間にマナブの腕にまとわりつき、

無理矢理上に引っ張られる。よろけていたマナブは無理矢理立たさる。「グゥアワッ!」

腕は天井に向け上げられ、「万歳」の形をとらされ、足は肩幅まで広げられ、固定されている。

マナブはX字状に立たされ、競パン一つで身動きが取れなくなった。

「正人、おまえ・・・」正人を見たマナブは凍りついた。

不気味な笑顔を作るその瞳は、オレンジ色に光っていた。