月下都市 5
ホームルームの開始を告げるチャイムが鳴り響くのを待っていたかのように
2年A組の担任教諭は教室に入ってきた。
教卓の前の定位置に着いて出席簿をトンと置くと、それを合図にしたかのように
日直が「起立!」と号令をかけた。
礼をして生徒達がガタガタと席に着き始めると、担任は静まるのを待って
「出席をとる前に・・・」とゆっくりと口を開く。
「先日話したと思うが今日は転校生を紹介する」
担任が黙って入口に目を向けると、生徒達も同じように一斉にそこに視線を向けた。
カタンと姿を現したのは小柄で綺麗な顔立ちをした少年だった。
彼が担任の隣に立つと、男子も女子も一様にざわめき始めた。
ただそのざわめきに含まれる意味はそれぞれ違うけれど・・・。
「久住セイジくんだ」
「ご両親は仕事の都合で海外に行かれることになったが彼は親戚の家に
残ることになったそうだ」
「みんな仲良くするように・・」
担任に「さ、挨拶を・・」と促されると、彼は一度ぐるりと教室を見回した。
そんな彼を、目の前に座っている2年A組の生徒もシンと見つめている。
月森も同じように担任の隣に立つ少年に目を向けた。
ふと、その瞬間に彼と目が合った。
小柄で華奢な身体つきに整えられた顔立ちはどこか後輩である志水に似ていて、
不思議なことに自分だけに向けられた視線に不快感は感じられなかった。
その彼の目つきが変わるまでは・・・。
一瞬だけ、そう一瞬だけ彼の月森に対する視線は険しいものになった。
(・・・・?)
月森はそのことに怒りや驚きよりもまず、呆けてしまった。
すぐに彼は別の所に目を向けてしまったから誰も気がつかなかっただろうが、
確かに自分に向けられたものは悪意だったことに間違いない。
(いったいなんだと言うんだ・・?)
月森は彼の横顔に目を向ける。
彼はそんな視線に気がついていないように笑みを浮かべた。
「久住セイジです。専攻はヴァイオリン、よろしく」
朝のホームルームが終わり担任が教室を出て行くと、久住の周りにはワッと人垣が
出来た。
とりわけ女子が多く、前の学校のことやいつからヴァイオリンを始めたかなど次から
次へと質問を浴びせていく。
遠巻きに見ている人間からしても、同情すべき光景だったが、
久住は嫌な顔一つ見せずに笑顔で質問に答えていく。
それが彼の持つ恵まれた容姿と相成ってクラスメイトの好感度を上げ、更に輪を広げる。
月森は次の授業の準備をしながらその様子に視線を向けた。
輪の中心にいる久住は人懐こい笑みを浮かべている。
(さっきの表情は・・俺の見間違いだったのだろうか・・?)
目が合った瞬間のことを思い出す。
今も鮮明に思い出せる表情は決して勘違いなどではなかった。
勘違いでなければ彼はなぜ自分に対してあんなことをと考える。
どこかであったことが・・?と思ったがあの特徴のある容姿に覚えはなかったし、
久住という姓に聞き覚えはない。
(彼が俺を誰かと勘違いしている・・?)
その可能性は否定できない。
(どちらにしても一方的に敵意をもたれることは今までも何度もあったが、
不愉快なことに変わりはないな)
知らず口からは重い溜息が零れた。
まだ一日の始まりの朝だと言うのに、気分は重くどんよりとした何かが渦巻いている。
制服のポケットから小刻みの振動が伝わってきた。
ポケットに入れていた携帯を取り出すと、画面にはメール受信の文字。
画面を開くと「昼休み」という題名で香穂子からのメールだった。
「昼休み」
蓮くん!今日は森の広場で一緒にお昼しませんか?。
笙子ちゃんから美味しい紅茶の葉を貰ったので淹れてきたんだ。
食後に一緒に飲もう。
淹れ方のコツも教えてもらえたのでちょっと味に自信アリです。
(でも、まだ蓮くんには敵わないかな)
きっと青空の下で一緒に飲んだらますます美味しいよ♪〜(>▽б)_旦~~
たまには頭に酸素を入れなきゃね!
あとでお返事下さい。
香穂子のメールを見て月森は立ち上がると窓を開けた。
見上げれば、香穂子の言うとおり空は澄んで青く陽に輝いている。
大きく息を吸って吐き出すと、心の中のどんよりとしたものが一緒に吐き出されて
行く気がした。
(まったく・・・)
時々、彼女は魔法でも使えるのかと本気で思う。
出会った時から、絶妙なタイミングで現れては何気ない言葉で月森の心のしこりを
取り除いていく。
(香穂子は俺を浮上させる天才だな)
閉じた携帯にそっと口づける。
以前に香穂子が選んで付けてくれたストラップが揺れた。
(香穂子がいれば・・きっと俺はどこまでも強くなれる気がする)
久しぶりすぎて話の書き方変わってしまいました(汗)