デカレッド陵辱(2)

  人質

         

 銀行のそばにある雑居ビルの入り口に身をひそめたバンは、じっと銀行の方を見つ

めていた。夕方から見張り初めて、もうすぐ時計の針は十時を指そうとしている。

 銀行は明かりが消え、道を行く車のヘッドライトに、時々窓のポスターが照らされ

るだけで、シーンと静まりかえっていた。

「来るならさっさと来いっての!」

 バンは銀行を睨み付けながらイライラと足踏みをしていた。

 すると、ポケットの中でSPライセンスから電子音が流れる。バンはそれを取り出

すと、ボス、ドギーがこう言った。

「変わりはないか?」

「今のところはまだ変化はありません」

「ホージー達は銀行の裏手で待機している。何かあったらすぐに出ていくから心配す

るな」

「わかってますって。でも助けはいらないかもな」

「どういう意味だ?」

「俺一人でやっつけちゃうって事ですよ!」

「あのな・・・、そうやって調子に乗ってると痛い目に遭うぞ」

「大丈夫大丈夫! 臨機応変に対処できますって」

「そうだといいがな。とにかく一人でやろうとするなよ。相手は少々厄介だだからな」

「何が?」

「詳しい調べで分かったんだが、犯人はジュノーという名前だ。時間を操るほかに

も、格闘術にも長(た)けている男だ。油断するなよ」

「はい!」

 SPライセンスをしまって、再び銀行へ目を向ける。

 銀行の角に、チラッと男の影が見えた。来たな! バンは気合いを入れて、ビルの

隙間から飛び出した。

「おい!」

 と声をかけると、男がゆっくりと振り返った。いくら秋だとは言え真っ黒のトレン

チコートに身を包んだ男は見ているだけで暑苦しい。サングラスをかけて帽子をかぶ

り、顔の様子はよく分からない。

 バンはSPライセンスを見せた。

「お前は何者だ!」

「誰だか当ててみろよ」

「なに!?」

「お前を招待した張本人さ」

 男はそう言って、トレンチコートを脱いだ。その下には昆虫のような、グロテスク

な体が隠されていた。顔のマスクを剥ぎ取ると、まるでカマキリのような顔が現れる。

「ジュノーだな!?」

「おや、俺の名前を知ってるとは光栄だね。お前が本当に一人で来てくれるなんて

思ってなかったから少し安心したよ」

 その言葉にバンはニヤリと笑い、SPライセンスに向かって仲間達に呼びかけた。

「来てくれ! 出たぞ!」

 まるで熊か狸が出たみたいである。

「そんな事しても無駄だよ」

「・・・通じないぞ!?」

「当たり前だよ。まったく、これでもデカレンジャーなのかね、疑うよ」

「馬鹿にするな!」

「だって馬鹿だろ。回りをよく見てみな。ここにもそこにもあそこにも、円筒形の筒

がおいてあるだろう?」

 言われた方を見ると、確かに銀色の筒がいくつかおかれている。それが銀行の周囲

を取り囲んでいた。

「ありとあらゆる通信電波を遮断し、尚かつ向こうからはこっちの様子が見えないよ

うになってるんだ。つまりお前の仲間達には今俺達が中にいることも見えてないし、

この会話も聞こえてないってわけだ。プライバシーってのは必要だろ?」

「何が言いたいのかわけがわからねぇよ!」

「ちょっと強い薬をやっちまったせいで俺にも何がなんだかよくわからねぇ」

 わけのわからないアリエナイザーにイライラしたバンは、SPライセンスをかざし

てデカレッドの変身した。

「俺一人でお前を捕まえてやるからな!」

「おお、そりゃ面白い! やってみろよ」

 とジュノーは余裕の表情を見せる。その様子にカチンと来たデカレッドは、腰にぶ

ら下げているディーマグナムを合体させて、ハイブリッドマグナムに変化させると、

銃口をジュノーに向けた。

「死にたくなけりゃ両手を上げろ!」

 とデカレッドが叫ぶ。だがジュノーは沈黙を保ったまま、突っ立っている。

「聞こえないのか!?」

「撃てよ」

「なに!?」

「撃てもしないくせにいきがるんじゃねぇよガキが偉そうに! そら、どうした! 

撃ってみろ!」

「それなら望み通りにしてやる!」

 デカレッドが引き金をしぼると銃口からビームが発射された。その瞬間ジュノーは

腕についている機械のボタンを押した。

 すると、道を走っていた車も、ビームもその場で凍ってしまったかのように動かな

くなった。

 時間を止めたのである。

 ジュノーは薄ら笑いを浮かべながらデカレッドに歩み寄ると、人形のように動かな

いレッドを担ぎ上げて、発射されたまま止まっているビームの前にデカレッドを立た

せ、ビームをハイブリッドマグナムの銃口に差し込んだ。

 そして半歩下がって股機械を操作すると、一気に時間の流れが元に戻り、発射され

たビームがハイブリッドマグナムの中で暴発して、爆発を起こした。

「うわッ!」

 爆風でデカレッドは吹き飛ばされ、床をゴロゴロと転がった。

「い、一体何が・・・」

「時間を止めたのさマヌケ! 見ろ、お前の自慢の武器が粉々だぜ?」

「あぁ・・・」

 アスファルトの上にバラバラになった武器の破片が散らばっている。

「この野郎! よくも!」

「俺は武器を持ってないのにお前だけ持ってるなんて卑怯じゃないか。サツのやるこ

とじゃねぇよな」

「武器が無くたって、お前なんか一発でのしてやるぜ!」

 デカレッドは威勢よく言い放ち、腰を低く落として身構えた。ジュノーは両手をカ

マのように鋭い刃物に変化させ、デカレッドと向かい合った。

「お前だって武器持ってるじゃないか! 卑怯だぞ!」

「強い立場が好きなんだよ。ほら、かかってこい!」

「行くぞ!」

 雄叫びを上げながら、デカレッドはジュノーに突進していった。そしてデカレッド

のパンチが当たる直前、またジュノーが時間の流れをいじる。今度は流れをゆっくり

にすると、回りがスローモーションのように動き始めた。

 だが、そんな事などまるで知らないデカレッドの目には、ジュノーの動きが恐ろし

く素早いものに見えた。ジュノーのカマがデカレッドを切り裂く。その動きはほとん

ど目で追うことが出来ず、残像にしか見えなかった。

「ぐわあッ! がッ! がはああッ!」

 背中に回ったジュノーはデカレッドの後頭部にカマを振り下ろし、腰を斬りつけた。

「うああッ!」

 さらにジュノーはデカレッドの全身を切り裂き、最後に腹を蹴飛ばして、時間の流

れを元に戻した。

 デカレッドのスーツの至る所が爆発して、火花を散らしながらデカレッドが銀行の

壁に激突する。

「ぐはあぁ・・・」

 ズルズルと地面に落ちたデカレッドは、震える膝でなんとか立ち上がると、再び身

構えた。

 一体何なんだこいつ・・・。強すぎるぞ・・・。今頃になって、ドギーの調子に乗

るなと言う言葉が脳裏に蘇ってくる。

「何だ、たいしたことないなお前」

「う、うるさい!」

「まあいいさ。お楽しみはこれからだ!」

 ジュノーは目からビームを放った。デカレッドが寸前のところで横に転がり避けた

のだが、ビームが壁に跳ね返って、デカレッドの背中に命中したのである。

「ぐああああああああッ!」

 地面に倒れたデカレッドは背中を押さえながらのたうち回った。その様子がまるで

芋虫が地面を這うようで、ジュノーは面白そうに笑う。

「俺のビームは特別製なんだよ。兄貴をは違ってな」

「な・・・なんだって?」

「ちょっとしたヘマをしたおかげで兄貴はお前達に捕まったんだ。あとちょっとで大

金持ちになれたってのによ・・・」

 ジュノーは独り言のように呟きながら、ゆっくりとデカレッドに近付いていった。

「兄貴は十五年も食らってムショ暮らしだ。だから俺は誓ったんだ。俺は模範囚を演

じて仮出所したらお前達に復讐するってな!」

 ジュノーの蹴りが、デカレッドのみぞおちにめり込んだ。

「ぐほぉッ!」

「だけどお前ら全員を殺したところで兄貴はすぐに出てこられねぇ。だからお前を人

質にとって恥をかかせてやることにしたんだよ」

 ジュノーはデカレッドの傍らに座り込むと、あごを持ち上げた。

「どうだ? 俺って頭いいだろう?」

「黙れ・・・、お前の好きにはさせない! 絶対に!」

 デカレッドはジュノーの手を振り払うと、サッと身を翻して、ジュノーの顔に蹴り

を入れた。

「うが!」

 ジュノーが呻いて後ろへ下がる。

「そうだ・・・。そうこなくっちゃ面白くねぇ。でもお前に俺が倒せるかな?」

 そう言って、ジュノーはデカレッドの足元にビームを放った。デカレッドがジャン

プしてそれを避けようとしたのだが、ビームが地面に跳ね返り、それが壁に当たって

また跳ね返り、デカレッドの尻に直撃したのである。

「ぐぎゃあああッ!」

 空中でバランスを崩したデカレッドは地面に落ち、今度は尻をかかえて悶え始めた。

「馬鹿な奴だな。お前の仲間が見たらきっと大爆笑だぜ?」

「うるさい! 黙れ!」

 恥をかかされて完全に頭に来たデカレッドは、訓練で倣ったことや、今までの実戦

で覚えたことなど全て忘れて、無我夢中でジュノーに襲いかかった。

 だが、すぐに時間の流れを緩やかにされ、再びジュノーの凄まじい攻撃に身を晒す

ことになってしまったのである。

 ジュノーの刃がデカレッドの喉を切り、みぞおちに何十発ものパンチを食らい、さ

らに全身を切り刻まれる。

 ジュノーが造り出した閉鎖空間の中に、デカレッドの壮絶な悲鳴が響き渡った。

「ぐはあああッ! ぐはッがふッごほぉッ! うわああああああああああああッ!」

 デカレッドは全身から火花を噴き、身をよじらせて地面に倒れ込んだ。そこへすか

さずジュノーの蹴りが腹に飛び、デカレッドの体はまるで風に吹かれる木の葉のよう

に軽々と空へ舞い上がり、銀行の壁に激突して体がめり込む。

 ジュノーは高笑いを上げ、壁にめり込んだままのデカレッドに向けてビームを放っ

た。ビームが胸に命中して、スーツが爆発し、その振動でデカレッドの体が再び地面

に落ちる。

「・・・がはッ・・・」

 地面に這い蹲るデカレッドは、ゆっくりと顔を上げ、自分に迫ってくるジュノーを

見上げた。

 ジュノーの目には、感情も何も感じられない。ただ冷たい眼差しがデカレッドに注

がれている。

 俺じゃ勝てない・・・。俺一人じゃ・・・。

 このままでは逆に倒されてしまう。そう悟ったデカレッドは、地面を這いながら逃

げ始めたのである。

 ゆっくりと外へ向かって逃げるデカレッドの後ろを、ジュノーがついていく。まる

で犬の散歩のようである。

「なんだよ、逃げるのか? この腰抜けが」

「うッ・・・うぅッ・・・くッ・・・」

 ズルズルと地面を這い、仲間達が隠れているところへゆっくりと近付いていく。

「一発で俺を倒すんだろ? でも俺はまだピンピンしてるぜ? 逃げるなよ、もっと

楽しませてくれよ・・・」

 ジュノーの声が、デカレッドの背中に近付いてくる。

 早く・・・速く逃げないと・・・助けを呼ばないと・・・。デカレッドはマスクの

中で、じっとりと脂汗をかいていた。

「逃げるなって言ってるだろう!」

 ジュノーが怒鳴り、カマを振り上げた。そして切っ先がグサリとデカレッドの足に

突き刺さったのである。

「ぐぎゃああああああああッ!」

 鋭い痛みに思わず悲鳴を上げ、体をよじらせる。だがそれが仇となって足の傷口を

広げ、デカレッドのブーツが鮮血で汚れていく。

「お前は人質なんだから逃げられちゃ困るんだよな」

 ジュノーはカマを抜き、もう一度足へ振り下ろした。

「ぐああああああああッ!」

 ジュノーは何度も何度も、デカレッドの足にカマを振り下ろした。ブーツに無数の

穴が開き、デカレッドの足の肉が切れ、骨が断ち切られる。

「ぎゃううぅッ! ひがああああああああああッ!」

 肉や神経の切れる音がデカレッドの耳に届き、半ばパニックになって叫び続けた。

「うるせぇ奴だな。ちょっと足を怪我しただけだろ?」

 ジュノーはそう言ってカマを抜くと、怪我をした足を踏みつけた。

「ひぎいいいいいッ!」

 グリグリと足をねじると傷口がパックリと口を開け、地面に血だまりが広がっていく。

「喚くなって言ってんだよ!」

 ジュノーが足を思い切り踏みつけた。ボキボキと嫌な音がして、デカレッドの足の

骨が砕け散る。

「ぐわあああああああああああああッ! うわああああああああああああッ!」

 痛みがデカレッドの脳を混乱させ、獣のような叫び声が響き渡る。だが、その声は

仲間達のところへは届かない。

 デカレッドの危機など、誰も気付いてはいないのだ。

 ジュノーはデカレッドの頭を掴んで壁に押し付けると、半歩下がって跳び蹴りを食

らわせた。

「ぐはあああああッ!」

 デカレッドが腹を押さえて、体をくの字に折る。そこへ今度は顔面にパンチが飛

び、後頭部をコンクリートにしたたかに打ち付けた。その衝撃で意識が朦朧(もうろ

う)としてくる。するとジュノーがデカレッドの足を蹴り、痛みで無理矢理意識を呼

び覚ますのだ。

 ジュノーのサンドバッグと化したデカレッドは、体に何発ものパンチを食らい、そ

のたびに悲鳴を上げた。

 一発一発がめり込むたびに、スーツが火花を散らし、デカレッドの体が壁にめり込

んでいく。

「うわあああああああッ!」

 ドスンと銀行の建物が揺れるほどのパンチが、デカレッドの腹を襲う。

「ぐほッ! げはあッ! がふぅッ! ぐはあああッ!」

「そろそろ限界か? じゃあこれで最後にしてやるよ!」

 ジュノーのパンチがデカレッドの股間を直撃した。張り裂ける痛みと下腹の不快感

に、デカレッドは体をくねらせ、小さく呻いた。

「まだ立ってるのか? そろそろ寝ちまえよ!」

 パンチが再びレッドの股間を直撃した。

「がああああああああああああああッ!」

 凄まじい叫び声を上げたデカレッドは、両手を股間に当て、痛みに耐えた。だが体

が受けたダメージは予想以上のもので、デカレッドは下腹からこみ上げるものを止め

ることが出来なかった。

 股間を押さえる手の隙間が、じっとりと濡れてくる。その染みは徐々に広がり、

スーツの股間から嫌な匂いが染み出してくる。

 体が耐えられず、デカレッドは失禁してしまったのである。妙な甘ったるい匂いが

ジュノーの鼻をつき、思わず顔をしかめた。

「かッ・・・かはッ・・・ぁ・・・」

 デカレッドは小さく呻くと、そのままゆっくりと地面に崩れ落ち、気を失ってし

まったのである。

「・・・やったぞ」

 ジュノーは満足そうに頷くと、デカレッドからSPライセンスを取り上げた。そし

て腕についている機械をいじり始める。

「電波妨害解除・・・と」

 電波妨害を解除したジュノーはSPライセンスに向かって、こう叫んだ。

「地球署の馬鹿ども! 聞いてるか!?」

 すると間をおかずに、ドギーが答えた。

「誰だお前は!?」

「俺はジュノーだ」

 そう言ってから、股腕の機械を操作して、今度は視覚妨害を解除する。

「この近くに隠れてるデカレンジャー達に告げる! 俺はデカレッドに勝った! あ

そこで倒れてるのが見えるか!?」

 そう言って、地面に倒れているデカレッドを指さした。

「おい!」

 ホージーこと戸増宝児の声が、SPライセンスを通して聞こえてきた。

「デカレンジャーども! あれが見えるか?」

「お前バンに何をした!?」

「何って股にパンチを食らわせてやったら奴は小便漏らして気絶したぜ」

「何だって!?」

「お前らデカレンジャーからバカレンジャーに名前を変えた方がいいんじゃねぇのか?」

「黙れ!」

「言っておくが、お前達はここへ入ってこられない。今までの事は全部こっちが妨害

してたから、お前達は何も知らない。マヌケもいいとこだな」

「貴様! すぐに出てこい!」

「嫌だね。お前らが入って来いよ。と言ってもこのバリアーは簡単には破れないぜ。

これから俺は要求をする。デカレッドは人質として俺が預かる。俺の要求が通った

ら、デカレッドを返してやろう」

「おい、お前らの最高責任者は誰だ?」

 とジュノーが呼びかけると、

「ドギーだ」

 とドギーが通信に出る。

「要求は何だ?」

「兄貴をムショから出してやってくれ。兄貴が出てきたら俺が指定する場所へ連れて

くるんだ。それから、兄貴と一緒にデカレッドの身代金も用意するんだ」

「金額は?」

「三十億円だ」

「何だと!?」

「耳が悪いのか? 三十億だよ三十億! 全部キャッシュで用意しろよな。兄貴と身

代金が揃ったら、N遊園地に連れてくるんだ。兄貴と金を確認したらデカレッドを返

してやる。まあそれまで生きていればの話だがな」

「そんな要求が通ると思ってるのか!?」

「おっともう一つ忘れてた。どうも忘れっぽくっていけねぇや。俺と兄貴の犯罪歴を

データベースから抹消してもらおう。要求はそれだけだ」

 SPライセンスを閉じてデカレッドに返してやると、気絶したままの彼をかかえ

て、事前に掘っておいたトンネルの中へと、ジュノーは姿を消したのだった。