朧月夜6
私には愛しい人がいた。
両手にたくさんの花を抱え、はにかんで笑う。
その手に持った花の如き美しい女。
だが、残酷な別れは突然やって来た。
ある風の強い日。
二人が住まう神社の宝物庫から火の手が上がった。
瞬く間に炎は広がり建物を飲み込んでいく。
神主たちや村人達の手により次々と宝たちを外へと避難させていく。
私と愛しい人も別々の人間によって助けられた。
ただひとつ違った事、それは女を助けたのは心清き若い神主で、私を助けたのは邪な心を持つ村人だったということだった。
私は村人の懐に収められ、どさくさに紛れて連れ去られた。
それ以来、どんなに恋焦がれても愛しい人には逢えないままだ。
今、自分の目の前に座り込んでいる娘も花のような美しさを持つ。
何より瞳に映し出される心の強さに私は惹かれてしまう。
だからこの娘の願いを聞き、叶った後に私の元へと来る事を望んだ。
だが、それは娘の意思に反することだった。
私の故郷の衣装を纏い、長い髪に牡丹の花を飾る彼女が私に向ける視線は、戦場において敵に向けられるそれと似ていた。
「私を、元の場所に返してください」
娘はリンとした声で言った。
「それは出来ない」
「これからお前はここで暮らすんだ」
「ここは争いなど無く、悲しみも怒りも無い穏やかな場所だ」
「きっとお前もここが気に入るだろう」
私は言い聞かせるように娘に言った。
愛しい人が争いの無いこの場所が好きだと言ったように、この娘もこの地を愛してくれるに違いない。否、愛すると思っていた。
だが、娘の答えは違っていた。
「私は忘れたいとは思いません!」
娘はきっぱりと言い放った。
「私は争った事で生まれた悲しみも苦しみも、自分に科せられた咎としてきちんと背負うつもりです」
「それで、大切な人や仲間とともに戦えるなら・・」
「あの人が抱える痛みを一緒に背負って行けるなら」
「私は喜んでその苦しみを負いましょう!」
娘の瞳には一点の曇りすらなかった。
口元には笑みすら浮かべている。
それは娘が決して私のものにはならない事を意味していた。
「なぜだ!」
なぜ、みんな私から離れていくのか?
なぜ私はこの娘を手に入れられないのか・・・。
「それは神谷さんが武士だからですよ」
「!!」
男は私の心の問いを聞いたかのように言った。
娘は驚いて背後を振り返る。
少し離れた所に浅黒い肌の背の高い男が立っていた。
娘と同じ・・否それ以上のリンとした気配を身に纏う。
まるで夜空に浮かぶ蒼い月のようだ。
「何者だ?」
「新選組一番隊組長、沖田総司」
「私の部下を返してもらいにきました」
声こそ冷静だが、男から放たれる殺気は凄まじいものだった。
それがこの男の強さを物語っている。
「相当な剣の使い手らしいな」
「それは貴方も同じでしょう?」
男は娘に歩み寄り、屈んで娘の顔を覗き込んだ。
「掛け軸の外からも感じましたよ」
「貴方の身震いするような殺気を・・」
「沖田先生・・」
娘は今までに無いほど柔らかく微笑んだ。
それに答えるように優しい目で娘を見つめた。
「迎えに来ましたよ、神谷さん」
「はい!」
目に涙を浮かべて嬉しそうに頷く。
その二人の姿がなぜか憎くて辛くて仕方が無かった。
「行かせはしない!!」
私は久しぶりに刀を抜いた。
「おや、どうしたんです?その表情」
「私が憎くて仕方がないって顔してますよ?」
「それにここは争いがないんじゃなかったでしたっけ?」
男はフッと不敵な笑みを浮かべて立ち上がった。
「すぐに争いは終わる・・」
「それもそうですね・・」
男も刀を抜いて構えた。
「負けるつもりはありませんよ」
お互いジリジリと間合いをとる。
下手に飛び込んだ方が負けだとお互いわかっているからだ。
それ程この男は強い。
私の胸は高鳴った。
戦うことに、強い相手に出会えたことに喜びを感じているのか?
「えぇーい!」
先に打って出たのは男の方からだった。
受け止めた刀から火花が見えた。
(楽しい戦いになりそうだ・・・)
言い訳
剣道とかやったことがないから戦いシーンとか考えるたびに
これでいいのか考えちゃいます。
武道とかって興味あるけど大人になってからだと習いずらいですよね?
でも、やってみたんだな。
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