愛って何ですか?
恋って何ですか?
簡単に言葉に出来るほど、
伝えやすいものですか?
恋とは?後編1
「沖田先生・・・・」
私を見て呟いた神谷さんの身体が強張ったのがわかった。
私も呆然と目の前の二人を眺めていた。
「どうして二人一緒なんです・・・・?」
神谷さんの隣にはまるで彼女を守るかのように、嘉平さんが立っている。
それが何となく気に入らない。
「沖田先生こそどうして・・・・」
「あなたがいつまでも帰ってこないから、お節介かもしれませんが探しに来たんです」
私は彼女に近付くと、持っていたもう一本の傘を神谷さんに差し出した。
神谷さんを探して屯所を出たのは半時ほど前のこと。
今にも泣き出しそうな空だというのに、神谷さんは戻ってくる気配はなかった。
「神谷の奴、傘を持っていなかったな」
「降られないと良いが・・・・・」
斉藤さんがわざわざ私の隣に来て空を見上げながら言った。
私は内心舌打ちをした。
(この人はいつもこうだ・・・・)
(そ知らぬ振りをして私を試す・・・・)
私と神谷さんの間に何かあったことは気づいているだろうに・・・。
気づかぬ振りをして、私が足掻いているのを傍観しているのだ。
今だって私が動き出すのを待っているに違いない。
「子供じゃないんですから、どこかで雨宿りでもするでしょう」
私は斉藤さんと視線を合わせないまま答えた。
やがて雨粒が落ち始めると、雨足は一気に強くなった。
そのあまりに激しい降りに、屯所の庭には湖のような大きな水溜りが出来始めた。
「こんなに降りが強いと神谷も帰ってこれないな・・」
「探しに行かなくて良いのか?」
斉藤さんの言葉に私は返事をしなかった。
― お願いですから、もう私に触れないで下さい ―
― 先生とはいえ、他の人に誤解されるのは困ります ―
あの日、神谷さんに言われた言葉を思い出した。
(神谷さんが誤解されたくない人・・・・)
最近、神谷さんは少しでも時間があればどこかへ出かけて行く。
最初は私といる事に居た堪れないからだと思っていたけれど、
もしかしたら他の誰かと会っているのかもしれない。
今、この瞬間も・・・・・。
そう思うと、私はいても立ってもいられなくなった。
足が自然と外へと向かう。
「探しに行くのか?」
「・・・・・・・」
「気をつけてな・・・・」
無言を肯定と取った斉藤さんの見送りの言葉を背中に受けた。
そして、私は嘉平さんと楽しげに歩く神谷さんを見つけた。
楽しげに歩く二人の姿は、男の容姿をしていてもまるで恋人のようだった。
(なぜ、神谷さんと嘉平さんが・・・・)
(二人はこの間始めて出会ったはず)
あの日から、二人は毎日逢瀬を繰り返してきたのか?
誤解されたくない人とはもしや嘉平さん?
私の腹の奥底から黒いものが渦巻き始めた。
「今まで二人で何をしていたんです?」
「あの・・・・雨に降られているところを嘉平さんに助けて頂いて・・・」
神谷さんがしどろもどろになりながら話すことに疑問が湧いた。
こういう時の彼女は何か隠し事があるのだ。
「何を隠しているんです?」
神谷さんの身体がビクリと反応する。
やはり何かあるらしい。
「あの・・・・」
「もう長い事あなたと一緒にいますからね・・・そのくらいのことはわかります」
「何か言えない、やましい事でもあるんですか?」
「沖田先生・・・・そんな・・・」
彼女の目に涙が溢れ出した。
「それとも・・・」
「これも私事だから話す義務はないと言いますか?」
極め付けの一言だった。
今も私を苦しめる彼女の言葉で私は仕返しをしようとしている。
我ながら卑しいとは思うが、もう後には引けなかった。
神谷さんは更に身を固くし、震えながら言った。
「嘉平さんに私が女子と知られました・・・・・」
予想外の言葉に今度は私が身を固くした。
この人はどうしていつもこんな重大なミスをするのだろう・・・
それは自分自身の命にさえ関わるというのに。
どうしていつも私のいないところで・・・・
「私がいけないんです」
嘉平さんが私と神谷さんの間に割り込んできた。
「私は神谷さんがあまりに綺麗だったので着替えを覗いてしまったんです」
「そしたら女子と気づいてしまって・・・」
「嘉平さん!!」
神谷さんが焦ったように嘉平さんを見た。
それだけで瞬時に悟った。
(嘘だ・・・・嘉平さんは神谷さんを庇っている)
「でも、これだけは誓います」
「秘密は絶対漏らしません」
「微力ですが私なりに協力させていただきたいと思っています」
私を見返す嘉平さんの眼差しは真剣だった。
私は無意識ににやりと笑みを浮かべていた。
小さな茶店の主人が一体この人の何を守れるというのか?
可笑しさと一緒に腹立たしく思う。
私から目を逸らさないその瞳は、私と二人で話すことを望んでいるのが伝わってきた。
(良いでしょう・・・・あなたが望むなら、一対一で勝負してあげます)
私はオドオドと戸惑っている神谷さんに言った。
「今後の事について嘉平さんと話があります」
「あなたは先に屯所にお帰りなさい」
「でも、先生・・・・」
「聞こえませんでしたか?先に帰りなさいと言ったんです」
何か言いかけた神谷さんをピシャリと遮った。
神谷さんは口を噤み、私と嘉平さんを交互に見渡す。
嘉平さんが軽く頷くと、こちらを気にしつつもしぶしぶ屯所に向かって歩き出した。
私だけのものだった視線での会話を、目の前でされた事により更に渦は深くなる。
神谷さんの姿が小さくなったのを見計らって、私は嘉平さんに向き直った。
「なぜ、神谷さんを助けるんです?」
「あなたには何の得にもならないでしょう?」
私の言葉に彼は意外といった面持ちで答えた。
「それは沖田先生だって同じはずです」
「理由も先生の胸のうちにあるものと同じだと思いますが・・・」
嘉平さんの言葉に私は瞠目した。
(この人もまた神谷さんに惹き付けられたのか?)
神谷さんは無意識に人を惹き付ける。
まるで月の引力のように人を惹き付けて、暖かく照らし包み込む。
神谷さんの引力に惹き付かれた者はやがて恋心を生まれさせる。
私は嘉平さんを思い切り睨んだ。
「黙っていてくださるのは有り難いですがこれ以上の深入りは無用です」
「この事は早く忘れた方があなたのためですよ」
嘉平さんは私の脅迫にも似た言葉に屈する様子もなくフッと笑った。
「それほどまでに彼女を独り占めしたいんですか?」
「な!?」
「たまにはそういったところを神谷さんに見せて差し上げたらどうです?」
きっと喜びますよと言う嘉平さんの言葉に、私は怒りを抑えながら低い声で答えた。
「彼女は大切な部下です。」
「醜い私情を出して困らせるつもりはありませんよ」
嘉平さんは突然私の胸ぐらを掴んだ。
「あなたはわかっていない」
「神谷さんの心を知ろうとするならば、自分も打ち明けなくては駄目だ!」
「人には言葉にしないと伝わらないものがあるんです」
「あなたがそうである限り、私は諦めませんし負けるつもりもありません」
嘉平さんはそれだけ言うと、一人来た道を戻っていった。
言葉にしないと伝わらない事があることくらい私にもわかる。
でも、本当に言葉で思いの深さは伝えられるのか・・・・?
「軽く言葉に出来るほど、私の思いは簡単じゃないんですよ」
一人残された私はポツリと呟いた。
言い訳
書き直したらどんどん長くなっちゃいました。
かる〜く連載のようですねぇ。
なので後編1ということで。
もう短編じゃないですな、こりゃ。
でも、最初に書いたよりは自分なりに納得出来ているのですよ。
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恋とはその身を焦がすもの。
愛とは人を強くさせるもの・・・?