〜 第2話 〜

 

------  8月21日 14:55  ----------------------------

 

遅い。僕は時計を見ながらイライラしていた。僕は健次郎と河川敷の公園で

待ち合わせていたのだ。約束は3時。いつもなら15分前には来ているはずの健次郎が

今日はまだ来ていない。僕が5分も待たされた。Tシャツにハーフパンツという軽装でも

無性に暑さを感じた。

 

 兼末「あっ。どうも。お待たせしました」

   僕「うん。本当に待ったよ」

 

僕はもう一言何か言いたかったけれど健次郎の顔を見たら何も言えなかった。

正直ほっとしていた。正体不明の人物からのメールを受け取ってからというもの

頼れるのは健次郎だけだという想いが強い。僕らは近くのベンチに座った。

 

 兼末「で。今日は何か?」

   僕「うん。・・・」

 

僕は言いよどんだ。今さら言い難い話だ。

 

  僕「例のメールの話だよ。やっぱり無視するわけにはいかないだろうか」

 兼末「無視するんですか?」

   僕「だってそうだろ。俺が言いなりになったら罪を認めた事になるんじゃないのか」

 兼末「それは違いますね。相手は証拠のビー玉を持ってるんでしょ。

    相手は証拠を握っていて兄さんの罪を前提にメールを出してきてるんです。

    その前提を崩すような事をしたら相手は何をするか分かりませんよ」

  僕「でもな。相手は半年という期限を付けてるんだぞ。って事はだ。

    これからも何か言ってくるって事じゃないか。

    それに森田達3バカの事もあるぞ。あいつらに俺には弱みがあるって事を

    証明してしまうわけだろ」

 兼末「うーん。メールの相手をXとしましょう。Xは自分が検事か裁判官にでも

    なった気分でいると思うんです。兄さんの罪を暴いて自分で判決を下してた

    つもりなんですよ。だから半年と決めた刑期も守るでしょうね。きっとXは

    そういう自分だけの正義感みたいなのを持った奴ですよ。  

    それに半年後となると問題の事故からは8ヶ月が経つ事になります。

    例えば今ならXが証拠のビー玉を添えて警察なり学校なりに訴えたと

    しましょう。事故から2ヶ月後の今だったら『すぐには事故との関係に

    気が付かなかった』と言っても信じてもらえるでしょうね。でも8ヶ月も

    経っていたらどうです。みんな『何で今頃』と思うんじゃないですか。

    かえってXが疑われますよ。つまり今はXが有利でも時間が経てば経つほど

    Xは不利になるんです。

    それから3バカの件ですね。こっちは兄さんがXに弱みがあるのは分かっても

    それが具体的にどんな事かが分からない限り心配はないでしょう。

    そしてXの性格から察して他言する事もないと思いますよ」

 

僕は健次郎の話を聞きながら内心ではウンザリしていた。健次郎の話は理詰めで

いちいち納得できる。でも僕が求めているのはそんな物じゃない。『こうすればXの

言う事を聞かなくても済みますよ』という話が欲しいんだ。それはどうしても得られない

物なのだろうか。    

 

   僕「結論から言えば今のところお前でもお手上げなんだな」

 

僕は最後の念押しをしてみた。少し皮肉も込めたつもりだった。

 

 兼末「昨日も言ったように今は相手の出方を見るしかないですね。少なくとも明日は

    そうですよ」

 

健次郎にはサラリとかわされた。『お手上げ』ではなく『出方を見る』のか。

物は言い様だ。

 

 兼末「それとね。兄さん」

   僕「んっ?」

 兼末「僕が相手の出方を見たいと思うのには別な意味があるんですよ」

   僕「えっ。何なんだ?」

 兼末「知っての通りウチの会社は兄さんのお父さんが製造部門。ウチの親父が営業を

    担当してるでしょ。早い話が兄さんのお父さんが良い物を作って

    ウチの親父がそれを売るっていう分担ですよね」

   僕「うん」

 兼末「でもねぇ。兄さんだってこんな小さな町でお山の大将をやっていようなんて

    考えてないですよね。僕らの代には東京とか大阪にも進出したいと

    思いませか」

   僕「まぁ。できればの話だがな」

 兼末「当然ですよね。こんな田舎町じゃ社長室から外を眺めても山と田圃だけでしょ。

    僕らの時代には東京の一等地にビルを建てて国会議事堂とか皇居とかを

    見下ろしてやりましょうよ」

 

考えてもみなかった。しかし魅力的な話ではあった。

 

 兼末「親父達のやってる仕事って結局は表の仕事ですよ。人に見られて

    恥ずかしくない仕事です。

    でもね。会社を大きくするにはウラの仕事のできる人間が必要です。

    例えば金で役人とか政治家を味方に付けたりとかね。そういう仕事って

    僕らがやるわけにはいかないでしょ。僕らは表の人間ですから。

    それを将来Xができるようになるのか。Xがそれだけの素材かどうか

    見てみたいと思うんですよ」

   僕「なるほど」

 

健次郎の言う東京の社長室に立つ僕の姿が脳裏に浮かんだ。悪くない話だ。

思わず笑みがこぼれた。

 

 兼末「それじゃ今日はもういいですか」

   僕「あっ。いや。ちょっと待ってくれ」

 

僕は我に返ってベンチから立ち上がろうとする健次郎を止めた。

 

 兼末「えっ。他にも何か」

   僕「うぅん。お前にこんな事を聞くのもどうかと思う話なんだけど」

 兼末「何ですか」

 

さっきよりも言い難い話だ。平然と聞き返してくる健次郎が恨めしい。

 

   僕「うん。あのな。そのぅ。Xはサッカーパンツを穿いてでな。

    でもその下には何も穿かないで」

 兼末「ノーパンって事でしょ」

 

アッサリ言われた。

 

   僕「うっうん。そういうのって人が見て分かるものなのかな」

 兼末「そうですねぇ。一概には言えないんじゃないですか。その人のナニのデカさとか

     他にもサッカーパンツの丈の長さとか。そういう事も関係すると思いますよ」

   僕「そっそうだな。それでな。健次郎」

 

僕は立ち上がってハーフパンツを脱いだ。下はサッカーパンツだ。

 

   僕「俺が今。この下にパンツを穿いてるかどうか分かるか」

 兼末「穿いてないんでしょ」

   僕「えっ!。やっぱり分かるのか」

 

僕の声が大きくなった。事実サッカーパンツの下には何も穿いていなかった。

透けて見えるのを恐れて色は青。少し長めのを穿いていた。

 

 兼末「分かるって言うか。ノーパンだからそれが分かるかどうか聞いてみたわけでしょ」

   僕「うっ。それはそうだけど。いや俺が聞きたいのは」

 兼末「えぇ。聞きたいのは第三者から見てノーパンと分かるかどうかですね。

    大丈夫ですよ」

   僕「本当か。本当なんだな」

 兼末「ええ。論より証拠っていうか試しに少し散歩してみましょう。人とすれ違っても

    分かりっこないですよ」

 

健次郎はそう言うとさっさと歩き出した。

 

   僕「おっおい。俺はパンツを穿いてないんだぞ」

 兼末「だから見た目にそれが分からない事を証明したいんでしょ。大丈夫ですって」

 

僕は仕方なく健次郎について歩き出す。日差しを遮る物がほとんどない公園には

人通りも少ない。しかし全くいないのかと言うとそうでもない。人とすれ違うたびに

僕は暑さとは別の汗をかいた。

 

公園を一周したところで健次郎が缶コーヒーを買ってきてくれる。旨かった。

 

 兼末「いいですか。見た目はTシャツとサッカーパンツなんですよ。それを不思議に

    思う人なんていませんよ」

 

実際のところ健次郎の言う通りだ。すれ違う人の様子には何ら変化は見られない。

 

 兼末「それじゃ。今度は一人でもう一周してみますか。明日は一人なんだし。

    あっ。ハーフパンツは僕が持っていますよ。人とすれ違う時これで前を隠そうと

    してたでしょ。無意識の行動だと思いますけど余計に目立ってしまいますから」

 

無意識ではなかった。意識してやった事だ。しかし今まで順調だった事もあって僕も少し

自信がついてきた。健次郎にハーフパンツを渡して一人で歩き出す。一人になった事の

緊張感はあったが最初だけだ。すぐに人とすれ違う時も気にならなくなる。

むしろ蒸し暑い中で川から吹き上げる風を股間にストレートに感じるのが

心地良くさえあった。

 

   僕“くそー。俺はこんな事にビクビクしていたのか”

 

健次郎にそんな姿を見せてしまった自分が恥ずかしい。何かで挽回できないか。

ふと僕は公園の片隅にサッカーボールがあるのを見つけた。捨て置かれた物らしい。

僕はそれを拾うと健次郎に手招きした。ボールを健次郎に向かって蹴る。

健次郎も蹴り返してきた。ノーパンでも何も変わらない。ピンポイントのパスが

再び健次郎に向かっていく。ボールが僕と健次郎の間を往復する度に僕の自信は

大きくなっていく。

 

しかし健次郎の蹴ったボールが大きくそれた。

 

   僕「ヘタクソ〜」

 

僕は健次郎に悪態を付きながらボールに向かって走った。

 

   僕“うっ”

 

僕は自分がノーパンである事を思い知らされる事になる。走るとサッカーパンツの中で

チンポが左右に揺れた。ボールに追いついた時にふと股間を見ると少し勃起している。

サッカーパンツの股間が少しテント状態になっていた。今は健次郎に背を向けているが

ボールを蹴る時はこれを健次郎に向けなければならない。

 

 兼末「兄さん。どうかしたんですかぁ」

 

振り返ると健次郎がこっちに歩み寄ろうとしている。

 

   僕“ダメだ。こんなところを見られたくない”

 

健次郎との間には距離がある。分かりはしないと思った。ボールを健次郎に蹴り返す。

健次郎もまた蹴り返してきた。勃起したチンポを健次郎に向けていなければならないのは

恥ずかしかったが今は止めるわけにはいかない。せめてもの救いは健次郎がミスキックを

したお陰で二人の距離はさっきよりも離れた事だ。しかしそれも諸刃の刃で距離が出た分

健次郎のミスキックが増えた。僕がサッカーパンツの中のチンポを振ってボールを追う

羽目になる。

 

そして第二の不幸が訪れた。さっき缶コーヒーを飲んだせいかトイレに行きたく

なったのだ。公園のトイレは一カ所だけ。健次郎の背後にあった。トイレに行くには

どうしても健次郎の前を通らなければならない。しかし勃起は治まりそうもなかった。

そしてトイレの我慢も限界だった。

 

   僕“クソー”

 

僕はボールを健次郎から大きくそらして蹴り飛ばした。健次郎がボールを取りに行く間に

トイレに駆け込む算段だ。僕はボールを蹴ると同時に走り出した。

 

 兼末「えっ?」

 

健次郎は僕の突然の失踪に驚いてボールを追うのを止めてしまったが

今はそんな事を気にしていられない状態だ。万が一にも漏らしてしまえば取り返しが

つかなくなる。僕は必死の想いトイレに駆け込んだ。サッカーパンツの下からチンポを

出して用を足す。安堵感に身体が包み込まれる一瞬だった。

 

 

------  8月21日 17:00  ----------------------------

 

僕は自分のマンションに帰った。複雑な心境だった。

ノーパンでも何とかなる。それは分かった。健次郎の言う会社の将来像も魅力的だ。

その為にXの実力を見極めたいというのも理解できる。

しかしその為に僕がXの実験台にならなければならないのかと思うと納得できない。

 

   僕“そうだ!!”

 

僕は妙案を思いついてパソコンに向かった。

 

 

------  8月21日 21:00  ----------------------------

 

健次郎のパソコンに一通の映し出されていた。僕がXに送ったメールだ。

 

 僕は確かに長野君に悪い事をしてしまいました。しかしそれは兼末にそそのかされて

 やった事なんです。事故の後も彼は「階段にビー玉を置くならもっと上に置けば

 良かった。障害者なんて生きていてもいなくても良い」とか言って

                 ・

                 ・

                 ・

 

ウソ八百を並べたメールだった。

 

だが。

 

 兼末「兄さん。たしかにもっと上に置いても良かったんですよ。そしたら長野さんには

    命取りになったかも知れない。そして兄さんにとってもね」