ふたつのプロポーズ 4
「それで・・・・笙子ちゃんは他の人と結婚して後悔しないの?」
冬海から一部始終を聞いた香穂子は暗い面持ちで笙子に聞いた。
笙子はゆっくりと顔を上げ少し瞳を泳がせた後、再び俯いて頷いた。
「これで良いんです」
「バカだよ笙子ちゃん・・・」
「香穂子!」
「だって!!」
香穂子は慌てて止めに入ろうとする天羽を振り切って尚も言い続けた。
「だって・・・・私と蓮が羨ましいって・・・・・」
「そう思ってる時点で後悔してるじゃない・・・・・」
冬海も天羽もハッとして香穂子を見つめた。
香穂子はスカートを膝の上でぎゅっと握り締めた。
「無理矢理諦めて我慢して・・・自分の心を偽って幸せな気分になんて
なれないよ・・・・」
「香穂子先輩・・・・」
「笙子ちゃん私ね・・・・蓮にプロポーズされる前、苦しかったの」
「蓮がヴァイオリニストとして成功してから・・会う時間がどんどん
減っていってた」
「海外公演や地方公演、レコーディングに打ち合わせ・・・・」
「それでも蓮は少しでも時間が空けばデートしてくれた・・・」
「でも・・・・・・」
香穂子は罪悪感でいっぱいだった。
日々の過密スケジュールで疲れきっている月森。
本当は少しでも休みたいはずなのに・・・・。
月森に無理をさせている自分はこのままで良いのだろうか?
本当に付き合っていて良いのだろうか?
(もしかして別れた方が・・・・・)
愛するあまりそんな考えが浮かぶようになっていた。
そんなある日、香穂子に月森から申し訳なさそうに電話が入った。
「すまない。今年の君の誕生日にコンサートが入ってしまって・・」
それまでは互いの誕生日は何とか二人きりで過ごせていた。
でも今年は依頼主が昔世話になった人でどうしても断れなかった
らしい。
それを打ち明けられた時、内心はショックだったし、悲しかった。
だが、これ以上月森の重荷になりたくない。
香穂子はなるべく明るく振舞った。
「大丈夫!仕事だもん。しょうがないよ!!」
「だから気にしないで・・・・・」
我ながらうまく言えたと思った。
でも、なぜか電話の向こうの月森は沈黙したままだった。
顔を合わせて話している訳ではないのに、二人の間に重い空気が
流れた。
「誕生日の日のチケット・・・送るから聴きに来てくれるか?」
沈黙を破って聞こえてくる月森の暗い声。
「もちろんだよ・・・・」
その後、どんな話しをして電話を切ったのか・・・良く覚えていない。
そして香穂子の誕生日、コンサートの当日。
香穂子に用意されたチケットは一番高い席のものだった。
コンサート事態は滞りなく終わり、拍手喝采で幕を閉じた。
香穂子は会場から出ようとしたところで、スタッフらしき人から
声をかけられた。
「月森さんがホールの中で待っていて欲しいそうです」
その言葉を受けて再び誰もいなくなったホールへと戻った。
一人きりのコンサートホールは寂しくて不安になる。
本当に待ていて良いのだろうかと思い始めた頃、舞台裾から
カツンカツンと靴音が響いてきた。
月森が衣装姿のままヴァイオリンを持って舞台の中央に歩いてきた。
そして香穂子に向かって優しく微笑んだ。
「誕生日おめでとう香穂子」
「ここからは君のためだけのコンサートだ」
月森がヴァイオリンを構え、演奏を始めた。
どうやら依頼主に頼んで特別に時間を貰ったらしい。
香穂子は目を閉じて月森の演奏に聴き入った。
何曲目かの演奏が終わり、ラストは”愛の挨拶”
香穂子は知らなかったが、月森はこの曲は決して香穂子の前でしか
弾かないと決めていた。
CMなどで一般にも良く知られているのでリクエストされる事は多かった
が、月森はその度に断っていた。
やがて愛の挨拶も終わり、香穂子はゆっくりと目を開けた。
何て贅沢なんだろうと溜息を漏らす。
ふと舞台の上の月森と目が合った。
真剣な面持ちで香穂子を見つめている。
「香穂子」
月森は舞台の上から大きな声で呼びかけた。
「結婚しよう」
その言葉に香穂子は大きく目を瞠った。
「俺はこれ以上君と離れているのが怖いんだ」
「我慢ばかりさせて・・・いつか俺から離れて行ってしまうんじゃないかって」
「だから考えたんだ・・・・」
「離れているなら・・・帰る場所を同じにすれば良いんじゃないかって」
「俺は君無しでは生きていられない」
「だから・・・・結婚してほしい」
見る見るうちに香穂子の視界がぼやけて行く。
どうしてだろう?
頬を触れば濡れている。
(あぁ・・そうか私、嬉しくて泣いてるんだ・・・)
そこで初めて自分が泣いていることに気がついた。
我慢してるのは自分だけじゃなかった。
辛かったのは月森も同じだった。
そう思うとますます涙が止まらなかった。
やっと書けました。お題でも書いた月森の恥ずかしいプロポーズ。
月森視点のこの話はいつかお題で書きたいです。