〜 第1話 〜

 

------  8月1日 15:00   ----------------------------

 

僕は紅白戦をしているサッカー部員をよそにグランドのフェンスを通して外を眺めた。

丘の上にある僕の高校からは町が一望できる。県庁所在地と言ってもたいした産業もない

田舎町。気候も夏は灼熱地獄で冬は一変して雪国になる。とにかく住みにくい町だ。

町の外れに広大な敷地を持つ工場が見える。親父の会社だ。

企業城下町−この町はまさに親父の会社で持っている。

親父が殿様で僕は若様だ。しかし『親の七光り』という言葉は僕には当たらない。

勉強はずっとトップクラスだしスポーツもオールマイティにできる。

サッカー部をベスト4まで引っ張ってやったのも僕の実力だ。今年の3年には良い想いを

させてやったと思っている。

僕は17歳の2年生。今日から僕がキャプテンになった。

 

僕は視線をグランドに戻した。途端に目を覆った。

 

   僕「三宅!。お前どこにパスしてるんだ!!。

    森田!。お前もスペースに走り込め!!。

    岡田!。立ってるだけじゃ案山子と同じだろうが!!」

 

先が思いやられた。

中途半端−この学校の連中の為にあるような言葉だ。世間的には『坊ちゃん学校』と

言われている。その内実は『鷹が産んだ鳶』の集まりだ。かと言ってバカと言うほど

でもなく何もかもが中の上ぐらい。いやプライドだけは一級品。そして強い奴には大人しく

弱い奴には強気に出るのも連中の特長。とにかくくだらない連中の集まりだ。

 

 

------  8月20日 08:00   ----------------------------

 

ピンポ〜ン♪。

ドアのチャイムが鳴ると同時に僕はソファから飛び起きてドアフォンを取った。

 

   僕「もしもし」

 兼末「あっ。健次郎です」

   僕「うん。入って」

 

僕は慌てて玄関に行ってロックを外した。兼末健次郎を招き入れる。高校に入った時

親父が買ってくれたマンションだ。

 

 兼末「どうかしたんですか?。今日はえらくレスポンスが早いし

    それに何かお疲れ気味みたい」

   僕「う。うん。まぁな」

 

僕は言葉を濁しながらも内心「鋭い奴」と思った。鳶ばかりの高校でも

こいつだけは別格だ。親は親父の会社の共同経営者で副社長をしている。

僕が「若様」なら健次郎は「家老の息子」というところだろう。親同士は仲が悪いが

僕と健次郎はうまくいっている。頭は良いしなかなかの切れ者だ。歳は一つ下で僕を

「兄さん」と呼んで慕っている。何よりナンバー2という自分の立場をわきまえている。そのうち僕

が親父の跡を継いだらきっと良いパートナーになれるはずだ。

 

 兼末「それで今日は家に来て欲しいって話でしたけど何か急用でもあるんですか?」

 

ソファに腰を下ろすと健次郎はすぐに聞いてきた。

健次郎も同じサッカー部だが学校では他の連中と同じように扱っている。

健次郎の提案だ。親父の方針で会社の幹部はこの町の出身者を取る事にしているが

本当に僕らの役に立つ奴を見つける為には僕と距離を置いた方が良いという事だ。

だから二人だけで会う事は滅多になかった。

 

   僕「うん。そうなんだ。実は」

 

僕は言いかけて躊躇した。できれば言いたくない事だ。しかし相談できるのは

健次郎しかいない。

 

   僕「実は言い難い話なんだけど」

 兼末「僕になら話せると思って呼んだんでしょ」

   僕「あっ。あぁ」

 

僕は意を決して一週間前に届いた手紙を健次郎に見せた。

 

 あなたは6月末に高校で起きた事故に責任がありますね。

 あなたは差別意識から人を傷つけたんです。

 あなたの置いたビー玉は私が預かっています。

 あなたには罪の償いが必要です。

 今度はメールで連絡します。

 

文面はワープロで打たれたもので当然ながら差出人の名前はない。

 

 兼末「6月末の事故というとアレですか」

   僕「そう。アレだよ」

 

サッカー部に長野という3年生がいた。足が不自由でサッカーなんて出来ないんだが

車イスで毎日練習を見に来ていた。そして3年生最後の大会の前に

監督が「長野をベンチに入れる」と言い出した。もちろん試合に出れるわけがないが

「最後はみんなと同じグランドにいさせてやりたい」という監督のお情けだ。

 

   僕「そりゃ。本人は嬉しかっただろうよ。新聞もこういうお涙ちょうだいの話に

    飛びついてきたよな。でもこんな話が社会に出て通用するのかよぉ。

    これは不良品ですが一生懸命作りましたって言って誰が買ってくれる。

    長野がベンチに入るって事は誰かが外れるって事なんだよ。売り場から良品を

    外して不良品を置くって事じゃないか」

 兼末「それで階段にビー玉を置いたんですか」

   僕「あっ。あぁ」

 

階段の上がり降りは3年生が交代で車イスを持ち上げていた。あの日は坂本と井ノ原だった。

そして僕は階段にビー玉を置いた。本当に事故になるかどうかは分からなかったが

ともかく二人の内どちらかが足を滑らせた。坂本と井ノ原は軽傷で済んだものの

車イスごと階段から落ちた長野は足を折り最後の大会を見る事も叶わなかった。

 

   僕「お前だって言ってたよな。長野をベンチに入れるぐらいなら

    ダルマでも置いてた方がマシだって。いっそケガでもしてくれたら良いって

    言ったのはお前だぞ」

 兼末「今はそういう問題じゃないですよね。実際にビー玉を置いてケガをさせた。

    そしてそれを人に見られたわけでしょ」

   僕「それはまぁ」

 兼末「相手がビー玉を持ってるのは確かなんですか」

   僕「あぁ。手紙にビー玉の写真が添えてあった」

 兼末「それで相手はその後メールしてきたんですか」

   僕「うん。これなんだ」

 

僕はプリントアウトした紙を見せた。こっちも差出人が特定できないように

フリーメールのアドレスから送られている。

 

 これから半年間。あなたに罪の償いをしてもらいます。

 まず22日の午前9時に学校に登校する事。登校したら自分の教室に行って

 10時までそこにいて下さい。何をしていても何もしなくても自由。

 但し服装はサッカーのユニフォーム。下着の着用は不可。

 それから森田君に次の内容でメールを送ります。

 『森田君へ。私はプリンの弱みを握っている者です。

  22日の午前9時から10時まで彼は自分の教室にいます。  

  部活のユニフォームを着ていますがサッカーパンツの下は何も穿いていません。

  もし気が向いたら見に行ってください。このメールは他にも3人の人に送っています』

 上記にあるように他に3人の人に同様のメールを送りたいと思います。

 君の希望する人に送ってあげましょう。24時間以内に相手の名前とアドレスを書いて

 返信する事。このメールを無視したら困った事になりますよ」  

 

健次郎は何度もメールを読み返して何かを考えていた。

 

 兼末「変わった内容ですが精神的な苦痛を与えるのが目的みたいですね。

    それでどうするんですか?」

   僕「それを相談したくて呼んだんじゃないか。この相手が誰だか分からないか」

 兼末「99%サッカー部の誰かでしょう。事故の時にいたのは部員だけですし

    メールの送り先が学校でもらったアドレスになってるでしょ。

    学籍番号がそのままIDになってるやつ。内部の人間なら簡単に分かるけど

    外部の人間には分かりづらい番号ですよ」

   僕「それで誰か分かるか」

 兼末「3年生じゃないかと思いますね。可能性の大きい人としては

    あの事故でケガをした坂本か井ノ原。或いは長野という線も」

   僕「どうしてそう思う?」

 兼末「メールで罪の償いを半年と言ってるでしょ。これって自分の卒業までという

    事じゃないかと思うんです。それに兄さんの事を『プリン』と呼んでいますよね。

    これ3年生がたまに言うんですよ。あいつはプリンス気取りだけど

    プリンスじゃなくてプリンだ。見かけは良くても弱々しくて叩けば

    簡単に潰れてしまうって」

   僕「3年のバカどもそんな事を!。いやまてよ。そう見せかけてるって事は

    考えられないか。森田なんて反抗的だしそっちの線もあるんじゃないか」

 兼末「いや。多分それはないですね。『学校に登校する』なんて『馬から落馬する』と

    言うのと同じ間抜けな表現をしてますけどフリーメールを使ったりして

    自分を特定できないように気を遣ってます。そういう奴が自分の名前を

    堂々と書くとは思えません。

    それはそうと相手が分かったとしたらどうするつもりなんです?」

   僕「相手にもよるよ。金で解決できるのなら親父に頼んでも良い」

 兼末「う〜ん。どうでしょうねぇ。これは半分は僕のカンですけど

    相手は金よりも恨みを晴らす事を目的にしてるように思いますよ。

    金が目的ならこんなマニアックな事は言ってこないでしょ」

   僕「恨みって言われても。だいたい障害者なんて養護学校に行ってれば良いものを」

 兼末「だから今はそういう事を話してる場合じゃ」

 

しばらく沈黙が続いた。健次郎はまた何か考えているようだが名案が浮かばないようだ。

 

   僕「親父を通して警察を動かすってのはどうだろう。これだって立派な脅迫だろ」

 兼末「でも兄さんがやった事だって未必の故意による傷害致傷ですよ。これが対等な

    立場でのケンカだったら若気の至りで済みます。でも相手は障害者でしょ。

    兄さんは普通の高校生じゃない。将来の社長ですよ。

    兄さんが社長になった時の事を考えてください。過去に障害者に大ケガをさせた

    人が社長をやってる会社の物を誰が買いますか。障害者団体なんかが

    不買運動を起こして」

   僕「分かった。分かった。それでどうしろと言うんだ。

    俺はお前の意見を聞きたいから呼んだんだぞ」

 

再び沈黙が続いた後ポツッと健次郎が口を開いた。

 

  兼末「相手の出方を見るんですね。今はそれしかないと思います」

   僕「無視するという事か」

 兼末「いや。無視したら何をされるか分かりません。相手の言う通りするしかないでしょ」

   僕「おい。俺にこのメールに書いてるような格好で学校に行けと言う事か!」

 兼末「『行け』とは言ってませんよ。僕は意見を聞かれたから自分の考えを

    言っただけです。兄さんに考えがありますか」

 

逆に聞かれて僕は何も言えなかった。考えがあるぐらいだったら健次郎を呼んだりしない。

僕はガックリと肩を落とした。

 

  僕「分かった。そうしよう。でもメールだと森田の他に3人に連絡すると書いてある。

    一人は当然お前として残りの二人はどうする」

 兼末「うーん。三宅と岡田で良いんじゃないですか」

   僕「えっ。何であの二人なんだ。連中は森田の取り巻きだろうが」

 兼末「その方が良いんですよ。後々口止めする必要が出た時に三人がバラバラの

    状態より三人一組の方がやりやすいでしょ」

   僕「なるほど。それも一理ある。しかしあの3バカが揃ったら無茶な事を

    しでかすかも知れないぞ」

 兼末「3バカもそこまでバカじゃないでしょ。連中にも将来のある身ですから」

 

それもそうかと思った。いや半信半疑だったが健次郎を信じるしかないと思った。

 

 

------  8月20日 13:00   ----------------------------

   

自宅に戻った兼末は自分の部屋に入ると服のポケットに忍ばせておいた

小型カセットレコーダーのテープを巻き戻した。少し早送りして再生ボタンを押す。

 

   僕「長野がベンチに入るって事は誰かが外れるって事なんだよ。売り場から良品を

    外して不良品を置くって事じゃないか」

 兼末「それで階段にビー玉を置いたんですか」

   僕「あっ。あぁ」

 

テープを止めた。

 

 兼末「兄さん。これで兄さんの社長はなくなりましたね」

 

兼末はパソコンの電源を入れた。まずフリーメールをチェックする。

僕が送ったメールがあった。内容は三宅と岡田のアドレスだ。

次に2ヶ月ほど前に来たメールを読み返す。こっちは学校でもらったアドレスに

監督から届いたメールだ。

 

 兼末君へ

 君の提案通り長野君をベンチに入れる事にしました。彼も凄く喜んでいましたよ。

 目立ちたくないという君の気持ちをくんで君の提案である事は伏せておきました。

 そのせいで私が感謝されて申し訳なく思っています。長野君に代わって私から

 感謝の言葉を言わせてください。本当にありがとう。私は君のような生徒を持って

 幸せです。

 

何度呼んでも笑いが込み上げてくる。

 

 兼末「フン。本当に幸せな連中だよ」