ウルトラマンAの敗北

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TACの隊員の日常は過酷だ。

選ばれし者が地球を守る。

超獣が出現するときはもちろんだが、そうでない時も、朝から晩まで、訓練に次ぐ訓練だ。

北斗星司はそのTACのメインメンバーの一人だった。

夕子がいなくなり、心の支えが居なくなった半面、無理に夕子に合わせる必要もなく

肩の荷が降りたとも感じていた。

(俺一人でも、エースを支え、エースとなり、この地球を守ってみせる。)

そのとき、星司の脳裏に同僚である吉村公三隊員の笑顔が浮かんだ。

(大丈夫だろうか。明日も、見舞いに行かなきゃな。)

 

昨日の超獣との戦いで、吉村隊員とペアになった星司だったが、戦闘中の星司のミスの為に、

吉村に大怪我をさせてしまった。

責任を感じた星司は休みを取り、基地の集中治療室に眠る吉村に終日付き添ったのだった。

星司は包帯に巻かれた吉村の傷ついた顔を覗き込んだ。

(すまない。)

治療室で吉村の上に掛けられた薄い布切れに形作る、ベッドの上の長身の吉村の姿を

人知れず熱く見つめる星司。

そして、その傷ついた吉村の凛々しい顔を見つめる星司。

(キレイダ・・・・・。)

周囲に人がいないことを確認した星司は吉村の口にそっと自らの唇を重ね合わせた。

吉村は動かない。

消毒用アルコールと共に混じり合う若い吉村の体の匂いが星司の鼻を刺激した。

吉村を一人見つめる星司がそこにいた。

 

基地の中で、一人モニターの前に立つヤプール。

ヤプールの放った、昆虫モニタリンがしっかりと病室をモニターしていた。

(そうか!星司。やっとお前の姿を現したな。こうなれば吉村を徹底的に利用し、

星司の心の隙を突くしかない。)

 

その深夜、集中治療室に忍びこむヤプールの影。

体を横たえた吉村の前に立つと、ヤプールは吉村に同化した。

一瞬かっと吉村の眼は見開き、そして静かに閉じた。まるで、何もなかったように眠る吉村。

 

翌朝、星司が集中治療室に見舞いに来た。

「大丈夫か?吉村。」

星司は吉村の手をとり、小声で呼びかける。

温かくごつごつした星司の指先が、冷たく細い吉村の指先に重ね合わせられた。

(きれいな手だ。)

星司は再び吉村の口にそっと自らの唇を重ね合わせようと顔を近づけた。

まさに唇が重ね合わさろうとしたその瞬間。

星司は吉村の吐息を感じた。吉村の眼がそっと開いた。

星司の笑顔。

星司の瞳に映える吉村の傷ついた顔。

一瞬、二人の視線が交差する。

(あっ。)

一瞬の出来事に、星司は思わず顔を背け、背をむけた。

 

星司はそれから、1か月の間、吉村の顔を見ていない。

あれから、見舞いにも行かなかった。

昨日、退院し、今日から出勤のはずだ。

合わせる顔が無い。

吉村は、出勤初日、周りに明るく振る舞う一方、俺には話しかけてこなかった。

俺も話さなかった。

俺は目も合わせられなかった。

 

基地内部の居住区の一室。

星司は自室で、明かりもともさず、机に頬杖をつき、物思いに耽っていた。

(吉村・・・・・。)

 

「トントン」

ドアのノックが真っ暗な部屋の沈黙を破った。

「星司。入ってもいいか。」

吉村のよく通る声だ。

「あぁ。」

ノブが回され、ドアが静かに開き、廊下の灯が長く部屋に差し込んだ。

「頼む!。ドアを閉めてくれ。」(俺は見られたくない。)

そっとドアが閉められた。

一瞬、漆黒の闇が、部屋を支配する。

静かだ。

吉村の息づかいが聞こえる。

 

窓から射す月明かりによって、暗闇が後退し、ほのかに部屋が照らし出された。

吉村は俺のすぐそばにいた。

俺の肩に手をかけた。

「。。。。。」

「すまない。吉村。。。。俺は。。。。」北斗は重く口を開いた。

「いいんだ。北斗。」

吉村は振り返ると、すぐ後ろにあるベッドに腰掛けた。長身の吉村が腰掛けるとベッド

が音を立て軋んだ。

吉村は北斗と目を合わせようとせず、うつむき、時間を持て余したようにその細い指先を見詰めた。

「吉村。すまない。」もう一度、北斗は言葉を続けた。

「。。。。。北斗・・・。北斗、君は夕子とその、良い仲じゃなかったのか?。

なのにどうして俺に病室で。」

「。。。。。吉村。夕子とは友達だ。何も無かった。少なくとも男と女の関係ではないんだ。」と、北斗。

「。。。。。そっ、そうか北斗・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・。」

と言うと、吉村は黙りこんだ。

意を決したように、吉村がしゃべり始める。

「次は俺からの告白だ。俺は夕子が羨ましかったんだ。ずっと。北斗といつも一緒の夕子が。」

「えっ!」

ベッドに腰かけ、うつむいていた吉村が顔を上げ、北斗をまっすぐに見つめた。

そして、再びベッドが軋んだ。

吉村。それに吸い寄せられるように椅子から腰を上げる北斗。

見つめ合う二人。

今度は、吉村のほうが、優しく北斗の厚い唇を奪った。

(とうとう、北斗の心の闇を掴んだぞ。さてそれをどうこじ開けていくかだな。)

 

その後、吉村は北斗との逢瀬を積み重ね、着々と北斗を攻略した。

北斗の心と身体の隅々を知りつくす吉村。

吉村は北斗の心を読み取り、その考え方、行動パターンを習得した。

何に弱く、何が欠けているかを。

吉村はまた、北斗の身体も知り尽くした。

どこに感じ。どこに燃えるかを。

1年かけて吉村と同化し、北斗を攻略しつくしたヤプールは今が責め時だと直感した。