月下都市 6


                           

                  それからというもの、授業は淡々と進み、昼休みの時間がやってきた。
                  弁当を持って机を寄せ合う者、楽器を持って教室を出て行く者とで教室は賑やかになる。

                  月森は持参した弁当と楽器の両方を手に持って席から立ち上がった。
                  教室から出るために久住とその周りを取り囲む女子の横を通り過ぎる。

                 「久住くん、良かったら学校の中案内しましょうか?」
                 「ホント?」
                 「ちょうど昼休みだし、お弁当を食べ終わったらみんなで廻りましょうよ」
                 「有難う。助かるよ」

                  勝手に盛り上がる女子達にイヤな顔ひとつ見せずににこやかに笑いかける。
                  まるで月森を睨んだときとは別人だ。

                 (あれは俺の見間違いだったのだろうか?)

                  たとえば・・窓際だった月森の方に目を向けたときに陽の光が眩しくて目を細めた
                 とか?

                 (無いとは言えないがやっぱり腑に落ちないな・・・)


                  そう考えながら教室を出ようとすると、逆に教室に入ろうしていた内田に出くわした。

                 「あれ?月森出かけるのか?」
                 「あぁ、森の広場にちょっと・・」

                 「日野さんと待ち合わせか?
                 「良いなあ彼女。俺も欲しいよ」
                  
                  何も言わずとも10も100も先を読む内田に少々苦笑いする。
                  だが、言っていることは当たっているから否定することは出来なかった。
                  
                 「じゃあ・・」
                 「あぁ、日野さんによろしくな〜」
                  
                  ぶんぶんと手を振る内田に見送られて月森は教室を後にする。

                  自分を見送るもう一人の視線に気づかぬまま。




                  森の広場のひょうたん池の近くにやってくると聞こえてきたのは優しいヴァイオリンの
                 音色。
                  まるで月森を導くように耳に届く。
                  茂みをかき分けて歩を進めると、木々の隙間から普通科の制服の後姿があった。
                  どうやら香穂子はまだ月森が到着したことに気づいていないようだ。
                  その時ほんの少し芽生えた悪戯心。
                  足音を忍ばせて香穂子の背後に近付いていく。
                  そして香穂子がひとくぎりつけて肩からヴァイオリンを下ろすと、そっと後ろから
                 その細い肩を抱きしめた。

                「わぁ!れ、蓮くん!?」

                  目を丸々と見開きポカンとした表情で振り返る香穂子に思わず笑みが零れる。

                「なに笑ってるの!?蓮くんたらびっくりするじゃない!!」
                「すまない」
                「楽器落としたらどうするの?」
                「あぁ・・そうだな・・」
                「まだ笑ってる!!」
                「もう!前は絶対こんな人じゃ無かったよ」

                  ちょっとむくれて、そして悔しそうにする香穂子が可愛くてますます笑みが
                溢れてくる。
                  そんな月森を見て、初めは拗ねてそっぽを向いていた香穂子が次第に嬉しそう
                 に見つめ返し、手を繋いでくる。

                  これが幸せなんだと思う。
                  心を寄せ合い、隣にあるぬくもりを感じ、笑うということ。
                  人として当たり前のようで実は中々気づかないもの。

                (ずっと守っていく・・・・)

                  心の中の静かな、でも固い決意に自然と繋いだ手に力が入った。

                「蓮くん、お腹すいたでしょ?お弁当にしようよ」
                「あぁ、君のとっておきの紅茶も頂こうか」
                「うん!」

                  香穂子が広げたレジャーシートに月森を引張っていく。
                  二人はそこに腰を下ろすとお弁当を広げ始めた。



                「あれって月森くんじゃない?」
            
                  森の広場を歩いていた音楽科の生徒の一人が、木々の間に月森の姿を
                見つけた。

                「あ、ホントだ。日野さんといる」

                  一人の声に次々とみんなが視線を向けた。

                「あの月森くんが笑ってるなんてやっぱり日野さんは特別なのね」
                「まあ・・あの子と付き合うようになってから月森くん柔らかくなったしね」
                「う〜ん、でもやっぱりちょっとくやしくない?」

                「あの普通科の制服着てる子・・ダレ?」

                  それまで彼女達の話を黙って聞いていた久住が静かに訊ねた。

                「あぁ、日野香穂子って言ってね。月森くんの彼女なの」
                「普通科だけどあの子もヴァイオリンが弾けてね」
                「学内のコンクールがきっかけで付き合い始めたのよ」
                「ヴァイオリンロマンスなんて言って注目浴びたしね」

                「ふうん・・・彼女なんていたんだ・・・」

                「え?何か言った?」
                「いや何も・・・」

                  聞き返した女の子に久住は微笑み返す。
             
                「そう?じゃあ次のところ案内するわね?」

                  女の子達がまた再び歩き出すのに、久住はそこに佇んだままだった。

                「久住くん?」

                  女子達がやってこない久住を不思議そうに振り返る。

                「いや、もういいや・・」
                「え・・?」

                「君たちいらないから・・・もうどっか行ってくれる?」


                 凍りつく女の子達に向けたのは言葉とはあまりにも不釣合いな笑顔。

                「的は絞れたからね・・」

                 冷ややかなその瞳が映しとったのは月森に笑顔を向ける香穂子の姿だった。