恋とは? 中編

            


           「もう勝手にしなさい!!」
            先生はそう私に怒鳴って立ち去った。
            
            あれから数日がたった。


            先生は私と極力目を合わさないようにし、食事の時も離れた場所に座った。
            今までずっと傍にいた私たちが、離れている事に気づかない者はいない。
           「神谷、沖田先生と喧嘩でもしたのか?」
            相田さんと山口さんがお膳を持って私の両隣に座った。
           「やっぱりすぐにわかっちゃいますよね?」
            私は落ち込みを隠すように妙に明るく言った。
           「そりゃあ、いつもあれだけ傍にいればなぁ」
           「みんなイヤでも気がつくさ」
           「派手に喧嘩したのか?」
            二人が心配そうに私を見た。
            それに私は笑って答えた。

           「大丈夫です・・・」

           「ちょっと、口喧嘩になっちゃっただけですから」
           「いつもみたいにすぐ仲直りしますよ・・・」
           「そうか?それならいいけど」
           「早めに謝った方が良いぞ?」
            私の言葉に二人は幾分安心した様子で再び食事に箸をつけ始めた。

            二人はいつもの意地の張り合いだと思ってる・・。
            でも、今回はいつもと違う・・・・・。

            きっと私が変わらない限り、元には戻れない。

           (つまんないな〜)

            私は沖田先生と出かけなくなった分、一人で過ごす時間が増えた。
            屯所にいるとどうしても沖田先生と鉢合わせしてしまい、辛くて少しの
           暇さえも外に出るようになった。

            最初はお里さんのところや行った事の無い茶店などに行っていたが、
           毎日行くわけにはいかない。
            お里さんなんかは勘がいいから、きっと何かあったのだと心配するだろう。

          (茶店にいくと先生のこと考えちゃうし・・・)

            これ先生好きそうだなとか・・・・。
            先生に食べさせてあげたいとか。


            そしてそんなことを考えている自分に気がついてハッとして寂しくなる。

            だから次第に一人当てもなく、ただぶらぶらと歩いて時間が過ぎるのを待つようになった。
            
            その日も、夜巡までの空いた時間をぶらぶらと歩いて過ごした。
           「あ、何か雨降りそう・・・」
            見上げた空は、暗雲が立ち込めていた。
            その雲行きはなぜか心に嫌な予感をもたらす。
           「早めに戻った方が良いかな?」
            私は屯所に戻るため足早に歩き始めた。
            しだいに空からポツリポツリと雨粒が落ち始め、あっと言う間に雨足は強くなった。
           「わ〜、降って来た」
            雨宿りできるような場所も見つからず、私は濡れたまま走り続けた。
            時々、すれ違う人がずぶぬれの私を見て、驚いたように振り返る。
           「神谷さん?」
           「神谷さんじゃないですか!」
            傘を差した人が擦れ違い様に振り返って私に声をかけた。
           「え・・・?」
           「嘉平さん!?」
            私は立ち止まりその人の顔を見ると、あの日に初めて出会った嘉平さんいた。
           「どうしたんです?びしょぬれじゃないですか!!」
            嘉平さんは私に傘を差し出しつつ、手ぬぐいで髪や額を拭ってくれた。
           「急に降られてしまいまして・・・」
           「このままでは風邪をひきますよ」
           「ここからなら家が近いですし、お寄りになりませんか?」
            嘉平さんが善意の申し出をしてくれたのに、私は戸惑った。
            嘉平さんの家に行けば千代さんがいる。
            今はあまり千代さんには会いたくなかった。
            だって、沖田先生にあんな事を言ってしまったのは私が千代さんに嫉妬したからというのもある。
           「大丈夫ですよ」
           「千代は今、親類の家に手伝いに行っていませんから」
            表情に出ていたのか、嘉平さんは私の顔を見て言った。
           「え!?」
           「神谷さんは嘘がつけない人ですね」
            嘉平さんはにっこり笑って私を傘に引っ張り込んだ。
           「さ、行きましょうか・・・」
           「早くしないと風邪をひきます」



            嘉平さんの家に着くと、私は身体を乾かすため部屋に案内された。
           「あぁ、中までぐっしょり・・・」
            胸元を広げると、さらしまで濡れていて肌に張り付いていた。
           「一度、取った方が良いかな?」
            私は晒しに手をかけ、外し始めた。
           「神谷さん、大きいかもしれませんが私のでよければ・・・・」
            襖が突然開き、嘉平さんが着物を持って入ってきた。
            そして私を見て驚きの表情を浮かべた。
           「神谷さん・・・・その身体・・・」
            慌てて私は胸元を押さえた。
            濡れた事で肌に張り付いた着物は隠そうとしてもその膨らみを露わにした。

           (しまった!バレた!!)

            私は咄嗟に脇差しを抜いて嘉平さんに突きつけた。
           「この事を誰かに漏らせば、あなたを斬ります!」
            刀を突きつけられた嘉平さんの息を飲むのを感じる。
           「か、神谷さん・・」
           「やっぱり女子だったんですね・・・?」
           「え・・・・・?」
           「なんとなくそうじゃないかと思ってました」
           「どうして・・・・・・」
            嘉平さんの言葉に突きつけていた刀を持つ手が緩んだ。
           「とりあえず、先に着替えませんか?」
           「話はそれからです・・・」
            嘉平さんは小刀から身を外しながら言った。


            


            行灯の光が小さな部屋を照らしていた。
            その中に私と嘉平さんは向かい合って座っている。
            私は今までの事情を簡単に説明した。
           「そういうことですか・・・・・」
           「ご苦労なさったんですね」
            私は嘉平さんに手をついて頭を下げた。
           「後生ですから、このことは秘密にしてください」
           「私は新選組にいたいんです!!」
           「気持ちはわかりますが、本当にそれでいいんですか?神谷さん」
           「え・・・?」
           「どんなに男になろうとしてもあなたは女子だ」
           「心のどこかでは、女子としての幸せに憧れもあるんじゃないですか?」
            嘉平さんの言葉に私の心臓はは早鐘のように鼓動を打ち始めた。

           (なぜ・・・・?)
           (なぜこの人はいとも簡単に私の心を見透かしてしまうの・・・?)


           「やはり・・・あるんですね?」
            嘉平さんの溜息交じりの言葉に私は返事を返す事が出来なかった。
           「そんな思いを抱えているのに、あなたをそこまで新撰組に留める理由はなんですか?」
           「それは・・・・お国のために何かしたいと・・・」
           「違うな・・・」
           「そんな理由で女子が髪を切るとは私には思えない」
           「もしかして沖田先生ですか・・・・?」
           「!!」
           「図星ですか・・・・」
           「先生を好いてらっしゃるんですね?」
            私はこくんと頷いた。
           「沖田先生の傍にいられないなら、生きている理由はありません」
           「そこまで・・・・・」
           「恋とはそこまで人を強くさせるものですか・・・・」
            ふぅと嘉平さんの深い溜息が聞こえた。
           「わかりました、この事は誰にも言いません」
            その言葉に私は勢い良く顔を上げた。
           「影ながら私も協力させて頂きますよ」
            嘉平さんは初めて会ったときと同じように優しく微笑んでいた。
           「有難うございます」
            私は嬉しくて大粒の涙をこぼした。
           「雨もだいぶ小降りになりましたね」
            嘉平さんは窓から空を見上げた。
           「今日は夜番だし、そろそろ帰らないと・・・・」
            私は袖口で涙を拭きながら立ち上がった。
           「途中までお送りしますよ・・・」


           「そういえば・・・・・」
           「なぜ、私が女子とわかったんですか?」
            嘉平さんはなぜか照れたように鼻の頭をかいた。
           「それはですね・・・・」
           「あなたに惹き付けられたからですよ」
           「惹き付けられたって・・・?」
           「何にですか?」
           「わからなければ良いです」
           「えぇ!?なんですかそれ!!」
           「気になるなあ〜」
           「子供には難しいですかね?」
           「うわ!嫌な言い方」
            私が嘉平さんの背中をポカポカと叩いていると、さっきまで笑っていた嘉平さんが
           立ち止まって真剣な眼差しで先を見つめていた。
           「嘉平さん?」
            不思議に思ってその視線の先を辿ると、自然と身が強張った。

           「沖田先生・・・」
            そこには傘を差しながらも、もう一方の手に傘を持った沖田先生が立っていた。
            
         
           
          


                    言い訳(本当に言い訳)
    
                 すいませ〜ん。
                 次は総司サイドとか言っておきながらセイちゃんです。
                 書き終わっていながらも、後で読んでみたらどうしても気に入らなくて。
                 書き直したらセイちゃんになってしまいました。
                 しかも中編が出来てしまった。
                 もう無責任発言はやめますのでお許しを。


                
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