ふたつのプロポーズ5


                
                香穂子がすべてを話し終えると、部屋の中は重い空気に包まれる。

               「だから・・・だからね・・・」

                香穂子はまるで痛みに耐えるような表情で冬海を見つめた。
               「こんなことになって・・きっと土浦君も笙子ちゃんと同じ痛みを抱えてると思う」

               「先輩・・・・」

               「だって・・・土浦くんみんなに同じように優しかった?笙子ちゃんと同じくらいに
              他の人にも甘えさせてた?」

                香穂子の言葉に再び涙が溢れ出す。
                
                そんなの言われなくても笙子が一番わかっていた。
                土浦はぶっきらぼうだが優しい。
                だから彼に同性にも異性にも親しさを感じる人は多かった。
                その中でも笙子には特別優しかったと思う。
                それは、もしかして・・・と期待してしまうほどに。
                でも、ある日聞こえてきた悪意ある声に夢は脆く打ちのめされた。

                ― 彼女、高校時代からの後輩なんですって・・・ ―
                ― あぁ、だから? ―
                ― 優しい人は大変ね。卒業しても後輩の面倒見てやらなきゃいけないなんて ―
                ― 私だったら絶対イヤだわ。甘えてばかりなのは相手の負担になるもの ―

                きっと冬海が傍にいることに気づいていたのだろう。
                だから聞こえよがしにあんなことを。
                嘲笑を含んだ言葉に全身の血液が下がっていくような感じがした。

                (私・・・後輩だから?)
                (先輩が優しいから・・そばにいられるの?)

                (私、先輩に甘やかされて・・・重荷になってるの?)

                冬海は抱えていた楽譜をぎゅっと抱きしめた。
                力を込めた手は顔と同じくらい白くなっていく。
                

                冬海はその場から駆け出した。
                今日は土浦と一緒に帰る約束をしていた。
                次に出かける場所を決めようと・・・・。
                でも、とてもそんな気分にはなれなかった。

                (今は、先輩の顔は見れない・・・)

                気がつけば、自宅の部屋に閉じこもる自分がいた。
                そうすれば余計なことを考えなくてすむから。
                そんな時だった。
                両親からお見合い話をもちだされたのは・・・。
                良い話だからと写真を手渡されてぼんやりと眺めていた。
                写真に写っていたのはどこか神経質そうなスーツ姿の人。

                (私が他の人と結婚することになったら・・もう甘やかさないよね?)

                 そんなことを考えて、気がつけば両親に承諾の返事をしていた。

                (このことを言ったら、土浦先輩なんて言うだろう)

                 笑っておめでとうと言われるのだろうか?                           
                 それを考えると胸がズキンと痛みだした。
                 無視できないほどに苦しくてジクジクとする痛み。
                 それでも、もう後には引けなかった。
                 無理矢理にこれで良かったんだと思い込んだ。
                 そうしなければ、二度と土浦と顔をあわせられなくなる気がしたから。

                 冬海はそのことを思い出して深い溜息を零した。

                「私、あの日から逃げることしか考えてないですね・・・」
                冬海の言葉に香穂子と天羽が「え?」と顔を上げる。

                冬海は二人に薄く笑みを向けると静かに立ち上がった。
                「冬海ちゃん?」
                 天羽が怪訝そうに座った位置から冬海を見上げる。

                「帰ります・・・・」
                「先輩、有難うございました」

                 一つ頭を下げると、冬海はそのまま一人で香穂子の家を後にした。

                「良かったね。決心着いたみたいよ」

                 天羽はテーブルに頬杖をついて隣の香穂子の頭を片手でポンポンと叩いた。

                「当たりまえでしょ!?」
                「笙子ちゃんはそんなに弱い女の子じゃありません!!」

                「それに・・みんな幸せじゃなくちゃ許さないんだからね!!」
                 香穂子はティッシュを数枚掴むと思い切り鼻をかんだ。


                「大丈夫だよ・・・」
                「出会いや幸せの運命って、きっとみんなの所に廻って行くものだと思うから・・・」
                「だからあの子のところにもやってくる」

                 何の根拠もないけどねと笑う天羽に香穂子も微笑んだ。

                「じゃあ、菜美の幸せも絶対廻ってくるね」と・・・。

             
                本当は土浦視点の回なんですけど、前の話が書ききれて
               なく土浦にすると不自然なので冬海ちゃん視点のままにしました。