〜 第4話 〜

 

------  8月22日 09:27  ----------------------------

 

森田が校門に姿を見せてしばらく経った。森田はすぐに校舎に入るという僕の予想に反し

グランドに立ち止まってこちらを見ている。口元には笑みを浮かべていた。

ふと横を見ると岡田や三宅の顔も微笑んでいる。何か勝ち誇ったような笑みだ。

後輩にバカにされている。股間が熱くなった。

 

僕はとっさに三宅の方に身体を向けた。

 

   僕「何だ。森田も来る事になっていたのか」

 

 三宅「あっ。えぇ。まぁ」

 

   僕「来るなら3人一緒に来ればいいだろうが」

 

今度は岡田の方を向く。

 

 岡田「えっ。いや。そんな事は僕に言われても」

 

今までノーパンの僕を視線でいたぶり僕が抵抗しない事に安心し始めていた

矢先だったのだろう。2人ともしどろもどろな返事だ。

 

ただ驚いたのは2人だけではない。僕も自分の行動に驚いた一人だ。

後先の事を考えない行動だったのだ。窓の外を見ると森田が異変に気づいて校舎に

走り込んでいる。

 

今後の事を考える時間もなかった。ドタドタと廊下を走る音がしたかと思うと

森田はすぐに教室に駆け込んできた。その時の僕はちょうど森田に正面を向けていた。

ノーパンのサッカーパンツが少しテント状になっている。

 

  僕「何だ。うるさいなぁ。2年生の教室に何の用なんだ」

 

 森田「えっ。あぁ。あのスミマセン」

 

これまた咄嗟に出た言葉だった。しかし森田の気勢をそぐ効果は十分あった。

押っ取り刀で入ってきた森田もまともな返事ができないでいる。

だが僕は後が続かない。次の言葉がなかったのだ。それは森田達も同様らしい。

みんなが次の言葉を模索して妙な沈黙の時間に入る。

その間も僕の半勃ち状態のサッカーパンツは3人の後輩の目に曝されたままだ。

 

“何を見ているんだ”という言葉を僕は飲み込んだ。返事が怖かった。

僕が一瞬の躊躇を見せた瞬間。森田が口を開いた。

 

 森田「実はね。キャプテン。変な噂を耳にしたんですよ」

 

  僕「噂?。何だよそれ?」

 

 森田「キャプテンが今日。ノーパンで登校するって話ですよ」

 

元々が言葉を選んで話のできるような頭を持ち合わせていない男だけに

ストレートな言い方だ。或いは僕の先制攻撃で予定していた言葉を失ったのか。

どちらにしても今度は僕が返事に窮した。

 

 森田「本当なんですか。その噂?」

 

森田が畳みかけてくる。“否定したらどうだろう”。或いは“いっそ認めてしまえば”。

頭の中で考えが巡った。しかし結論には達しなかった。一瞬の沈黙が明暗を逆転させた。

 

 三宅「なんだか論より証拠という感じですよねぇ」

 

言葉を挟んできた三宅の視線の先には僕の股間がある。岡田も笑みを浮かべながら

同じところを見ていた。

 

僕はサッカー部のエースでありキャプテンだ。それが今はほんの4ヶ月前までは

まだ中学生だった後輩から視線で嬲られ言葉で責められている。

屈辱だった。

 

しかし屈辱を感じる一方で僕の心に別な想いが起き始めていた。それはさっき

こうしていたぶられる姿をクラスメイトである信太に見られたいと思った時に

漠然と感じたものに似ていた。

 

 

------  8月22日 09:40  ----------------------------

 

僕は沈黙していた。

 

 森田「どうなんですかキャプテン。まさかそのサッカーパンツの下には

    何も穿いてないって事はないですよね」

 

 岡田「まぁ普通はそんな格好で学校には来れないと思うけど」

 

 三宅「そうそう。普通はそうだけど何かまさかって気もするんですよ」

 

3人の後輩は僕の沈黙を良い事に言いたい放題を始める。

しかし僕は何も言えなかったのではない。何も言わなかったのだ。

こうして味わわされる屈辱感に酔っていた。

そう僕ははっきりと感じていた。もっと苛められたいと。

 

ガラッ。

 

その時だ。教室のドアが開いた。

そしてそこには健次郎の姿があった。

 

僕は何を考えていたのだろう。僕は一瞬にして夢から覚めた想いがした。

こんな姿を健次郎に見られたくはない。

僕は脱兎のごとく駆け出した。健次郎が開けたドアから飛び出し

そのままグランドを横切って校門を出た。

 

 

------  8月22日 10:00  ----------------------------

 

Xとの約束の時間は9時から1時間。本当なら教室にいなければならない時間だ。

しかし僕がいたのは河川敷の公園。きのう健次郎と会った場所だった。

 

僕が逃げ出した事をどう思うだろう?。健次郎は。森田達は。そして謎の脅迫者Xは。

これからの事も考えねばならない。とにかく考える事が多すぎる。

その割に良い考えは何も浮かんでこなかった。

とりわけ一時的とはいえ僕がマゾヒスティックな欲望に駆られた事は

僕の思考を混乱させた。

 

いったい何でこういう事になってしまったんだろう。

ふと長野の顔が思い浮かんだ。

あいつだ。あいつのせいなんだ。サッカーなんてできる身体じゃないのに。

いや。今さらそれを言っても何もならない。あいつにケガをさせたのは事実なんだ。

 

待てよ。Xが長野の肩を持って僕に罰を与えようとしているのなら

ここは長野に花を持たせてやれば良いんじゃないのか。

僕が中心になって長野の為の引退試合を企画するんだ。

そうすりゃXも気をよくするだろう。

得体の知れない奴の為に何かをするのは悔しいが今は仕方がない。

 

名案だと思った。

しかし僕の考えが大人の世界の思惑で打ち砕かれる事を

この時の僕は知らなかった。