チェイン・リアクション(3) 

スカーフェイス

 

 隠れ家に身を潜める五人の刺客、コルテス、アンディ、ウージー、ドミニク、フェル

ディナンドは、それぞれ酒の入ったグラスを傾けながら、テツを倒し、捕獲する作戦を

練っていた。

 狭いプレハブの中は、ウージーがふかしている大麻の煙が充満して、フェルディナン

ドが息苦しそうに咳き込んだ。

「おいウージー」

 とフェルディナンドがウージーをにらみつけて、言った。

「なにもこんな辺鄙(へんぴ)なところまで来て大麻はないだろう?」

 するとウージーは煙を口に含み、フェルディナンドの顔に吹きかけ、

「だってよぉ、こっちにきてからずっとこんなクソみてぇな場所にじっとしてるだけだ

ぜ? することがなくて死んじまうぜ! 奴をおびき出す頃にゃ俺達みんなミイラにな

ってら! それにファミリーは麻薬禁止だろ? でもその目はここまで届かねぇ。なに

やったって俺の自由じゃねぇか。ドミニクだってモク(煙草)やってるしよ」

 とウージーがブツクサ言い出すと、コルテスが机を叩いた。

「おめぇら少し黙ってろ! ウージー、さっさとハッパ消しやがれ! ドミニクもだ!

 いいかおめぇら忘れるんじゃねぇぞ? 俺達はテツを殺しにきたわけじゃねぇ。生け

捕りにしなくちゃならねぇんだ。奴だってバカじゃねぇ。そう簡単に事は運んじゃくれ

ねぇのさ。だからこうして作戦を練ってるんだろう!? シャキッとしねぇか!」

「うるせぇよコルテス! いつもいつもでけぇツラしやがって! 俺はいつてめぇの子

分になったんだ!?」

 コルテスは勢いよく立ち上がると、グラスの中の酒をウージーの顔にぶちまけて、剣

を抜くとウージーの首筋に突きつけた。そして、

「黙れ! 俺達はチームだ! お前みたいなカス野郎がスタンドプレーしたりするとな、

困るのはこっちなんだ! ドンは俺をまとめ役にしたんだから俺の言うことを聞いてり

ゃいい。文句があるなら二度と喋れないようにしてやるぜ!?」

 と言ったのである。プレハブの中が一気に静まりかえり、ドミニクは目を伏せて煙草

を消した。

「コルテスの言うとおりだ。ウージー、少し調子に乗りすぎだぞ」

「なんだよドミニク!? お前こんな野郎の言うこと聞くのかよ!?」

「黙れよ。コルテスは間違ったことを言っちゃいねぇ。それだけだ」

 ドミニクが言うと、それに続くようにアンディが口を開き、

「その通りだ」

 と呟いた。

 一人静かにグラスを傾けていたフェルディナンドは大きくため息をつくと、

「コルテス、剣をしまえ。みんな落ち着けよ。・・・案外スタンドプレーも役に立つか

もしれない」

 と言ったのである。コルテスが剣をしまい椅子に腰掛けると、グラスに酒を注ぎ始め

た。

「どういう事だ?」

「たとえば、テツを上手くおびき寄せたとしても、ほかの仲間が来たらやっかいなこと

になる。こっちがつかんだ情報によれば、地球署のドギーは嘘の情報をでっち上げてテ

ツをこの星から逃がそうとしてる。だけど、それに気づいたテツは逆に僕たちの動きを

探ろうとして、まだここに残ってるんだ」

「何が言いたいんだ?」

「つまり、僕たちの中の誰かが騒ぎを起こしても、テツは地球から離れたように見せか

けようとして現れない。現場に来るのはレッド、ブルー、グリーン、イエロー、ピンク。

事によっちゃドギー。先にこいつらを片づけてしまえば、残るはテツ一人になる。チー

ム対チームじゃ逆にこっちが撃退される可能性が高いからね」

「つまり、テツ以外の地球署の奴らを先に片づけて、あとでじっくり料理しようってわ

けだな?」

「その通りさ」

「じゃあ話は早いぜ! このウージー様が大暴れして奴らを皆殺しにしてやる!」

「待てウージー。殺しちゃダメだよ? それこそテツが死にものぐるいで向かってくる。

・・・今、ある装置を作ってる。それが完成するまで身動きが出来なくしてほしい。テ

ツの判断力を奪い、こっちの罠にはめる。この作戦を上手く運ぶには、テツ以外の奴ら

には手負いになってもらう必要があるんだ」

「・・・よしウージー、お前適当に騒ぎを起こせ。俺達は万が一テツが現れた時に備え

ておく。戦闘能力の低い奴らだから、お前一人でも十分だろう。・・・行け!」

 コルテスがそう言うと、ウージーは不気味な笑みを浮かべて、プレハブから出ていった。

 

 そのころ、テツは一人、五人の刺客の情報源になっている男を捜していた。木星人の

ランスである。武器の密売を一手に引き受け、犯罪者達に売りさばき、またその対価と

して得た情報を流している男である。

 ランスがよく顔を出す異星人の酒場へ来ると、テツはポケットに忍ばせた拳銃の感触

を確かめるように手で握り、酒場のドアを開けた。

 中は薄暗く、テツにはよくわからない音楽がガンガン鳴り響き、客が吸う煙草の煙で

酒場の中はまるで煙がくすぶっているようだった。

「いらっしゃい」

 酒場の主人がテツに声をかけた。テツはカウンターに座り、

「ランスって名前の木星人、来てますか?」

 と言った。

「さあ? 知らないね」

 と主人がとぼける。テツは少額のお金をそっとカウンターの上に置くと、主人がそれ

をポケットにしまい、

「奥のボックス席で銃を売りさばいてる」

 と呟いた。

 テツは席を立ち上がり、店の奥にあるボックス席を見つめた。どす黒い肌をしたラン

スが、ヤクザ相手に喋っている。

 ヤクザが席を立つのを確認すると、テツは再び椅子に座り、ヤクザをやり過ごした。

そして再び立ち上がると、ボックス席に座って煙草をふかしているランスの元へ足を向

けた。

「ここ、いいか?」

 と声をかけると、驚いたランスが銃に手を伸ばす。だがそれよりも早く、テツの拳銃

がランスの額をとらえていた。

「下手な事はしない方がいい」

「わ、わかった」

「両手を足の下にはさめ」

「ああ・・・」

 言われたとおり、ランスは両手を太ももの下へ潜り込ませた。それを確認するとテツ

は拳銃をしまい、椅子に腰を下ろした。

「なんだよ。俺は何もしちゃいねぇぜ?」

「ならどうして俺の顔を見て銃に手を伸ばしたんだ?」

「そ、それは・・・」

「別に捜査できてるわけじゃない。聞きたいことがある」

「なんだよ」

「・・・モントリアーニ・ファミリーから何人か客が来てるはずだ。知らないか?」

「知ってる。コルテス、アンディ、ウージー、ドミニク、フェルディナンド。この五人だ」

 やはりそうか・・・。来るとしたら奴らしかいない・・・。

「フェルディナンドはファミリーの相談役だ。あんたを目標にしてるのは相談役以外の

四人さ」

「相談役以外に、科学者って顔も持ってるんだろ?」

「ああ」

「奴らの潜伏先は?」

「知らないな。確かに奴らに情報を流してるのは認めるが、いつも電話で話してる。そ

れも向こうからかかってくるんだ。公衆電話だから居場所もわからねぇよ。ただはっき

りしてるのは、あんたの命が欲しいわけじゃない。あんたを生け捕りにして、奴らのボ

スに引き渡すことさ」

「向こうの目的ははっきりしたな。・・・それにしても、よく喋るじゃないか?」

「そうか?」

 ランスはそっぽを向いて煙草に火をつけてせわしなく吸い始めた。額に妙な汗が浮か

んでいる。何かある。テツはそう直感した。

 その直後である。突然テツのブレスロットルから音が鳴り響いた。通信である。

「はい!」

 テツが答えると、デカベースのメカニック担当、白鳥スワンが、

「やっぱりまだ地球にいたのね」

 と言った。

「ばれちゃいましたか・・・。どうしたんです?」

「今すぐデカベースに戻ってきて。ただし、人目に付かないように」

「な、なぜ!?」

「ドギー達が・・・」

 テツはつばを飲み込んだ。

「わかりました」

 テツは席を立つと、急いで酒場をあとにした。


 デカベースの入口まで来ると、スワンが血相を変えて飛び出してきた。

「こっちよ! ついてきて!」

 と言ってデカベースの中へと駆け込んでいく。不安を胸に、テツもそのあとに続いた。

 デカベースの中にある治療室。窓の向こうには六つのカプセルベッドがあり、一つを

除いて、すべてのハッチが閉まっていた。

「何があったんですか!?」

「今から五分前よ。モントリアーニ・ファミリーを名乗る異星人が都庁前で暴れ出した

の。それでドギー達が出動したんだけど、こんな姿で戻ってきたの・・・」

「こんな姿って・・・」

 テツは言葉を失った。

「・・・中に入ればわかるわ」

 スワンはそう言って、ドアを開けた。

 中に入り、最初のカプセルを覗き込む。全身を包帯で巻かれたドギーが横たわっていた。

ドギーの顔には大きな傷がいくつもあり、ガーゼから血がしみ出している。そして時折

苦しそうに喘ぎ、身をよじっている。

 二つ目のカプセルにはバンが、同じように血まみれで横たわっていた。左腕を潰され

たらしく、ギプスで固定されている。

 ホージー、センも似たような状態だった。ただ、一番ひどくやられていたのは、ウメ

コとジャスミンであった。

 二つのカプセルを覗き込んだテツは思わず目をそらした。そして乱れる呼吸を整えて、

もう一度カプセルを覗く。

 ウメコ、ジャスミンは、顔面を包帯で巻かれ、あるはずの両腕と両足がなくなってい

たのである。

「彼女たちが一番ひどいわ。デカスーツを引き裂かれたあげく、マスクを破壊され、顔

面を潰されたの。ここに運ばれた時は原形をとどめていなかったわ。今は麻酔で眠って

いるけれど、ドギーの口から二人のことを聞いた。目の前で両手両足を・・・、まるで

虫の足を引きちぎるみたいに・・・」

 それだけ言うと、スワンの目に涙が浮かんだ。

 テツの心の中に、怒りがふつふつとこみ上げてきた。踵を返し部屋から飛び出そうと

したときだ。スワンがその腕を強くつかんで引き留めたのである。

「放してください!」

「ダメよ! これは罠だわ! あなたは今判断力を失ってる。今行けば殺されるわ!」

「たとえ死んでもかまわない! 刺し違えてでも・・・。俺は行きます!」

 テツはスワンの手を振り払った。

「待って! テツ!」

 駈けだしていくテツの耳には、スワンの声は届いていなかった。