555悲話(17)

 

トレーシー島の港には、満載の戦闘員を乗せた輸送船が出港を待っていた。

港に通じる道も、各所でごった返している。

「フン。沈没する船から、真っ先に逃げ出すのはネズミだというのは本当らしいな」

司令官室のバルコニーを背に座った慎也が、モニタテレビを見ながらつぶやいた。

続いて、基地内を見て回る。

ほとんどが蛻の殻(もぬけのから)の状態だ。

しかし一カ所、555と対峙するトカゲ怪人の姿が、テレビに映る。

「ふふふ、宴会怪人もよくやる」

さらに一カ所。

素っ裸のダイゴを凧に縛り付け、凧揚げを楽しむゴリラ怪人だ。

「あの野郎、また余計な事を!」

慎也の顔が怒りに震えた。

もともとヒーローSM倶楽部は、いわばゲリラ部隊だ。

ゲリラが正規軍と正面から戦って、勝てるはずがない。

その意味では、“秘密基地”が“秘密の基地”でなくなった時点で、

すでに慎也の敗北であったと言える。

そして、その原因を作ったのが、ナガレに特殊発信器を持ち込まれたゴリラ怪人なのだ。

しかも、ここでダイゴをさらし者にする事は、

これから降伏文書を送ろうとする慎也にとって、マイナスにこそなれ、

決してプラスにはならないのだ。

 

それを見送る慎也の司令室を、一人の戦闘員がノックした。

「んっ?。どうぞ」

年輩の戦闘員が入ってくる。

「慎也様、輸送船が出港いたしました」

「うん。君は乗らなかったのかね」

「はい。私はもう、十分に長生きしましたし、最後まで司令官閣下をお守りするのが

 戦闘員としての務めと思っておりますので」

「死ぬ覚悟はできているという事か」

「はい」

老戦闘員はそう言いながらも、慎也の机に置かれた赤いボタンを見て、息を飲んだ。

“おそらく自爆スイッチだろう”。

ボーー。輸送船の汽笛が聞こえる。

慎也はイスを回転させ、港を離れる輸送船を見下ろした。

「兵士諸君。ご苦労だった」

輸送船に敬礼して、再び席に着く慎也。

だが、その視線は赤いボタンに注がれていた。

「君のように、最後まで私に付いてきてくれる諸君には済まないと思う。

 君達のような戦闘員ばかりなら勝てたんだがねぇ」

「慎也様。勝ちましょう。戦って勝ちましょう。まだ、負けたわけでは」

「ははは。君も若いなぁ」

老戦闘員の言葉を慎也は遮った。

「正面から戦って、勝てる相手じゃない。

 万が一、勝ったとしても、次の部隊がやってくる。それも倒しても、また次が来る。

 その繰り返しだ。いつかは負ける。

 我々のようなゲリラにとって、敵に勝つというのは、敵を倒す事じゃない。

 負けなければ良いんだよ。

 正規軍は勝たなければ負けだが、ゲリラは負けなければ勝つんだ」

慎也はそこで言葉を切った。

目は依然として、赤いボタンに注がれている。

「さて、そろそろかな」

老戦闘員は覚悟を決めた。

自爆して果てれば、防衛艦隊には真の勝利とは言えなくなる。

捕虜も死ぬから、攻撃は失敗という世論も起きるだろう。

慎也は静かにボタンに手をかけた。

ゆっくりとボタンを押す。

と、まばゆい光が慎也に注がれ、轟音が起きる。

死。老戦闘員は死を意識した。

しかし、彼は死んではいなかった。

光は慎也の背後の窓から注がれたものだった。

見ると、出港した輸送船が、業火に包まれて沈みかけている。

「君に最後の命令がある。この封筒の中の文章を、30分後に防衛艦隊に送信してくれ」

「はい」

「降伏文書だ。最後まで私に付いてきてくれた君達には生き延びてもらいたい」

「は、しかし・・」

慎也はそれだけ言うと、老戦闘員に背を向けた。

「承知しました」

老戦闘員は慎也に敬礼すると、司令室を出ていった。

廊下を歩き始めると、背後の司令官室に鍵のかかる音がした。

やがて、一発の銃声が響く。

老戦闘員は、はっとして司令官室にとって返し、ドアに手をかけようとしてやめた。

ドアに向かって敬礼すると、再び歩き出した。

 

階下でそんな事があったなど露知らず、ゴリラ怪人は屋上でダイゴを磔にした凧を揚げて

楽しんでいた。

凧は折からの強風にあおられる。

その度に、チンポの根本を凧糸で縛られたダイゴのチンポが締め上げられた。

「うぅっ」

苦痛にダイゴの表情がゆがむ。

やがて、ポツポツと雨も降り出した。

天はダイゴに、かくも過酷な試練を与えようとするのか。

素っ裸で凧に大の字で縛り付けられた上、

チンポに凧糸を結ばれて凧揚げの屈辱を受けたばかりか、

今さらに雨ざらしの恥辱が待っていたのだ。

 

凧揚げに興じるゴリラ怪人の傍らでは、すっかり無気力人間になったナガレが

頭を抱えてしゃがみ込んでいた。

“あぁぁ、こういう場合、ヒーローとしては助けなきゃいけないんだよなぁ。

 でも、相手は強いし、こっちは変身できないし、フリチンだし、短小だし・・。

 だいたい、ショウが悪いんだよ。

 何で、あいつのチンポはあんなにデカイんだ。

 あっ!。ショウのチンポがデカイのは・・”

ナガレの脳裏に、少年時代の記憶がよみがえる。

あれは、まだ小学校に入る前の事だ。

夏になると、ナガレはショウと裏山を流れる小川で泳いだものだ。

幼かった事もあって、暑い日などは構わずフリチンで泳ぎ回った。

その日も二人はフリチンで泳いでいた。

泳ぎ終わって、服を着ようとした時、飛んできたカラスのアッホーという鳴き声が

聞こえた。

ナガレは近くにあった石を拾うと、「うるさいぞ、すけべーカラス。あっちへ行け」と

カラスに投げつけた。

だが、石は目標を大きくそれ、不幸にも蜂の巣に命中したのだ。

突然の攻撃に激怒した蜂達の反撃が始まる。

蜂の大群がナガレに襲いかかった。

突然の出来事に立ちつくすナガレ。

「あっ。お兄ちゃん、危ない」

ショウであった。

蜂の来襲に気づいたショウは、ナガレを川の中に突き落としたのだ。

川に落ちたナガレが、ようやく顔を上げると、

蜂の群に全身を覆われたようなショウの姿があった。

“助けないと・・”

そう思ったものの、怖くて身体が動かない。

ようやく、蜂が引き上げたのを見て川から上がると、ショウが大の字に倒れていた。

全身を蜂に刺され、身体の至る所が腫れ上がっている。

急いで助けを呼び、家に連れて帰って、モンドの治療を受けた。

腫れはやがて引いたが、なぜかチンポの腫れだけは、科学者のモンドでも治せなかった。

“そうだ。ショウがデカチンなのは、あの時の・・”

3日間、生死をさまよった後、気が付いたショウは、

まず最初に「お兄ちゃん、大丈夫だった?」と言ってくれた。

「う、うん」と気恥ずかしそうに答えると、

「お兄ちゃんが助けてくれたんだよね。ありがとう」と微笑んだ。

“あの時のショウの笑顔・・。

 俺はあの時、ショウを助けられなかった。

 そして今も・・”

 

「いやっ!、違う!!」

ナガレは突然立ち上がった。

驚いて近寄ってきた戦闘員の胸ぐらを逆に掴むナガレ。

「おい。今、ショウはどこにいるんだ」

「うぅっ、苦しい」

異変に気づいた他の戦闘員が止めに入る。

「ザコは引っ込んでろ!」

ナガレの蹴り一発で、吹き飛ばされてしまう。

「知らない。たぶん、地下牢だ」

ナガレの目に燃える怒りの炎に恐れをなしたのか、戦闘員が白状した。

「おい。どういうつもりだ」

今度は、ゴリラ怪人が凧糸を屋上のフェンスに縛り付けて、ナガレに歩み寄る。

「こういうつもりだよ、ゴリライモ!」

ナガレのパンチが、ゴリラ怪人の顔面にヒットする。

さらに回し蹴りが追い打ちをかけた。

「うぅっ」

予期していなかった攻撃に、後退するゴリラ怪人。

だが、後退しながらも、手は腰の光線銃を引き抜いていた。

「そこまでだ、ナガレ。大人しくしろ」

「フン。今の俺は大人しくできない心境なんだよ。

 お前が引き金を引いたら、俺はお前の首が引きちぎれるまで、締め上げてやる。

 死にたかったら撃ってみろ」

ナガレの勢いに押され、ゴリラ怪人は恐怖すら感じた。

「うっ、うわぁー」

ゴリラ怪人は光線銃を放り出すと、屋上の出入り口を目掛けて、

一目散に逃げ出した。

だが、出入り口のドアを開けた瞬間。

「うわぁーー」

ゴリラ怪人は悲鳴をあげ、仰向けに倒れ落ちた。

腹には剣が突き刺さっている。

ほどなく、ドアの向こうから一人の少年が現れた。

仮面を付けたフリチンの少年。

おぉっ、最近はめっきり登場していなかったロビンではないか。

(いよいよ最終回が近いということか)

「ナガレさんですね、変身ブレスレットです」

ロビンはそう言うと、ナガレにブレスレットを投げてよこした。

「こいつには散々痛めつけられてきました。

 ゆっくり復讐がしたいところですが、時間がありません。

 慎也がピストル自殺したんです。

 たぶん、島の自爆スイッチを入れたと思いますから、急がないといけません。

 ショウ君はサンダーバードの格納庫で、トカゲ怪人と戦っています。

 僕はダイゴさんを助けてから行きますから、先に行ってください」

「よし、分かった」

ナガレはブレスレットを身につけると、階段を駆け下りていった。